2021年4月にワシントンで行われた日米首脳会談後に公表された日米首脳共同声明には、日米同盟の新たな役割が強調されている。それは、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値や共通の原則へのコミットメント、そして感染症対策や気候変動といったグローバルな問題に対し関与することである。また、自由で開かれたインド太平洋の項目で、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促すという合意が示されている。
両岸問題に関し、日米ともに「一つの中国」の原則を維持することに変化はない。米国のキャンベル・インド太平洋調整官は2021年7月に行われた米シンクタンクとのイベントにおいて、「一つの中国」政策を踏襲し、「台湾の独立は支持しない」との立場を明らかにしている。日本も1972年の日中共同宣言で示した、中華人民共和国政府を中国唯一の合法政府との立場を崩していない。しかし、4月の共同声明に「両岸問題の平和的解決」という文言が加えられたことは、平和的解決以外の方法、すなわち武力統一は認めないという事を明言したに等しい。一方で、中国が台湾に武力行使した場合の日米両国の対応は、必ずしも明確ではない。特に日本には、台湾有事が日本有事に直結するものであり、積極的に関与すべきであるというような国民的コンセンサス及び国家としての覚悟が形成されているとは言えない。
アメリカも、中国の台湾武力併合に軍事的手段をもって介入するかについては曖昧にしている。しかしながら、トランプ政権以降、米台間の交換相互往来や交流を促す「台湾旅行法」を成立させ、2020年8月にはアザー厚生長官が、今年4月にはアーミテージ元国務副長官が台湾を訪問する等関係を強化しつつある。
米国下院は、9月に2022年度米国防省の活動を規定する「国防権限法」を可決し、今後大統領の承認を受ける手はずとなっている。
同法には台湾に対する防衛上の協力の詳細が示されている。台湾の将来が平和的に決定されることをアメリカの重大関心事とし、台湾に対する中国の強制的かつ攻撃的な行動は、平和的解決の期待に反すると中国を非難している。さらに、台湾が十分な自衛能力を維持するために必要な支援を行うとして、対艦能力、沿岸防衛等13項目の、非対称防衛戦略の支援に重点をおいて装備品やサービスを提供するとしている。また、防衛計画に関する協力や米国と台湾の軍事力の相互運用性を向上するとしており、ともに戦うことをも念頭においていることを匂わせている。2022年に行われる「環太平洋共同訓練(RIMPAC)」に台湾を招待するという提案も、この考え方の延長線上にある。2022年度「国防権限法」は、日米首脳共同宣言で示された「両岸関係の平和的解決」にアメリカが真剣に向き合っていることを示すものと言えよう。
一方日本はどうであろうか。今年7月の講演会で麻生副総理(当時)は、中国が台湾に武力侵攻するケースを念頭に、「間違いなく存立危機事態に関係してくると言ってもおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と語っている。その他同様の発言をする政治家はいるが、政府としてどのような検討を進めているかは全く見えない。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブの船橋理事長は、「国民安全保障国家論」の中で、新型コロナに対する日本政府の対応を分析し、平時において、有事に対応できる体制を作る配慮の欠如を指摘し、「平時不作為体制」に陥っていると批判している。地理的に近接する尖閣諸島の領有権を主張する中国との関係上、台湾有事が我が国に波及する可能性は極めて高い。台湾問題に関し我が国が「平時不作為」に陥っていることは、我が国の安全保障に重大な欠陥があることを意味する。
軍事作戦をつまびらかにすることは必ずしも適切ではない。しかも台湾問題は、極めてセンシティブな問題であることも確かである。台湾有事において日本がどのように対応するかを曖昧にしておくことは、そのような観点からは理解できる。しかしながら、国民的議論を通じた合意形成が無い場合、政府が国民合意に基づかない施策をとる、いわゆるフリーハンドを与えかねないという懸念と、逆に政府が何一つ施策を打ち出せない、機能不全に陥るという相反する危険性が存在する。台湾有事は新型コロナ以上に情勢の変化が激しく、中国が我が国を攻撃する可能性がある以上、多くの日本国民の命が危険にさらされる。日米防衛当局同士のみの話し合いで方針を決めることはできない。
国民的議論を広げるためには、中国の台湾施策について、いくつかのシミュレーションを考える必要がある。最も烈度が高い日本を含む全面的な軍事侵攻、限定的な武力行使、経済封鎖、サイバー攻撃等が考えられる。その際重要なのは、希望的観測に基づき、最悪のシナリオを起こりえないシナリオとしてしまう事は絶対に避けなければならない、ということである。日本人は、第2次世界大戦における軍の横暴から軍に対する嫌悪感が強く、さらには広島、長崎の経験から核兵器への忌諱感も強い。台湾への武力行使はあり得ない、ましてや核による恫喝は脅しに過ぎないという思い込みは危険である。最悪のシナリオに現在の法体系で対応できるか、できないのであればどうすればいいのかをきちんと検証した国民的議論が必要であろう。
台湾に対する中国の武力侵攻に対しては、日米の共同作戦となる可能性が高い。日米は各種共同訓練等をつうじて共同対処能力を向上させている。筆者が経験した日米共同訓練において、米軍指揮官から、自衛隊の能力は高く評価されていた。
しかしながら、有事に日米が共同作戦を実施する際に大きな問題となるのは、それぞれの国内法の差であり、それが端的に表れるのが「自衛」に対する考え方の違いである。2015年に制定された日本の安全保障法制において、武力行使の新たな三要件が規定された。従来、我が国への攻撃に限定されていたものが、「我が国と密接な関係にある他国」に拡大されたが、他の二要件、「他に適当な手段がないこと」及び「必要最小限度の実力行使にとどめる」は踏襲されている。これは自衛権をかなり厳格に解釈したものである。
たとえば、日米安保第5条が発動になり、日米の海上部隊が共同で米原子力空母の護衛を実施している例を考えてみよう。米原子力空母は虎の子ともいえる存在であり、その安全確保は最優先される。空母護衛の米海軍艦艇が敵味方不明の潜水艦を探知したならば、先制攻撃を躊躇しないであろう。一方、海上自衛隊の護衛艦の場合、日本の厳格な自衛権の解釈に従い、敵味方識別、離隔要請等の手続きの実施が「武器使用基準」として規定される可能性があり、相手の先制攻撃を受け、空母が損傷する可能性が高まる。このように武器の使用に関し、国内法上大きな違いのある部隊にアメリカが空母の護衛を任せることは考えられない。日米共同作戦には、自衛権を厳格に解釈することの是非を含め、現状の法体系で実効性のある行動ができるかを検証する必要がある。
この他にも、防衛出動を命ぜられて出動した自衛隊員が相手を殺傷した場合、これを刑法で裁くのかという問題もある。中国が台湾に武力を行使し、日米共同で対処するために公で議論しなければならないことは多数ある。
中国は10月1日の国慶節以降4日間にわたって、延べ149機の航空機を台湾ADIZに進入させた。さらには台湾を訪問する各国の要人に対し、「一つの中国の原則」を守るように強要し、経済制裁を含む恫喝を行っている。台湾問題に対する中国の出方を、我々の常識で判断することは危険である。台湾有事に日本が、そして日米がどのような行動をすべきかに関する議論を深めることは、台湾に武力行使を行えば日米が共同で対処してくる可能性が高まったと中国に認識させることができる。そしてこのことが、中国に台湾武力侵攻はコストが高いと認識させ武力侵攻という手段の行使を躊躇する効果が期待できる。
この国民的議論こそが、台湾問題のみならず、国益確保に一切妥協しないという国家としての覚悟を世界に示すこととなる。国家としての覚悟は、国民それぞれの自覚ということだけではなく、外から見える形で示さなければならない。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ