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2021.09.08 対談

頭脳資本主義の到来 – 私たちは時代の分岐点にいる
井上智洋、駒澤大学経済学部准教授との対談:地経学時代の日本の針路(5-3)

井上 智洋 白井 一成

ゲスト
井上智洋(駒澤大学経済学部准教授)

慶應義塾大学環境情報学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。主な著書に『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』『AI時代の新・ベーシックインカム論』などがある。

 

聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

白井:日本の今直面している問題はなんでしょうか。

井上:日本の固有の問題として2つあります。

まず、デフレ不況を完全に脱却できていないという問題です。お金を刷ってばらまいて、緩やかなインフレ好況状態が10年ぐらい続かないとデフレマインドはなかなか解消できないでしょう。企業経営者のマインドが、積極的に投資するとか、賃金を上げていくような方向に変わっていく必要があります。

また、労働者のほうも、公務員になりたがる、安定を求める傾向が高まり、何か新しいことにチャレンジしようという意欲が、日本全体としてかなり弱くなっています。これはこれで解消しないといけない問題です。

白井:このような状況を日本はどのように打開するかですね。それを考えるためにも、未来の経済システムはどうなるのでしょうか。

井上:頭脳資本主義が到来すると考えています。アンドレア・フマガッリなどのイタリアの経済学者は、「認知資本主義」という言い方をしますが、似たような概念です。これまで投資というと、工場をつくるとか、工場で使う機械を導入するということを経済学で「投資」と呼んでいましたが、今は研究開発が中心ですよね。第3次及び第4次産業革命で投資といった場合に、研究開発が重要であり、その比重が増していっているというのが今の状況です。

では、大規模な投資をしている企業はどこか。アマゾン、フェイスブック、アップルとかで、もう十分に自分たちで資金調達できて、銀行からお金を借りる必要のないような企業たちです。そういう状況にあるので、研究開発するといったって銀行からお金を借りる必要がありません。

投資の比重が変わってきているというのもまた、非常に大事なことだと思っています。これこそ、まさに頭脳資本主義の証です。こんなに研究開発が重要になった時代はないと思います。

頭を使って稼ぐ、そういう時代になってきています。

情報産業は特に顕著です。極端に言えば、ウィンドウズというOSを世に送り出すのに、超優秀な技術者達が一つ作ってしまえば、後は幾らでもただでコピーできます。ウィンドウズを一人の人に提供しようが、何億人の人に提供しようが、かかるコスト・人手はそんなに変わりありません。自動車みたいに、2台目、3台目とつくるのに、それぞれ労働者が必要という産業ではありません。極端に言えば、情報産業は、頭のいい人たちの精鋭だけを集めて、あとは、ちょっとそれをサポートする人がいれば企業活動ができるぐらいになっています。

その一方で、今でもエッセンシャルワーカーといった人たちがすごく大事な仕事をしているのも事実です。

世界中でかなり所得格差が拡いています。特にアメリカで顕著ですが、中間所得層の人たちが従事していた事務労働が減っています。旅行代理店のスタッフや経理係といった仕事、あとコールセンターのスタッフとか、こういう事務職の人たちの仕事がアメリカでは減っています。そうやって仕事を失って失業した人でグーグルとかフェイスブックに再就職できるのはほんの一部です。多くの人は先端的な技術を有する企業とか、頭脳労働にシフトできず、肉体労働に従事しています。清掃員とか介護士といった昔からある職種に従事するわけです。これを私は「労働移動の逆流」と呼んでいます。

工業化の時代には、先端的な技術を組み込んだ、例えば家電製品や自動車をつくる労働者が増えました。農村から、特に日本だったら、次男坊、三男坊が都会に出てきて工場で働く。それで、みんなの賃金が増えていった旧きよき時代があるのですが、工業化の時代の法則は情報化の時代には全く通用しません。

情報化の時代には、雇用はそれほど増えないし、格差はどんどん拡大する。みんなの賃金が増えていった高度経済成長期みたいなことは、これからの日本では起きないし、ほかの国でも起きないと思います。

多くの人は事務職に就くかわりに、もっと安い賃金の肉体労働につかざるを得ない状況がしばらく続くと思います。しかし、この肉体労働ですらAIやロボットに置き換わっていく可能性が高く、少なくなった肉体労働の雇用をみなで奪い合うようになるので賃金はますます下がります。最低賃金以下にはならないにしても、最低賃金の下限に突き当たっている状態では、十分な雇用は生まれないでしょう。逆に、最低賃金を取っ払った場合には、どこまでも賃金が下がっていきます。高度な技能を持っている人以外は、雇用がないか低賃金にあえぐかのどちらかになってしまう悪夢のような未来が待っていると私は思っています。

この徴候は、色々なデータやグラフから読みとることができます。このような雇用の不安定さと経済格差といった問題が2030年ぐらいから日本でも目立って起きてくると予想しています。

アメリカは、すでにAIの影響が出始めています。証券アナリストや保険の外交員、資産運用アドバイザーという頭脳労働がAIによって雇用を減らされているという状況です。日本ではAIの導入が進んでおらず、少子化の影響で生産年齢人口が減っているので、むしろ人手不足だなんてコロナ前には特に言われていました。

私はAIやロボットの影響で2030年ぐらいから日本では雇用の不安定性が顕著になると思っていたのですが、コロナが10年時代を早回ししてしまいました。というのは、コロナの影響で、AIやロボットの普及以前に雇用が不安定になったからです。経済的に危機的状況に陥り、仕事がないからと自殺をしてしまう若い女性も増えているという深刻な状況です。積極的な政府の支援が必要だと思います。

多くの日本国民が、一律10万円の現金給付みたいなベーシックインカム的なことを去年の4月に支持しました。私は、AIやロボットの発展によって多くの人々が雇用の不安定さにさらされるようになる2030年頃になってようやくのこと、ベーシックインカム的な発想を人々が理解できるようになると思っていたのですが、もう去年の4月の時点で、ある程度、受け入れられてしまいました。それぐらい国民の多くが不安を抱えていたのだと思います。自分とか、あるいは身近な人、友達とか、家族の誰かが雇用の不安定さにさらされているという状態を味わってしまった。

すごい勢いで発展している今の情報産業は、ある意味、頭脳資本主義の時代を先取りしていくような産業であり、私たちはかなり勉強し続けないとこの時代についていけなくなります。一方、勉強しない人、知的レベルの低い人で頭数を揃えても、利益をあまり生み出さない、そんな時代になっています。

エッセンシャルワーカーは公共的な領域が多いですよね。介護、保育、それからゴミの収集車を運転する人とかはものすごく大事な仕事をしています。この領域は賃金が公定価格として決まっています。このような政府が賃金を決めている部門は、政府がきちんとお金を出すべきだと思います。こういう部門じゃなくて、民間経済はまさに頭脳戦です。昔の中国の「三国志」とか「キングダム」みたいな話で、すばらしい戦略家が1人いれば、それが千人力だったり、万人力だったりになっちゃうという時代が到来しつつあるというわけです。

白井:この議論は、先生のご著書『純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落』が詳しいですね。

井上:はい!そうですね。そこにも書いたのですが、そもそも、情報産業が独占化しやすい傾向があるのは、ミクロ経済学によって論じることができます。この業界の特徴は、例えば、自動車を2台、3台と追加生産する度にコストが必要です。この追加的な費用のことを「限界費用」と言いますが、情報財だと限界費用はゼロで、ただでコピーできます。

限界費用がゼロだと、初期コストのみがかかって、その後に利用者が多くなるほど平均費用は下がります。規模が大きくなるほど平均費用は安くなり、価格競争力は高まります。規模の追求によって競争に圧倒的に勝ってしまうということが可能なのです。

これはプラットフォームでも全く同じです。

プラットフォームでは、サーバ増強などに多少は追加費用を要しますが、利用者が2人しかいないプラットフォームと利用者が1000人以上いるプラットフォームだったら、後者の方がユーザー1人あたりの費用は減るので、それだけ価格競争力は高くなります。

情報産業は限界費用がゼロであるために、工業と同じ経済法則が働きません。情報産業を軸とした次世代の経済でも工業モデルが通用すると漠然と考えている経済学者はたくさんいます。でも、情報財と工業製品では、商品の特徴が全く違います。

加えて、もう一つの特徴がネットワーク外部性です。

マイクロソフトがなぜ覇権を握れたかといえば、OSを使っている利用者が多いほど利便性が増していき、その結果としてマイクロソフトのひとり勝ち状態になった。現在、対抗できているのはアップルぐらいしかなくて、2社の寡占状態にある。

このような原理が働く業界であれば、今は赤字でも成長していれば、将来、独占企業になって大きな儲けを得られるから積極的に投資して差し支えないかもしれません。

また、こういった企業に対する投資もデジタル通貨によって何か便利な仕組みが与えられるのであれば、いっそう加速するはずです。すでに、情報産業は勝者総取りの経済になっていますが、ますますこの傾向は高まっていくと思います。

白井:トヨタなどの製造業の黄金時代である高度経済成長は、バランスシートに計上される不動産、工場設備などが投資のメインでしたが、第3次産業革命や第4次産業革命的な企業は、顧客数などの無形資産の形成を目的としたテクノロジーやサービスへの投資が主になりますよね。

井上:おっしゃるとおりです。

投資して何を買うかといったときに、工作用の機械とかではなくソフトウェアに使われる。

あと、まさに頭脳資本主義と関係するのですが、研究開発が非常に重視される時代になったと思っています。これからの時代を見据え、企業同士が何を競い合っているかというと、まさに研究開発です。また、製造業でも物質的なモノを作るという部分が縮小し、ITに飲み込まれていくでしょう。

例えば、私は、自動車産業はIT産業化せざるを得ないと思っています。業界の雄であるトヨタ自動車は、10年後、自分たちは自動車の会社ではなくITの会社になっている、みたいなことを言っています。おそらく、自動運転車がAIによってコントロールされるようになり、AIが乗っかる自動車のOS部分の覇権争いになることを意識しているからだと思います。言い過ぎかもしれませんが、このようにあらゆる産業が情報産業化していくわけです。

また、残念ながら、所得格差は縮まる方向には向かないと思います。

工業化の時代は個人の能力の差がそんなに目立たたなかった。例えば、工場のラインに並んで作業が早い人とそうでない人で、せいぜいアウトプットの量は2~3倍ぐらいしか差はなかった。これが情報化の時代だと、すぐれたソフトウェアをつくれる人と全然つくれない人では生み出せるアウトプットの量が100倍とか1000倍といった差になります。

私自身がシステムエンジニアをしていた経験から、自分より100倍すぐれたプログラマーもいれば、自分の10分の1ぐらいしか能力のない人を見てきました。

しかし、例えば、何かしらのアルゴリズムを思いつくか、思いつかないかだと、0か1なので「0」、すなわち、それを思いつかな人は生産性を1万倍にしたって「0」ですよね。この発想力がある、ないという質的な違いも大きな格差の要因になっています。

あと、数学がお金になる時代になっています。2016年くらいのAIブームが巻き起こっていた頃は、数学ができて、プログラミングもできますという人がいたら、アメリカでは年収1億円ぐらい得られました。AIは、数学×プログラムなので、それだけ高いニーズがあったのです。今はちょっと落ち着いていると思いますが、こういった数学やプログラミングの能力差は努力では簡単には埋められないのです。

そもそも、数学を理解する能力の有無は遺伝的要素が強いそうです。ゆえに、数学ができない、苦手だという人は努力しても、得意な人にはあまり追いつけないのです。

私も経済学者として数学をある程度使っていますが、数学者の方と数学力を比べると1000倍でも、1万倍でも差があるなと思います。

工業化の時代は、運動会で言うとみんなで綱引きとか玉入れをするといった集団競技をしていたイメージで、個人の能力差がくっきりと出ない時代でした。ある企業とほかの企業が綱引きをしている、玉入れ合戦をしているみたいな感じです。しかし、情報化の時代は、個々人が徒競走をしているとか、マラソン大会をしているみたいな感じで、あの人は速いね、あの人は遅いねなどという格差がくっきり浮き彫りになる時代です。

私は、教育の仕組みを変えても、この「差」は、原理的な「差」であって解消することは無理だと思っています。同じような数学教育を完全に施しても、のみ込みの早い人とそうでない人はいます。

米国の著名な経済学者とか、未来予測家とかの本を読むと、これからは「教育が大事」などと書かれています。その通りなのですが、一方で教育によって格差が解決できるといった主張を見るにつけ、ちょっと能天気だなと思ってしまいます。「教育」でも埋められない「差」があり、そうした能力差が所得格差を生む決定的な要因となる時代を迎えつつあります。

これは、情報産業中心の経済、頭脳資本主義であるがために能力差がくっきりと出るという原理的な問題です。それゆえ、私は、再分配によって所得格差を埋めるしかなく、ベーシックインカムのような政策を提言しています。

白井:なるほど。実は、私も再配分論者です。今後のさらなる二極化は社会不安を引き起こしかねないと思っております。当然、教育など頭脳への投資も欠かせないと思います。

なぜ、日本には、GAFAMのようにグローバルなプレーヤーが現れないのでしょうか。

井上:これは、原因を1つに絞るのはかなり難しいです。

まず客観的なデータとして、日本は、例えば、大人を対象に数学力とか国語の読解力みたいなものを調査すると、主要国で第1位か第2位なのに、ITスキルだけは、真ん中より少しましなぐらいの位置で、決して日本が突出したITスキルを持っているわけではない。日本人は知的レベルが高いわりにITスキルは弱いというのは、まず言えるかと思います。

次に、日本人は、ビジョンをつくるのがかなり苦手ということも挙げられます。良いか、悪いかは別にして、戦前は大東亜共栄圏みたいなビジョンを掲げて戦った。戦争に負けてからは、奴隷根性が身についたのか、新しいビジョンは外国の人間、とりわけ欧米人がつくるものであって、日本はそれを輸入すればいいみたいな情けない考えを抱くようになってしまった。これは、長らくアメリカの配下にあった日本の弱点だと思います。

「ものづくり」でも新しいコンセプトは大事ですが、とかく、IT企業の場合には、世界を変えるみたいなグランドデザインとか、ライフスタイルがこんなふうになるといったコンセプトはすごく大事ですよね。しかし、そうやって大風呂敷を広げるということが日本人にはできなくなっています。気宇壮大な人間がいなくなって、チマチマした軟弱者ばかりになっているのです。新しい、画期的なビジネスモデルをつくる能力も、特に最近の日本人は欠けていると思っています。

さらに、1990年にバブルが崩壊して、どんどん日本が経済停滞していく中でIT革命が起きました。1995年にWindows95が発売されて、インターネットが世の中に広まっていくという過程で、日本は経済停滞にあえいでいた。それでITのような新しい技術に対して投資をしていくという、経済学の用語でいう「アニマルスピリット」が失われていました。

裏を返すと、デフレマインドに陥っていたということです。デフレマインドが染み付いて、新しいものに投資する気力がない。バブルのころなんて、ソニーに超能力研究所がありました。そういういかがわしいものにすらお金を使っていたのがバブル期の日本で、あらゆる科学技術や文化にお金を投じています。そういう余裕があった時期から、一気に、貧すれば鈍するじゃないですけれども、とにかくお金をけちっていくという方向に進んでしまった。

こういった幾つかの要因が合わさって、日本からGAFAMのようなグローバルIT企業が生まれなかったのかなと思います。

白井:いままで労働者が経済を支えていましたが、今後、稼ぐ中心でなくなり社会保障の対象になります。中国と日本は、大雑把に言うと人口は10対1ですので、今後の経済を支える「頭脳」である天才の出現確率も人口比と同じ10対1になります。天才の絶対数が多い中国は競争上、日本より有利になりますか。それとも、天才と社会保障を必要とする人々との比率は日本と変わらず、天才が生み出す価値と社会保障費が相殺されるため、ネットの競争力は日本と変わらないという理解でしょうか。また、アメリカは世界から頭脳をかき集めていますが、そうすると社会保障を必要とする人々との比率が他国と比べ変わります。これは、競争上非常に有利なように感じます。

井上:日本のような国と中国みたいに日本の10倍以上の人口を抱える国とどっちが有利、不利なのか。私は中国の方が基本的に有利だと思います。

なぜかというと、私は経済はいずれ頭脳資本主義になっていくと主張しています。つまり、労働者の頭数ではなく、天才が何人かいれば事を成せるという世界に移行する見通しです。軍事の世界はすでにそれに近い状態になっていて、昔は兵士の数が多い軍隊の方が強かったのですが、今はそうではありません。むしろ、兵器がどれだけ先端的で高度か、そしてその兵器を使いこなす軍人の技能レベルがいかに高いかが国の軍事力を決定づけます。軍事の世界で既に起きていることと同じようなことが、経済の世界でも起きてしまうと思っています。

すると、白井さんがおっしゃったように、中国のように人口の母数が多ければ、天才が生み出される数も多く、そういった天才が高品質なサービスをつくってしまうという頭脳資本主義の経済になっていきます。

この意味合いから、人口の多い国のほうが有利と考えていて、中国に続いてインドが次に伸びていくだろうと思っています。もともとインドは数学に強い人が多く、ITにも強い国です。したがって、インドは単に人口が多いからGDPがアメリカや中国に近づいていく以上の優位性を持っています。

数学とITは、これからの時代に最も鍵となる分野なので、科学技術の水準だけでなく経済力も強くなっていくはずです。実際、科学技術に関する質の高いと思われる(引用回数が上位10%に入る)論文の数は、第1位が中国、第2位がアメリカで、インドは日本を追い越して第9位にまで浮上しています。逆に言うと、日本は第10位にまで落ちています。

すぐれた科学技術者だけでなく、企業の経営者とか、新しいサービスを生み出せる天才をどれだけ生み出せるかが、その国の発展につながっていってしまうという、そんな未来が近づいています。

ただし、北欧の国とかスイスのような小さな国でも、他の国が生み出した科学技術を貪欲に吸収すれば、高い生産性を実現することができます。海外からすぐれた知見を学び続けるということが重要なわけです。

現状、日本は、中国やインドほど人口はいないにもかかわらず、外国からアイデアを調達してくるというところの努力が欠けているという、非常に中途半端なポジションにあると私は思います。

「日本スゴイ論」みたいなのがありますが、そんなものに溺れていてはいけません。「日本人は整然と並ぶことができる、スゴイ」みたいな話を聞いていると本当に情けなくなります。行列を作ることぐらいしか特技がないのかっていう。日本が全体的にスゴクなくなって衰退しているという事実を認めて、外国から謙虚に学ぶ姿勢をとっていかないとダメでしょう。

日本でも、例えば、中国やインドからすぐれた技術者を呼んでこようとか、中国の大学教授に日本で講義してもらおう、という発想があっていいはずですよね。いつまでも中国やインドを下に見ていてはだめだと思います。

お雇い外国人とかお抱え外国人と言っていましたが、明治時代には多額な報酬を払って欧米から日本に優秀な人を呼んでいました。それでいろいろな指導に当たらせていたわけですが、今、日本は、また新たにお雇い外国人とかお抱え外国人を連れてくるべきだと思います。

特にAIのような先端技術に関しては、欧米、中国、インド、どんな国でもいいので、すぐれた人がいたら日本に連れてくるべきだと思っています。

中国には「グレート・ファイアウォール」という巨大なネットの検閲システムがあります。「グレートウォール」(万里の長城)と「ファイヤーウォール」(通信を制約する仕組み)をもじってこう呼ばれているわけです。この検閲システムが障壁となって、中国独自のIT企業が育ちやすい環境が作られています。例えば、検索エンジンだったらグーグルではなくバイドゥ、SNSだったらフェイスブックではなくテンセント、ECサイトだったらアマゾンではなくアリババという按配です。世界的にデファクトスタンダードを握った企業ではない、中国企業のサービスを使っているという意味で中国は巨大なガラパゴスです。結果として中国経済にとって、よかったのではないかと私は思っています。

対して、日本は、プラットフォームになるようなサービスを使おうと思ったら、ほとんどアメリカ企業のサービスを使うことになっていて、日本企業が育たない状況になっています。

情報産業は、「限界費用がゼロ」で「ネットワーク効果がある」ので自然独占が生じやすい。自然に独占状態になってしまって、世界中が例えばグーグルを利用する。こうした現象を中国は上手に防衛できたと思っています。

一方、じゃあ、中国はほかの国と全く関係なくやっていけるでしょうか?

中国の発展は約14億人の中から生まれてくるアイデア、技術、天才に依存し、例えば、ほかの国は、世界の総人口(70億超)から中国の人口(約14億)を除く、およそ56億人から生まれてくるアイデアを生かしていくとなったら、さすがに中国は不利と思います。ただ、そういう国の閉じ方を中国はしないはずです。学者や技術者が集まる学会などで中国人を排除するなんてことが起きるとも思えません。学者や技術者の交流に政治を持ち込まないという話になるはずで、逆に中国にとっては、他の国の科学技術を真似しやすい状態にある。やはり、中国の優位性は失われにくいと思います。

井上 智洋

駒澤大学経済学部 准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。主な著書に『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』『AI時代の新・ベーシックインカム論』などがある。

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

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