本稿は「同盟の行方―NATOはインド太平洋で何を狙っているか(1)」の続編となる。
インド太平洋地域において日米とNATO諸国が完全に足並みをそろえることはなかなか難しい。戦略文書で「NATOにとって重要な貿易相手」とも認識しており、中国と経済協力を強化するために、NATO諸国がインド太平洋における軍事的プレゼンスを低下させる可能性は常に考慮に入れておく必要があろう。
フランス、イギリス及びドイツの艦艇がインド太平洋方面で行動することは、中国の海洋における活動への圧力となることは間違いない。中国は、日米豪艦艇の南シナ海における行動を、域外国による干渉と主張している。これに更に多くの国の艦艇が参加することになれば、中国の南シナ海における影響力を拡大に対する良い牽制となるであろう。各国が艦艇を継続的に派遣しようとするインセンティブを維持させるためには、経済的利益を超える共通の理念、人権や既存の国際法に基づく法の支配といった価値観をNATO諸国と共有し、中国の影響力拡大に対応していく必要があるであろう。
この際、特に重要な国がフランスとイギリスである。フランスは仏領ポリネシアやニューカレドニアという海外領土を保有しており、中国の太平洋方面における活動の活発化は懸念事項である。イギリスも英連邦の宗主国というだけではなく、五か国防衛取極(FPDA: Five Power Defense Arrangements)の締結国である。同取極は1971年にイギリスがスエズ以東から軍を撤退させるに伴い、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール及びマレーシア間で締結された軍事同盟である。シンガポール及びマレーシアの安全保障を確保するために結ばれた条約であるが、両国の発展に伴い役割を徐々に縮小させていた。しかしながら、香港返還や中国の軍事活動の活発化を背景にその役割が見直され、国防大臣会合や合同演習を活発に実施している。イギリスのインド太平洋への関与の根拠はFPDAにある。
戦略文書において「一体化」の必要性が述べられているが、NATOは参加国の拡大に伴い、意思統一が困難となりつつある。インド太平洋地域はNATO参加国の意思統一が図りやすい地域であるが、それぞれの国の中国への経済依存度の程度により一致した行動がとれない可能性も否定できない。中国のインド太平洋方面における影響力拡大を阻止するためには、イギリスやフランスという比較的共通の利益を持つ国と緊密な関係を持ち、NATOの意思決定を牽引する役割を果たすように働きかけていく必要がある。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:代表撮影/ロイター/アフロ