実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。今回は、ウクライナ戦争について陸海空の自衛隊OBと議論する座談会。ウクライナの反転攻勢のカギを握る米戦闘機F-16の供与の可能性や意義を議論します。F-16は機体性能、情報収集能力共に優れ、ウクライナの防空能力を各段に高める可能性があります。後半では、ウクライナ戦争を教訓として、日本の防衛体制をいかに強化するべきかについて考えます。(座談会は3月24日に実施。ファシリテーターは実業之日本フォーラム編集委員の末次富美雄、話者のプロフィールは記事末尾)
【これまでの議論】
第1回:「戦わずして勝つ」はあえなく失敗、ウクライナの力を見誤ったロシア
第2回:なぜロシア得意のサイバー・電子戦は通用しないのか 生かされた「クリミアの教訓」
第3回:ウクライナ反転攻勢のカギ、米戦闘機F-16の供与はあるか(今回)
末次富美雄(実業之日本フォーラム編集委員):現在、ウクライナ東部のドネツク州バフムート(バフムト)を中心に非常に厳しい戦いが行われていますが、戦闘状況をどのように評価していますか。
渡部悦和(渡部安全保障研究所長):ロシア軍が1月から始めた冬季の大攻勢が進行中で、総兵力として約32万名が投入されています。一部にロシア軍はまだ10~15万人の予備兵力がいるとする見方もありますが、それは正確ではありません。十分な予備兵力もなく、冬季大攻勢は失敗したと断言します。
「バフムートはウクライナ軍が撤退せざるを得ない状況だ」と評価する人もいましたが、今はそういう状態ではありません。現地で戦っているロシアの主力は民間軍事会社の「ワグネル」です。ワグネルは4万人の囚人を兵士として募集したとされていますが、その半数以上が戦傷もしくは戦死し、勢力が低下しています。また、ワグネル指導者であるプリゴジンは、ショイグ国防大臣、ゲラシモフ総司令官との政治闘争に負け、プーチンからの信頼も低下しつつあります。これでは、ワグネルがバフムートの正面で頑張れるはずがない。
ウクライナのゼレンスキー大統領もバフムートに激励に赴いています。それだけウクライナ軍が支配しているということです。ウクライナ陸軍のシルスキー総司令官は、「バフムート正面のロシア軍戦力が相当疲弊している、反撃できる機会が近づきつつある」と述べています。将来の攻勢を示唆するような発言です。
ウクライナ東部のドンバス地域2州(ドネツク・ルハンスク)における戦いは、ロシア軍の攻勢、ウクライナ軍の防御というのが基本的構図です。結果として、ウクライナ軍はあらゆる場所でロシア軍の攻撃を阻止し、消耗させました。ロシア軍とウクライナ軍の損耗比率は5対1、もしくは7対1と言われています。ウクライナ軍は、戦力を温存しながらロシア軍の戦力をそぎ落としていった。おかげで5月以降と見積もられるウクライナ軍の攻勢作戦が成立するのです。
もっとも、攻勢作戦の成否は楽観できません。ウクライナに供与が予定されているドイツ戦車「レオパルト2」300両がまだ揃ってないし、航空戦力が不十分、弾薬も不足し、これらを補うことは簡単ではありません。そういう状況で大攻勢をやることに不安もありますが、今まで防御一辺倒だったウクライナ軍が攻勢に出るのは確かだろうと思います。
ウクライナがF-16を欲する3つの理由
末次:航空戦力については、米国がF-16戦闘機を供与するかどうかが話題となっています。座談会第1回で、現在ウクライナ上空は、ウクライナとロシアのどちらかが優勢を確保している状況ではなく、双方が一定程度、相手の航空機の飛行を拒否する「使用拒否(エリアディナイアル」)の状況と整理しました。F-16が供与されると、この状態を変えることができるでしょうか。
小野田治(日本安全保障戦略研究所上席研究員):ウクライナ空軍は、2021年の「ミリタリーバランス」によると、Su-24、25支援戦闘機45機と、Su-27、MiG-29防空戦闘機71機を保有していました。それが、ロシアの軍事侵攻当初の航空攻撃などを受け、侵攻16日目の3月11日時点で防空戦闘機は56機が運用可能だと言われていました(米国防省)。
現在は、撃墜されたり、予備品不足や故障が起きたりして、さらに数が減っていると思います。F-16供与の前に、ポーランドやスロバキアがMig-29を供与するという話があり、即効性が高いのはこちらの方です(編集注:3月末の時点でスロバキアのMig-29はすでにウクライナに供与されたと報道されている)。「足りなくなった戦闘機を何とか補充したい」というのが第一だからです。
一方、F-16はMiG-29、Su-27とは全く違う使い方ができます。理由は3点あります。まず、米国が持っている情報網をF-16で完全に自分たちのものにできる点。すなわち、情報収集(ISR)能力が格段に向上することです。先般、米軍の無人偵察機MQ-9リーパーがロシア空軍戦闘機と接触して墜落しました。クリミアの沖90キロぐらいの地点ですが、米軍はあの付近を常時偵察しているのです。そのリーパーの情報を、F-16はデータリンクで共有できる。MiG-29やSu-27にはできないことです。
2つ目に、ローカルな航空優勢を確保するという意味で、F-16は非常に大きな効果があります。航空機の絶対数が少なく、ウクライナ側の防空能力が落ちているため、ロシアの地上支援航空機の活動が活発化しつつあります。今後、ウクライナが反攻するためには局地的な航空優勢が必要になります。ロシアの航空活動を阻止するためには、「地対空ミサイル+戦闘機」が必要なのです。
3つ目に、敵の後方基地を攻撃することができる点です。後方基地といっても、ロシア領内に入るという意味ではありません。具体的にはウクライナの最前線に所在するロシア軍の補給拠点などで、これを攻撃するには多くの情報共有が可能なF-16の方が遂行できる任務の幅が広く、被撃墜率も低い。
これらに加えて、F-16に搭載できる弾薬は多種多様で、その性能は格段に優れており、世界中で使用されているために弾薬庫は豊富です。これらの理由で、ウクライナはF-16が欲しいと言い続けているのです。
末次:F-16供与の意味についてよく理解できました。ただ、今までロシア製装備しか使用していなかったウクライナの軍人がF-16を乗りこなすまでには時間が必要だと思います。航空自衛隊がF-4EJからF-15やF-2への転換を行った実績を踏まえると、F-16の実戦投入まで、どの程度の期間が必要だと思われますか。
小野田:最近、複数名のウクライナ空軍のパイロットが、米国でF-16のシミュレーターの訓練を行ったという報道がありました。米国防省は「ウクライナのパイロット能力を評価するためにシミュレーターに乗せてみた」と言っていますが、実際のところ、これは訓練以外の何物でもありません。ウクライナ政府によると、訓練を受けたパイロットは、習熟まで「半年もいらない」と言っていたそうです。多少短めに言っているかもしれませんが。
戦闘機のパイロットで同じ世代の飛行機に乗っていれば、半年あれば十分に他機種の操縦が可能です。個人的には、もし米国がF-16戦闘機の供与を行えば、ウクライナ軍は3~6カ月で実戦投入すると考えています。戦争中ですから、平時の要員養成とは全く異なった即席教育を施すでしょう。
末次:製造国が同じであれば、スイッチやレバーの場所といった点に共通性があり、慣れるのに時間がかからないでしょうが、製造国が違うと難しい点もあると思います。
小野田:そうですね。しかし、操縦自体は習熟にそんなに時間はかかりません。難しいのは、電子機器の操作で、慣れるまでに時間がかかります。また、戦闘機はパイロットがいればいいというものではありません。整備員の教育は時間がかかります。整備員が6カ月で必要な技量を身に付けることができるかという点は疑問です。フライトラインで行う航空機の取り扱いや燃料弾薬の搭載、部品の軽易な交換などはできても、破損した機体の修理、エンジンの交換などの複雑な作業は無理でしょう。
ロシアは「恫喝による認知戦」を展開
末次:他方で、F-16の航続距離を考えると、ロシアにとってみれば「米国はロシア領土まで攻撃できるものを供与した」と主張することが十分考えられます。
先日、ロシアのプーチン大統領は「英国はウクライナに劣化ウラン弾を供与している。これは核の拡散に等しい」と主張しました。今まで西側の装備の供与は、あくまでもウクライナ防衛のための兵器に限られていたと理解していますが、レオパルト2に続いてF-16を供与すれば、戦争がさらに拡大する可能性が高いように思います。矢野さんはどう考えますか。
矢野一樹(日本安全保障戦略研究所上席研究員):ウクライナに供与される装備にロシアが異を唱える資格はありません。戦争を開始したのはロシアです。ロシアは核の使用を示唆するような恫喝(どうかつ)も行っていますが、反撃による自国の壊滅まで覚悟して、本当に核を使えるでしょうか。私は非常に懐疑的です。もちろん、ロシア本土にウクライナ軍やNATO(北大西洋条約機構)軍がなだれ込んでくるような状況になれば、ロシアが小型の「戦術核」を使用する選択肢もあるでしょう。
しかし、ロシアはウクライナを「同胞」だと言っている。いわば自国領に対して核攻撃を行うのか。やるとすればどこで使うのか。北部はロシアの友好国であるベラルーシとの国境が近い。放射性降下物がベラルーシに降る以上、論外です。では東部はどうか。東部の親露勢力の上に核の灰が降るのでこれも論外です。南部はロシアが併合したクリミアが近い。
そうすると、ウクライナ西部の端の方で使うしかないが、それにしてもNATOとの国境のすぐそばです。常識的に考えて、ウクライナ国内では戦術核は使えないと思います。
考えなければならないことは、ロシアの恫喝に対し、西側がリスクを過大に考慮し、徐々にしか兵器を供与していない点です。戦車にせよ、航空機にせよ、もう少し早くウクライナに投入されていたら、戦況が大きく変わっていたかもしれません。プーチンの恫喝はそういった意味で効果があったわけです。
渡部:矢野さんの指摘は、エスカレーション抑止という考え方です。私は、プーチンがよく使う「恫喝による認知戦」と整理しています。プーチンをはじめロシアの指導者たちは、例えばレオパルト2を供与したらレッドライン(越えてはならない一線)だとか、ATACMS(射程300キロの長射程ミサイル)を使ったらレッドライン、さらにF-16はレッドラインだと言い続けています。
脅しによって相手の行動、意志に影響を与える、これがエスカレーション抑止の概念です。このような恫喝による認知戦に惑わされてはならないというのが私の持論です。「劣化ウラン弾を英国がウクライナに供与したからベラルーシに戦術核を配備する」というような脅しに屈してはだめです。エスカレーションを恐れて、自らの行動を規制するような状態をこれ以上継続してはいけません。
なぜウクライナがF-16を欲しいかというと、長期戦を覚悟しているからだと思います。ゼレンスキー大統領は、F-16をすぐ入手できるとは思っていません。この戦争が、3年、4年続いたならば、必ず必要になる。だから、今のうちから欲しいと言っているのです。
ウクライナの要求は極めて合理的です。レオパルト2を300両欲しい、ATACMSを供与してくれ、F-16が欲しいなど、極めて長期的な視点に立ち必要なものを要求している。西側諸国としては、プーチンの脅しに屈することなく、必要な物を努めて早く提供することが大切だと思います。
ウクライナ戦争から日本が得るべき教訓
末次:ありがとうございます。次の議題として、ウクライナ戦争を教訓として、日本の防衛体制への示唆を考えたいと思います。まず、昨年末に策定された国家防衛戦略において設置が明記された「統合司令部」について伺います。統合司令部は、陸海空の自衛隊の部隊運用を一元指揮するもので、2024年度に東京・市谷に常設される方針ですが、その意義についてどうお考えですか。
渡部:私は現役時代、演習で統合任務部隊指揮官として部隊を指揮しました。首都直下地震や南海トラフ巨大地震を想定した演習経験を通じて感じたのは、災害時に陸海空を統合的に指揮する指揮官の存在が不可欠だということです。ましてや戦時、弾が飛び交うような極めて厳しい環境下では、統合指揮官による速やかな意思決定が決定的な役割を果たすと思います。
矢野:要は、軍令(部隊の指揮および作戦計画の立案を担当)と軍政(予算や人事等の行政を担当)を分けるべし、ということです。2006年に従来の統合幕僚会議が廃止され、統合幕僚長とそれを補佐する統合幕僚監部ができた時に、「常設の統合司令部が必要だ」という意見がありました。
しかし、結局は統合幕僚長が陸海空の自衛隊を一元的に指揮し、軍令も軍政も統合幕僚監部に集約することとされました。実際には無理です。どこの国の軍隊も軍政と軍令を一緒にやろうとして失敗している。今のロシアがいい例です。軍政と軍令、誰が責任を持っているか全く分からない。
末次:旧軍には軍政を担当する陸海軍大臣、そして軍令を担当する陸は参謀総長、海は文字どおり軍令部長がいました。確かに軍政と軍令をきちんと分けていますが、逆に軍政と軍令の対立があったのは否定できないところです。功罪両面あると思いますが、軍政と軍令を分けるべしというのは自衛隊OBにはよく理解できるところです。ただ、問題なのは、今の自衛隊の規模から、どの程度の人数の統合司令部にすべきなのか、どういう機能を持たせるのかという点です。小野田さんはどうお考えですか。
統合幕僚監部では統合運用はできない
小野田:その点は、いま相当議論されていると聞いています。まず場所ですが、先ほど末次さんがおっしゃったように、統合司令部は市谷に設置されると報道されていますが、陸上自衛隊は、埼玉の朝霞にしたいと言い、政治家や内局が市谷を主張していたようです。政治家や内局からすると、統合司令官が自分たちの眼の届かないところに行ってほしくないのでしょう。ただ、市谷に防衛省と各幕僚監部、そして情報本部に統合司令部まで集中させれば、一撃で情報中枢と軍政・軍令すべての機能を喪失するリスクを負うことになり、適切ではないと思います。
機能面では、矢野さんが指摘したように、統合幕僚監部の役割から軍令部門を外し、統合司令官がその任を担うことが重要です。本来、行政と自衛隊部隊の運用には大きな距離があります。行政のニーズを軍の作戦に落とし込むためには「変換装置」が必要です。それが統合幕僚監部です。その変換装置が、部隊の作戦まで指揮をするというのは無理な話です。
今までは、自衛隊に与えられていた任務が限定的であり、しかもいわゆる「ウサデン」、宇宙、サイバー、電子戦のような新たなドメインにおける戦いもそれほど注目されていなかったので、その不具合が顕在化していなかったのです。
日本周辺の国際情勢が緊迫化し、中国軍の急速な近代化や活動の活発化を受け、有事がいつ起こっても不思議ではない時代になった以上、常日頃から作戦遂行要領を専門的に考える組織が必要です。「それは統合幕僚監部がやっていたのではないか」と言う人がいますが、実情を分かっていない。統合幕僚監部は、政治向きの話や、予算要求をやりながら部隊運用も考えなければなりません。実質的に作戦遂行は陸海空の部隊にお任せで、統合運用とは言えません。
従って統合司令官は、有事に陸海空の部隊を一元的に指揮するというだけでなく、平時から、どのように戦うかを具体的に考え、そのための訓練・演習を企画する必要があります。統合司令官を補佐する司令部には、そのような機能を果たすだけの人員規模が必要です。今まではこの部分が不十分だったのです。
メジャーコマンドとの役割分担は?
末次:東日本大震災のときに、当時の折木良一統幕長が「政府の補佐に時間をとられ、部隊運用はほとんど見ることができなかった」ということを反省点として述べられています。このことからも、統合司令官の必要性がよく理解できると思います。
今まで自衛隊は、発生した事態に最も適した陸海空いずれかの大規模部隊の指揮官を統合任務部隊指揮官に指定し、統合幕僚長の指揮下で行動させるコンセプトでした。大規模部隊(メジャーコマンド)は、陸であれば陸上総隊司令官、海であれば自衛艦隊司令官、そして空であれば航空総隊司令官が統合任務部隊指揮官となる。そのため、各司令部には大規模なスタッフがいます。
今後、統合司令部が創設されると、陸上総隊、自衛艦隊、航空総隊という陸海空の大規模司令部から人を充当しなければならないと思います。そうすれば、それら大規模部隊が従来実施してきた業務が実施できなくなる。このあたりの役割分担はどのように考えますか。
渡部:そういう課題があることは承知していますが、ネットワークシステムを含めた最新技術を最大限に活用することで一定程度、解決は可能だと思います。
写真:AP/アフロ