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2023.04.27 外交・安全保障

岸田首相のウクライナ支援は日本の有事の「保険」となるのか

將司 覚

 中国の習近平国家主席は、3月20~22日の3日間にわたってロシアを訪問した。その狙いは、中露の協力関係を強めつつ、ウクライナ戦争において中国が和平交渉を主導することにあった。もともと中国は、ロシア・ウクライナ両国と良好な関係を築いている。戦争が長期化するなか、ロシアは装備や弾薬が不足して戦況が芳しくなく、米国はじめNATO諸国にはウクライナへの「支援疲れ」が感じられる。習主席は、ロシア・ウクライナが「中国による停戦の仲介」を受け入れる可能性は高いと踏んでいただろう。

 習主席の自信には理由がある。訪露に先立つ3月10日。長きにわたり緊張と対立が続き、2016年から断交していたサウジアラビアとイランの和解を中国が仲介したことが大きなニュースとなった。この和解は中国にとって、国際平和を推進する大国としての存在感を国際社会に誇示することとなった。中国にとって今回のロシア訪問は、サウジアラビア・イラン間の和解に続き、ロシアとウクライナの停戦を成し遂げ、大国としてのプレゼンスをさらに高めることを意図したものと考えられる。

 しかし、習主席の思惑どおりにはいかなかったようだ。3月21日、習主席とプーチン大統領は2日目の会談を行い、「両国の戦略的協力に関する合意書」に署名したほか、中国が訪露前の2月下旬に提示した和平案について協議した。ロイター通信によると、プーチン大統領は、中国の和平計画に肯定的な見方を示した一方、「現時点で、西側諸国とウクライナの側で(和平に向けた)準備が行われている兆候は見られない」と述べた。平和解決を阻んでいるのは西側諸国とウクライナだと非難する形をとりつつも、事実上、中国の停戦提案を拒否したと言える。

 習主席は、プーチン大統領との会談は「オープンで友好的」だったとしつつ、ウクライナに対する中国の「中立的な立場」を強調して対話を呼びかけた。体裁は整えたものの、サウジとイランの仲介に続き、ウクライナ戦争の和平を導くことで国際的なアピールを狙った中国の目論見は外れた格好だ。

日本にお株を奪われた中国

 もう一つ、習主席の想定外となったのは、岸田文雄首相のウクライナ訪問だろう。かねて岸田首相は、G7(先進7カ国)議長国として、5月の広島サミット以前にウクライナを訪れたいと強く希望しており、図らずも習主席の訪露と重なる3月21日に訪問が実現した。これにより、「覇権主義陣営の侵略者であるプーチン大統領を応援する習主席と、侵略されている自由民主主義陣営のウクライナの激励に駆け付けた岸田首相」という、対照的な構図が強調されることになった。

 米国のラーム・エマニュエル駐日大使も同日、自身のツイッターで「岸田首相は、国連憲章を守るために歴史的なウクライナ訪問を行っている」と投稿。次いで習主席の訪露に触れ、「欧州を訪問する太平洋の両首脳のうち、岸田首相は自由を支持し、習近平は戦犯を支持している。どちらの首脳がより明るい未来のためのパートナーだろうか」と訴えた。

 習主席としては、不首尾に終わった訪露に加え、日本の国際的アピールのお膳立てをしてしまった格好だ。メンツを保ちたい中国は、外務省の汪文斌報道官が3月21日の記者会見で、岸田首相のウクライナ訪問について、「日本が事態の沈静化に有益なことを行うよう望む。逆のことをしないよう希望する」と述べた。

ウクライナの「本音」は…

 今回の訪問で岸田首相は、ウクライナに殺傷性のない装備品支援に3000万ドルを拠出することや、エネルギー分野などに4.7億ドルの無償支援を行うなど、二国間協力を拡大すると発表した。「殺傷性のない装備品」となっているのは、「防衛装備移転3原則」があるためである。

 防衛装備移転3原則は2014年、従来の「武器輸出3原則」に代わるものとして閣議決定された。武器の輸出を原則的に禁止し、必要に応じて例外を作ってきた従来の方針を変更し、厳格な審査の下、海外への「防衛装備」の輸出を認めるものだ。その背景には、日本を取り巻く厳しい安全保障環境に対応するとともに、日本の防衛産業の海外進出を後押しする意味合いがある。

 日本の防衛力強化に向け、昨年末改定した国家安全保障戦略では、防衛装備移転3原則に関し、運用指針を含めた制度の見直しが盛り込まれた。現在は殺傷能力のある装備品の海外移転は共同開発国に限定されている。現状は米国のみであり、今後も次期戦闘機の共同開発を行う英国・イタリアなどに殺傷性装備の移転先は絞られる。ウクライナには「殺傷性のない装備品」が供与されるが、同国としては武器が欲しいというのが本音だろう。

日本有事の「保険」につながる指針見直しを

 もちろん、欧州の戦地に首相が訪れた目的は激励のためだけでない。ウクライナへの支援を鮮明にすることで、日本が有事に至った際にも国際社会から支援を受けることを期待した面があるはずだ。問題は、現在の防衛装備移転3原則に基づく運用で、そうしたギブアンドテイクの関係が成り立つかどうかである。

 3月21日にBSフジプライムニュースに出演した自民党国防議員連盟事務局長の佐藤正久参議員は、今回のウクライナ支援を念頭に、「日本が有事の際、装備や弾薬が枯渇した場合を想定し、『日本は供給できないが、日本には供与してください』という理屈は通用しないだろう」と述べた。

 ウクライナ支援は、ロシアによる他国の主権および領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反に対処するためである。さらには、力による一方的な現状変更が国際秩序の根幹を揺るがす国際社会への挑戦であるからだ。そうした認識の下、米国は世界最強の戦車「M1エイブラムス」、ドイツも戦車「レオパルト2」、ポーランドやチェコは戦闘機「Mig29」のウクライナ供与を決定している。

 4月25日、与党内で防衛装備移転3原則の運用指針見直しの議論が始まった。殺傷能力のない装備品の輸出類型の拡充のほか、殺傷能力のある装備の移転についても検討される見通しだ。議論は難航が予想されるが、「将来的に日本が侵略の危機に瀕した場合、同志国から有益な支援を得るためにはどのような指針が必要か」という視点から、見直しが進むことを期待したい。

提供:Ukrainian Presidential Press Office/UPI/アフロ

將司 覚

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年からサンタフェ総合研究所上席研究員。2021年から現職。

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