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2024.11.25 経済金融

太陽光発電の曲がり角で現れた「曲がる太陽電池」ペロブスカイトのジレンマ

鈴木 英介

 世界的な脱炭素の潮流の中で、日本は2050年に二酸化炭素や窒素酸化物といった温室効果ガスの排出をネットゼロ(排出量と吸収量の差し引きで実質ゼロ)にすることを宣言している。ネットゼロに向けた柱の一つが太陽光発電で、その導入拡大が進んでいる。日本では、1973年の第一次オイルショックを契機に、エネルギー自給率向上と環境対策として太陽光パネルの技術開発が進展。2000年頃には日本製パネルが世界シェアの50%を占めるまでになった。しかし現在、太陽光パネルのシェアの約8割を占めるのは中国で、日本のシェアは1%にも満たない。

 日本の太陽光発電には、「適地の少なさ」という課題もある。再生可能エネルギー拡大のため、2012年に国が設けた補助制度(再エネの固定価格買取制度=FIT制度)を背景に太陽光発電の導入量は大幅に拡大したが、平地の少ない日本では、住宅の屋根や山の斜面などにパネルを設置する事例も多い。そのため、パネルが太陽光を反射して近隣に「光害」をもたらしたり、パネル設置のため木を伐採したことで山が保水力を失って土砂崩れを起こしたりといった問題が発生。近隣トラブルに加え、「自然エネルギーの無理な開発が自然破壊につながる」(千葉みらい電力合同会社の森田一成代表社員)という皮肉な状態となった。

環境政策と経済安保の救世主?

 既存の太陽光発電の拡大が曲がり角にある中、注目されているのが「ペロブスカイト太陽電池」だ。

 ペロブスカイトとは結晶構造の一種で、日本発の技術だ。小さな結晶の集合体が膜になっており、曲げたり折ったりすることができる。また、現在主流の「シリコン系太陽電池」よりも軽く、フィルム状にして自動車や曲線のある建物に取り付けたり、ガラス窓に組み込んだりすることもできる(図)。例えば、既存の太陽光パネルの適地がないような都市部のオフィスビルやマンションの窓にガラス型ペロブスカイトを組み込めば、建物自体が発電できるようになる。

【図】ペロブスカイト太陽電池の仕組み

(出所)資源エネルギー庁ウェブサイト

 さらに、発電層の主原料となるヨウ素は、日本がチリに次いで世界第2位の生産量だ。シリコン系太陽電池の主原料であるシリコンは中国が最大の生産国だが、ヨウ素は自国で安定的に確保できるため、経済安全保障の面からもペロブスカイト太陽電池への期待は大きい。

 ペロブスカイトの開発を巡って国際競争は激しさを増している。経済産業省は近くペロブスカイト型を含む次世代太陽電池の普及促進戦略をとりまとめ、FIT制度の優遇措置などで、かつての日本のお家芸である太陽光パネル復権を目指す構えだ。

普及に向けた3つの課題

 日本のエネルギー源として、また経済安保面からも期待が高まるペロブスカイト太陽電池だが、その普及に向けては3つの課題がある。

 1つは、発電効率と多用途性の兼ね合いだ。シリコン系太陽電池の発電効率はおよそ20%で、確かに実験レベルではペロブスカイト製はシリコン製に匹敵する発電効率を達成している。

 ただし、それは最適な条件下での話だ。太陽光パネルが最も効率よく発電する角度は「南向き・傾斜30度」とされる。地上に太陽光パネルを設置する「野立て」であれば最適条件を満たしやすいが、建物の屋根などに設置する場合は、調整できる向きや角度が限られ、発電効率は落ちる。前述したようにペロブスカイトは建物の壁面や窓ガラスに組み込むことも可能だが、垂直に近い壁や窓に太陽光が当たる時間は限られる。

 加えて、窓ガラスにペロブスカイト太陽電池を組み込む場合、透過性と発電効率はトレードオフの関係にある。つまり、採光性を重視して太陽光モジュールの透過性を高めれば発電量が減り、発電効率を重視すればガラス面が黒っぽくなって窓本来の機能を損なう。「防犯性が求められるマンションの1階部分の窓はあえて透過性を下げて発電効率を高め、高層階では透過性を優先するといったガラスのグラデーションも可能」(ペロブスカイト太陽電池の開発企業担当者)だが、野立てに比べて不利な条件を覆せるものではない。エネルギー政策に詳しいポスト石油戦略研究所の大場紀章代表は、「現時点では『副次的に発電もできる壁や窓を持つ建物』という付加価値にとどまる」と話す。

 2点目は耐久性だ。現時点ではペロブスカイト太陽電池の屋外での寿命は5〜10年とされる。シリコン系太陽電池は約20年だ。壁や窓に組み込むにしても、建物の構造体が10年程度で寿命が来てしまうのでは交換コストが重過ぎる。

 3点目は太陽光パネル市場がすでに飽和していることだ。太陽光発電システムはパネルのほか、パネルを取り付ける架台、発電した電力を家庭など使えるように変換するパワーコンディショナーなどで構成されるが、中でもパネルの価格低下は著しく、地上設置型パネルは2023年時点で、2013年比45%もコストが低下した。背景には、中国が安価なシリコン系太陽光パネルを大量に海外に輸出していることがある。

再エネ拡大と脱・中国依存のはざまで

 ペロブスカイトは軽量性や柔軟性などを生かしてシリコンとの差別化を図るが、そもそも「パネル自体がコモディティー化しているのに性能で勝負してもビジネスにならない」(大場氏)。パネル主原料の脱・中国依存という意義はあるが、再エネ発電の主力に位置付けようとすれば、中国のシリコン製のコスト競争力は圧倒的だ。

 また、「タンデム型」といって、シリコン製と組み合わせることで高い発電効率を発揮するタイプも開発されている[1]が、それでは中国のシリコン依存を脱することにはつながりにくい。

 さりとて、「薄く・曲がる」という特性を生かして壁や窓などに組み込んでも、現状では発電効率の割に高コストで、太陽光発電の導入量を大きく底上げするのは難しい。海外需要としては、日本のようにパネル設置の適地が少ない都市部を有する先進国が想定されるが、市場開拓までは相当の時間がかかるだろう。

 このままだとペロブスカイトは、脱炭素に向けた太陽光エネルギーの導入拡大を優先すれば脱・中国依存にはつながらず、その革新性を生かし、経済安全保障を重んじれば発電効率やコスト面は後回しにせざるを得ない、というジレンマに陥りかねない。企業によるイノベーションだけではなく、脱・中国依存という同じ課題を抱える有志国の賛同をいかに得るかという政府サイドの動きも不可欠だ。

 再エネ拡大、経済安全保障、そして太陽光パネルの王座奪還——。適地不足という太陽電池の曲がり角で現れた「曲がる太陽電池」ペロブスカイトは、背負う期待が大きい分、社会実装には高い壁がそびえている。

写真:Science Photo Library/アフロ

[1]パナソニックはペロブスカイトを積層させるタンデム型の研究開発を進めている。

地経学の視点

 今年(2024年)は、石油を代替する新エネルギーの安定確保を目指した国家プロジェクト「サンシャイン計画」の策定から50周年に当たる。背景には、第1次オイルショックによって、石油に依存する日本のエネルギー構造の脆弱性がフォーカスされたことがある。
 
 同計画は、1974年から2000年までの長期にかけて、新エネルギーの技術開発を促進し、数十年後のエネルギー需要の相当部分をクリーンエネルギーでまかなうことが基本方針とされた。新エネルギーの有力候補は「太陽」「地熱」「水素」「石炭の液化・ガス化」で、主役となったのが太陽光発電だ。太陽光発電導入のための助成制度や規制緩和などによって普及が促進され、太陽電池の量産化・高効率化も実現。本文に記したとおり、日本はいったん太陽光パネルのシェア世界一となった。

 しかし、中国は急激にこの分野をキャッチアップした。広大な国土と国内市場、安い労働力に加え、政府による大規模な補助金や税制優遇によって短期間のうちに太陽光パネルの生産を拡大。EV(電気自動車)や鉄鋼と並び、中国製太陽光パネルは「デフレ輸出」の主要品目になっている。 
 
 技術開発で先行しながら産業戦略で他国の後塵を拝するという「敗戦」の構図は、太陽光パネルだけでなく、水素やEV充電インフラなどにも共通する。ペロブスカイトの性能をどう磨くかだけでなく、どう育てるか。官民の知恵が試される。(編集部) 

鈴木 英介

実業之日本フォーラム 副編集長
2001年株式会社きんざい入社。通信教育教材の編集、地方銀行の顧客向け雑誌の受託編集業務などを経て、2014年4月一般社団法人金融財政事情研究会転籍。2017年4月「月刊登記情報」編集長、2020年4月「週刊金融財政事情」副編集長。2022年8月に実業之日本社に転じて同年10月から現職。

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