米シンクタンクのスティムソン・センターが運営する北朝鮮分析サイト「38North」は1月19日、「北朝鮮の食糧事情は、1990年代の飢饉以降で最も深刻な状態にある」との記事を配信した。食糧危機の背景には、北朝鮮の核およびミサイル開発に伴い、国連が同国に厳しい経済制裁を行っていることに加え、新型コロナウイルス感染拡大に伴う国境封鎖、さらには金正恩政権の経済政策の失敗があると指摘している。
北朝鮮失政の背景として、核やミサイルに対する過剰投資や、最高指導者の気まぐれや思い付き事業の推進があると、しばしば指摘される。これはある意味当然と言える。実際、昨年は異常ともいえる数の弾道ミサイルを発射しているのに対し、金総書記が力を入れていたと言われる「平壌総合病院」の建築や、元山・葛麻(ウオンサン・カルマ)リゾートの建設の進捗に関する報道は全く確認できない。
38Northの記事では、国連食糧農業機関/世界食糧計画(FAO/WFP)および米農務省の見積もりに基づき、2019年ごろを境に、北朝鮮の穀物確保量は国民の最低必要量を下回ってきていると推定している。さらに記事中の図を見ると、21年4月以降、北朝鮮のトウモロコシの値段が最大で世界平均の約3.5倍、コメが同2倍以上に高騰していることがうかがえる。平壌等の主要都市と地方の格差を考慮し、「北朝鮮は飢饉の瀬戸際(brink of famine)にある」と警告している。
こうした状況にもかかわらず、金総書記が米国はじめ西側との対決姿勢を転換する兆候は認められない。このことから記事は、当時、金正日政権下にあった1990年代の飢饉時における統治スタイル――国民生活を犠牲にして軍事を優先する政治姿勢――への危惧を示して締めくくられている。
北朝鮮を救ったのは経済制裁下のロシア
北朝鮮の食糧事情の悪化は、たびたび指摘されている。金正恩総書記自身、2021年4月の第6回朝鮮労働党細胞書記大会において、「苦難の行軍を実施する決意」を吐露している。同時期は、38North記事にあるとおり、トウモロコシやコメの価格が急騰した時期と一致しており、金総書記も危機感を抱いていたと考えられる。
しかし、「苦難の行軍」という言葉を口にしてから間もなく2年が経過するが、北朝鮮に飢餓が蔓延しているという報道は目にしない。北朝鮮国家主体のサイバー攻撃による暗号資産(仮想通貨)の窃取や中国との闇取引で利益を得ているとみられるが、加えて最近、北朝鮮のロシアへの武器供与が確認されており、これが北朝鮮の食糧危機を緩和させる一助となっている可能性は否定できない。
1月20日、ジョン・カービー米安全保障局(NSC)戦略広報調整官は、記者会見の席上で、ウクライナ戦争におけるロシア民間軍事組織「ワグネル」の活動を説明する一環として、ワグネルと北朝鮮との関係について言及した。カービー氏は、ワグネルとロシア国防省間が緊張感を高めつつあるとした上で、ワグネルの規模について、1万人の契約軍人(社員)と4万人の囚人、計5万名と推定した。ワグネルがロシア刑務所で傭兵(ようへい)の募集を行っていることは、たびたび報道されている。
ただし、戦闘員の数が契約軍人(社員)の4倍にも上ることで、軍として統率(指揮規律)を保つことができるのか疑問が残る。また、ロシア国防省との信頼関係がないという分析が事実であれば、ワグネルは独自に装備調達を行わざるを得ない。カービー氏は、衛星写真を示しつつ、ロシアと北朝鮮間で列車を使用した物資のやり取りが行われており、「北朝鮮から歩兵用のロケットやミサイルがワグネルに渡っていると評価している」と述べている。
昨年9月に米国防省のライダー報道官は「ロシアが北朝鮮から弾薬などを購入しようとしている」と記者会見で述べている。今回のカービー氏の発言は、この危惧が現実化したことを物語る。共に厳しい経済制裁を受けるなか、食料事情が危機的状況にある北朝鮮と、穀物の輸出先を模索するロシアの間には、「ウィンウィン」の関係が成立する。
露朝接近は日本の安全保障の脅威に
しかし、今回明らかとなった露朝の軍事取引は、将来の国際情勢を左右しかねない二つの危険性をはらんでいる。
その一つが、北朝鮮とワグネルの関係が緊密化することである。ウクライナ戦争におけるロシアの苦戦が伝えられており、ロシアが敗北した場合のシナリオも取り沙汰されている。そうしたシナリオの中には、ロシア国内が分裂し、保守強硬勢力がワグネルのような私設軍隊を中心にロシア国内で独立国を形成する可能性を指摘するものもある。現在のワグネルの規模では大きな勢力になるとは思えないが、ロシア国内が大混乱に陥った場合、保守不満分子を集めるコアとなる可能性は否定できない。北朝鮮との関係を持つこのような独立国が極東に誕生した場合には、日本の安全保障上、大きな脅威となるであろう。
もう一つが、北朝鮮のミサイル開発に与える影響である。今回、北朝鮮が提供した装備は歩兵用とされる。提供が歩兵用にとどまれば、北朝鮮のミサイル開発に与える影響は限定的だが、北朝鮮が開発を進める中短距離弾道ミサイルや遠距離ロケットにまで範囲が広がることが危惧される。ロシアにとって、不足が指摘されるミサイル等の補充につながり、北朝鮮にとっても、食料等の調達に加え、実戦能力が疑問視されているミサイル等の威力を検証する良い機会となる。ここでもウィンウィンの関係が成立し、日本の安全保障に大きな影響を及ぼすであろう。
「敵の敵は味方」という言葉がある。国際関係にそのまま当てはめることは危険だが、ロシア、北朝鮮にとって米国は共通の敵である。しかも、武器や食料面から見れば、露朝両国は相互補完関係にあると言っても過言ではない。米中対立が激化しつつある現在、露朝が相互に関係を深め、さらには中国との関係を強化することは対米上、不利益ではない。独裁者による国家統治という共通項がある中・露・朝が、互いに手を組み西側に対抗する構図は米国よりも日本にとって悪夢である。まさに、かつてジョージ・W・ブッシュ米大統領が述べた「悪の枢軸( Axis of evil )」の再来である。
カービー氏は記者会見において、北朝鮮からの武器が渡った以降も、ワグネルの戦い方が変わった兆候はないと述べている。北朝鮮のロシアへの武器提供は緒についたばかりであり、現時点で明白な効果は認められない。だが今後、武器提供が拡大することで、ロシア軍が勢いを取り戻す可能性も否定できない。米バイデン政権が、本来秘密である衛星画像の分析という情報ソースを明かしてまで露朝の武器取引を公表した理由は、露朝関係を強調することにより、国際的監視網を強化する意図があると考えられる。日本としても、「瀬取り(洋上での船舶間の物資の積み替え)」を含む日本周辺における北朝鮮船舶の違法活動に、これまで以上に目を光らせていく必要がある。
写真:AP/アフロ