実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。今回は7月に行った台湾有事を巡る座談会の続編です。ウクライナ戦争の中間整理を行いつつ、全5回にわたり日本と台湾の防衛分野の専門家が「台湾有事」について深く議論します。初回は、侵攻開始から半年が経過したウクライナ戦争におけるロシア・ウクライナ両軍の戦略評価と、情勢分析を行います。(座談会は9月9日に実施。ファシリテーターは実業之日本フォーラム編集委員の末次富美雄)
末次:7月5日にウクライナ戦争と台湾有事をテーマとした座談会(全3回)を実施してから約2カ月が経過しました。
第1回:ロシアのウクライナ侵攻をどう見るか、日台の防衛専門家が徹底議論
第2回:中国が台湾に仕掛ける「認知戦」、戦わずして屈服させるための戦術とは
第3回:中国が台湾侵攻した際の日本の備えは…支援・防衛、核シェアリングの議論は不可避
依然としてウクライナ戦争は終結せず、ロシアの侵攻開始から半年以上が経過しました。ウクライナの反攻が成功しているという一部報道もあります。
一方で、台湾周辺の情勢も緊迫化しています。8月2日のペロシ米下院議長の台湾訪問を受け、中国は大規模な軍事演習を実施しています。8月10日には中国の国務院台湾事務弁公室が「台湾統一白書」を公表しました。白書では、台湾も自国の領土とする「一つの中国」を原則に、一国二制度を基本に中国の主権と領土の一体性を維持するとしています。こうした主張は、ロシアのプーチン大統領のウクライナに対する見解と共通する点があるように思います。
前回の座談会で挙がった論点は、次の図のとおりです。
第一に、ウクライナ侵攻におけるプーチンの戦争理由であり、国際社会から共感を得るための情報戦略、いわゆる「ナラティブ」が国際的な認知を受けていない点を指摘できます。次に、サイバー・宇宙・電磁波領域の戦いについて、ウクライナのレジリエンス(抵抗力)がロシアの攻撃を上回っていることです。これは、台湾有事に大きな示唆を与える点だと思います。上記3領域の中でも、台湾は宇宙領域の防衛能力を十分に持っていないと言われており、大きな課題となっています。
第二に、陸・海・空の各種戦です。特にSEAD(Suppression of Enemy Air Defense:航空制圧)に関する考え方に関して、中国軍はロシア軍と比較してどのような強み・弱みがあるのかについて議論したいと思います。
第三に、軍のガバナンスです。最近、ロシア軍の士気がかなり落ちているという報道が目立ちます。ロシア軍の状況を踏まえつつ、中国軍、特に人民解放軍の、「党が軍隊を指揮する」という原則に基づき、政治将校制度(部隊に中国共産党の将校を配属し、指揮官とほぼ同等の権限を持たせる制度)がどの程度、実際の戦闘に影響を与えるのかについて討論したいと思います。また、台湾有事において、戦わずして敵を屈服させる「認知戦」がどのように展開されるかについても深掘りしたいと思います。
最後に、ウクライナはSNSを情報発信のツールとして積極的に活用しています。台湾有事にSNSがどのような役割を果たすのかという点も議論したいと思います。前回の対談の振り返りとして、何か追加することはありますか。
「ハイブリッド戦争」は時代遅れ?
渡部 悦和(わたなべ よしかず)
渡部安全保障研究所長、元富士通システム統合研究所安全保障研究所長、元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、元陸上自衛隊東部方面総監。
1978(昭和53)年、東京大学卒業後、陸上自衛隊入隊。その後、外務省安全保障課出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、第28普通科連隊長(函館)、防衛研究所副所長、陸上幕僚監部装備部長、第二師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。2013年退職。著書に『米中戦争 そのとき日本は』(講談社現代新書)、『中国人民解放軍の全貌』『自衛隊は中国人民解放軍に敗北する!?』(扶桑社新書)、『日本の有事』(ワニブックスPLUS新書)、『日本はすでに戦時下にある』(ワニ・プラス)。共著に『言ってはいけない!?国家論』(扶桑社)、『台湾有事と日本の安全保障』『現代戦争論-超「超限戦」』『ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛』(ともにワニブックスPLUS新書)、『経済と安全保障』(育鵬社)
渡部:最近、「ハイブリッド戦争」という言葉を多くの人が使うようになっています。他方、「ロシア・ウクライナ戦争はハイブリッド戦争ではなかった」と、ガッカリしたように言う人もいます。私は、これは不適切だと思います。ハイブリッド戦とは、あくまでも2014年のロシアによるクリミア半島併合という特殊な戦争を指すものです。ですから、ウクライナ戦争をハイブリッド戦という言葉で評価することは明らかに誤りだと思います。
令和4年版の防衛白書では、ハイブリッド戦争を「軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした手法」とし、具体的手法としてサイバー攻撃や影響工作に言及していますが、そのほかの作戦には全く触れていません。
ハイブリッド戦という言葉で今回のウクライナ戦争を見ると、本質を見失いかねません。私はウクライナ戦争を、すべての空間を使った戦いである「オールドメイン・ウォーフェア(全領域戦)」の観点から見ています。防衛省・自衛隊が重視する陸・海・空のドメインのほか、宇宙・サイバー・電磁波領域を加えた6つの領域だけで戦争を捉えてはダメです。それ以外にも多くの領域、ドメインがあります。今日の議題である認知領域もそうですし、情報領域、エネルギー領域、政治領域、経済領域、歴史領域などもあります。それら全てのドメインを考えて戦争を行うというのが、私のオールドメイン戦の考え方です。
米国では、オールドメイン戦の考え方が認知されており、米統合参謀本部や、他の軍種、特に空軍がオールドメイン・オペレーションの重要性を主張しています。そして米バイデン政権は、全てのドメインの要素を見据えて抑止を図る「インテグレーテッド・ディターレンス(統合抑止)」という考え方を示しています。われわれがこれからの戦争を見る場合、オールドメインの発想で見るべきです。決してハイブリッド戦という一面で見てはいけないというのが私の主張です。
末次:どのように「ハイブリット戦」を定義付けるかにもよると思います。ただ、ハイブリッド戦と位置付けたとしても、サイバーや認知領域だけにこだわらず、幅広い意味で捉えていくべきだという点については、ご指摘のとおりだと思います。
小野田 治(おのだ おさむ)
1977年防衛大学校(21期、航空工学)を卒業後、航空自衛隊に入隊。警戒監視レーダー及びネットワークの保守整備を担当の後、米国で早期警戒機E-2Cに関する教育を受け、青森県三沢基地において警戒航空隊の部隊建設に従事。
1989~2000年、航空幕僚監部において、指揮システム、警戒管制システム、次期輸送機、空中給油機、警戒管制機などのプログラムを担当した後、2001年に航空自衛隊の防衛計画や予算を統括する防衛部防衛課長に就任。
2002年、第3補給処長(空将補)、2004年、第7航空団司令兼百里基地司令(空将補)、2006年、航空幕僚監部人事教育部長(空将補)、2008年、西部航空方面隊司令官(空将)の後、2010年、航空教育集団司令官(空将)を歴任し2012年に勧奨退職。
2012年10月、株式会社東芝社会インフラシステム社(現:東芝インフラシステムズ株式会社)に入社。
2013~15年、ハーバード大学上席研究員として同大学において米国、中国及び日本の安全保障戦略について研究。
現在、(一社)日本安全保障戦略研究所上席研究員、(一財)平和安全保障研究所理事、(一社)日米台関係研究所客員研究員、日米エアフォース友好協会顧問
著書に「習近平の「三戦」を暴く」(海竜社、2017年)(共著)「日本防衛変革のための75の提案」(月間「世界と日本」、2018年)(共著)、「台湾有事と日本の安全保障」(ワニブックスPLUS新書、2020年)(共著)、「台湾有事どうする日本」(方丈社、2021年)(共著)、「台湾を守る『日米台連携メカニズム』の構築」(国書刊行会、2021年)(共著)などがある。
小野田:私は渡部さんのご意見に全面的に賛同します。そもそも戦争というのは、昔からマルチドメイン、オールドメインなのであって、今さらハイブリッドという言葉を持ち出す必要はないと思います。外交(Diplomacy)、情報(Intelligence)、軍事(Military)、経済(Economy)、いわゆる「DIME」全てを使用するのが戦争です。
ただ、技術の進歩によって、クラウゼヴィッツが言う「戦場の霧」、不確実性がだいぶ薄くなったようにも感じます。例えばウクライナ戦争の場合、SNSのようなコミュニケーションツールが有効に活用されています。一方で、その「戦場の霧」をわざと作ることもある種の認知戦です。その観点からは戦争の本質は、クラウゼヴィッツの当時から何も変わっていないとも言えます。使えるものは全て使って勝利を勝ち取るという点が、まさに渡部さんのおっしゃる本質だろうと思います。
ロジスティクスで失敗したロシア軍
前回の座談会から2カ月がたち、改めてウクライナ戦を見ると、痛感するのはやはりロジスティクスの重要性です。ロシアは前回の座談会当時の7月前半、東部における作戦をいったん停止しました。ウクライナの高機動ロケット砲「HIMARS(ハイマース)」などによる攻撃で補給路に被害を受け、補給網を再構成する必要があったのではないかとみています。
しかし、作戦を再開しようとしたとき、ロシアは攻撃に出られませんでした。ウクライナは、その作戦休止の期間を利用して、今度は南部の攻撃に転換しました。そのため、ロシアは東部における攻勢をあきらめ、南部に戦力を展開せざるを得ませんでした。実はロシアは、東部における攻撃再開に向けて、作戦休止期間中に南部の戦力を東部に動かしていたのです。その間隙をついてウクライナが南部で攻勢に転じ、ロシアは再度東部に動かした戦力をまた南部に戻すという、非常にお粗末な機動をしたのです。これが7月から8月にかけての動きです。
もう一つの注目点はウクライナの反撃です。ウクライナ高官は、同国がロシア南西部のベルゴロドの配電施設を攻撃して市内を停電に陥らせたことや、クリミア南部のロシア空軍基地を攻撃したことを明らかにしています。その方法はよく分かっていませんが、非常に興味深い点です。こうしたウクライナの攻勢が続くかどうか見定めていくことは、台湾有事が始まった際の作戦展開を想定するにも有用だと思います。
末次:先ほど小野田さんが指摘されたロシア・ウクライナ両軍の行動は、いわゆる「内線」と「外線」の関係にあると思います。内側にある軍に比べて外側にある軍は、より長い距離を移動しなければならず、柔軟な動きが難しいということです。ウクライナ戦争において、ロシア軍は外線、ウクライナ軍は内線という位置付けになります。内側に位置するウクライナ軍の動きに、外側のロシア軍の動きが後手に回ったと言えます。
また、渡部さんが指摘された統合抑止という考え方は、今後重要になってくると思います。個人的には、統合に加え、「テイラード(tailored)」とでもいうべき、画一的ではない、情勢に併せて適切な手段を組み合わせるオーダーメイド的な考え方も必要となってくると考えています。邱さんは、ウクライナ戦争の現状から、台湾有事についてどのような想定をされていますか。
邱 伯浩(キュウ ボオハオ)
中央警察大学警政研究所(大学院) 中国政治修士課程、国防大学政治研究所(大学院)中国政治博士課程,、政治学博士。1989年~1997年、(台湾)憲兵部隊教官、連長。1998年~2005年、国防部後勤次長室(軍備局)参謀。2005年~2006年、国防大学教官。2006年~2009年、国防大学戦略研究所専任助教授(退官時の階級は「上校」)。2013年~2019年、DRC国際研究委員。2019年7月~、日本安全保障戦略研究所研究員。専門は国際政治学、特に軍事戦略、中国軍事政治、中国人民武裝警察、日台関係、中台関係安全保障論を研究。
邱:ウクライナ戦争は、台湾では非常に深刻に受け止められています。ウクライナとロシアの戦争は長期化が避けられない状況となっています。中国が台湾に軍事侵攻し、戦争が長期化した場合、台湾は耐えることができるのかという点に最も関心が集まっています。
稚拙なロシアの戦術…対空ミサイルで地上目標を狙った事例も
末次:皆さんありがとうございました。それでは、いくつか問題提起をさせていただきます。
最初に、ウクライナ侵攻から半年を迎え、ウクライナのゼレンスキー大統領は「ウクライナは3500発近くの巡航ミサイルを撃たれた」とインタビューの中で述べています。恐らく巡航ミサイルだけではなく、ロケット弾などを含めた数だと思います。台湾有事の際、中国が保有する弾道ミサイルや巡航ミサイルは大きな脅威だと考えています。しかし今回、ウクライナ戦争で約3500発という膨大な数のミサイルを撃たれていますが、戦闘の推移そのものにはそれほど大きな影響を与えていないのではないかとの感想を持っています。
いわゆるミサイルの使い方には、「カウンターバリュー」と「カウンターフォース」という考え方があると思います(注1)。
(注1)「カウンターバリューとカウンターフォース」
カウンターバリューは主要な攻撃目標を「価値のあるもの」(都市等)とする考え方であり、カウンターフォースは主要な攻撃目標を守りが強固な「軍事目標」(核ミサイルサイロ、指揮通信施設、基地等)とする考え方である(ミサイル用語集、株式会社知識計画)。
戦略核ミサイルの目標として、ミサイルの精度が不十分であった時代は、弾頭の破壊力を増大し、都市を攻撃目標とすることで相手に対する恐怖感を与える「カウンターバリュー」が主な考え方であったが、精度が向上するにつれ、相手の戦略的攻撃能力を破壊することを目的に、「カウンターフォース」が主流となりつつある。
もともとこの考え方は、核戦略において使われています。ミサイルについても、ある程度の精度と破壊力を持つミサイルは基本的にはカウンターフォースとして使われると思います。ところがロシアの使い方を見ると、必ずしもそうではないという感想を持ちます。ロシアのミサイルの使い方について、渡部さんはどのように分析されているでしょうか。
渡部:カウンターバリューは、特に非軍事の高価値目標に対する攻撃を意味します。一方、カウンターフォースは軍事目標に対する攻撃です。しかしロシアの今回のやり方は、非軍事目標も軍事目標も、とにかく全て何でも撃った。その理由は、第一に、ロシアの持っているミサイルが、米軍のような精密誘導のミサイルではなかったことが挙げられます。精密な攻撃ができないため、軍事目標を狙っても、非軍事目標、例えば近くの大きなマンションに弾着することが多かったということです。
第二に、ミサイルの技術がしっかりしたものではなく、発射そのものができない、弾着しても爆発しない不発ミサイルが多いといったこともありました。私が関連報道から試算したところ、大体40%以上は不発だったと思います。それらの事情から、非軍事目標も軍事目標も全て狙うような非常に大ざっぱなミサイルの使い方になったと思います。
また、ミサイルの目的外使用も指摘できます。例えばS-300地対空ミサイルや艦対艦ミサイルを地上目標攻撃に使った例もあります。まとめると、ロシアのミサイルは精度もあまりよくないし、数も足りなかった。このためありとあらゆる目標を撃ってしまい、その効果が限定的となったのだと思います。
緒戦から無差別攻撃…基地制圧に失敗
末次:4割も不発だったという推測は非常に興味深い分析で、世界中で使用されているロシア製武器の信頼性低下につながる事態だと思います。また、本来の目的を外れたミサイル使用については、ロシア軍の指揮系統、いわゆるガバナンスに大きな問題を投げかけるものだと思います。小野田さんのお考えはいかがでしょうか。
小野田:カウンターバリュー、カウンターフォースの議論については、普通の作戦でも10:0ではなく、戦争の段階に応じて変わってくるものだと思います。緒戦では、相手の戦力に攻撃を加え、相手の抵抗力を弱める作戦がとられます。そのため、攻撃目標のほぼ100%がカウンターフォースとなります。
しかし今回ロシア軍は、ミサイル以外の攻撃も含めると、緒戦からカウンターバリューを並行して行っています。要するに、ほぼ無差別攻撃です。誘導式のミサイルだけではなく、「ダムボム」と言われる自然落下型爆弾や非誘導式の砲撃は、当然コラテラルダメージ(巻き添え)が多く出ます。このためにかなり都市が破壊されました。もっとも、精密誘導兵器にしても、ミサイルの性能が悪いのか、あるいは作戦が悪いのか定かではありませんが、非常に精度の低い攻撃になっていることは事実でしょう。
ある米軍OBによると、「ロシアの巡航ミサイルは、10発撃つと、目標付近まで到達するのが大体8発から7発で、さらにそのうちの2発ぐらいは近くに落ちても爆発しない。弾着しても正確に当たるのは3割程度だ」という笑い話をしていました。あながち冗談ではないと思います。
最近ツイッターで、緒戦にロシアが精密誘導ミサイルでウクライナの航空基地を攻撃した衛星写真を発見しました。その写真では、10発ぐらいミサイルが弾着していますが、写真を確認する限り、滑走路やタクシーウェイ(滑走路までの誘導路)といった肝心な場所には1発も当たっていません。
1998~99年のコソボ紛争の際、米軍のB-2爆撃機1機が、GPS誘導爆弾を使って、滑走路とタクシーウェイ6カ所を正確に攻撃している写真があります。このように、米国はB-2が1機で一つの航空基地をほぼ無力化しているのに対し、ロシアは10発撃って基地の制圧に失敗している。これが緒戦の2月24日から3月頭にかけての約1週間におけるロシアの攻撃結果でした。「ウクライナの航空機や戦闘機が生き残ったのはこれが理由だったのか」と、ツイッターの写真を見て改めて認識しました。
このように、正確な攻撃が要求されるカウンターフォースが難しくなってくると、今度は相手の民衆の士気をくじくことを目的に、カウンターバリュー的な攻撃が用いられると考えます。もちろん、ロシアの場合には一貫した方針がない可能性もあります。効果的な攻撃ができず、ミサイルを浪費しただけだったと私は捉えています。
末次:ありがとうございます。やはりロシア製武器の信頼性がかなり低いことが分かりました。ミサイル浪費の話がありましたが、経済制裁を受ける中でミサイルを製造できているのかも疑問視されています。最近では、ロシアが北朝鮮に弾薬の提供を依頼しているという情報もあります。弾薬やミサイルの製造能力が落ちているという点について、小野田さんはどのようにお考えですか。
小野田:ご指摘のように、北朝鮮にロシアがアクセスしているのは事実のようです。いくつかの報道で明らかにされていますし、米国政府もその事実を確認しています。相当程度砲弾等が消耗しているようです。
また、精密兵器に必要とされるマイクロチップも枯渇しているようです。米国の雑誌によると、ロシアがさまざまな手を使って市販のマーケットからマイクロチップを入手しようとしていて、その調達リストには、普段であれば秋葉原でも手に入るようなものも含まれているそうです。ロシアは、こうした部品の枯渇のために精密誘導ミサイルなどが作れない状況にあり、戦況の立て直しが非常に難しくなってくると予想できます。
FSBの工作活動とウクライナ軍の反攻
末次:小野田さんのご意見を踏まえると、ロシアはますますカウンターバリューを目標に攻撃を続ける可能性があるように思います。さらに精密誘導兵器を含め弾薬やミサイルなどが枯渇してくると、いよいよプーチン大統領は、短距離かつ限定的な戦場で使用される戦術核(非戦略核)に手を伸ばすのではないか、核を使用するためのハードルが低くなってきたのではないかとの危惧が高まるように思います。
一方、ウクライナを巡る動きとして気になるのは、ウクライナ情報機関のバカロフ長官と、ベネディクトワ検事総長が更迭されたことです。「ワシントン・ポスト」の記事によると、両者ともロシア情報機関、FSBによる工作を受けた可能性があるとされています。認知戦という観点から、FSBの工作活動がウクライナ東部および南部4州の併合を巡る「住民投票」に影響を与える可能性もあると思います(注2)。渡部さんはどのように評価されていますか。
(注2)「住民投票」は、ウクライナ東部ルハンスク州・ドネツク州と南部ヘルソン州・ザポリージャ州において、9月23~27日の日程で行われた。ロシアは投票の結果、「編入賛成」が多数を占めたと発表、10月5日に一方的に4州併合の手続きを完了した。
渡部:まず「ウクライナ4州のロシア化」の観点から見ると、一番大きな影響を与えたのは、8月末に始まったウクライナ軍のヘルソン州による反攻作戦だと思います。なぜあの時期に反攻作戦を実施したのか。理由の一つに、当初9月11日に予定されていたヘルソン州における住民投票の実施を妨害するためではないかと言われています。
しかし、ウクライナ4州において、親ロシア派のスパイがロシア側有利に住民投票を誘導する可能性は否定できません。ウクライナ侵攻後、ロシアの情報工作活動は活発化しています。ウクライナ自身の情報機関の職員が、二重スパイとしてロシアに情報を漏らしている証拠をゼレンスキー大統領が握り、大統領がその要員を粛清したという報道もあります。
ロシアのFSBもウクライナの情報機関であるSBUも、元の組織はソ連時代のKGBです。当然ウクライナの元KGBの中には親ロシア派も多くいたと想像できます。ですから、「ウクライナのSBUに親ロシアのスパイがいる」という見方は、ごく普通です。おそらくウクライナ4州では、親ロシアの情報員を見抜き、排除するのが難しかった。その証拠に、ヘルソン州はロシアの侵攻当初、戦わずしてロシアの占領下に入っています。これは親ロシア派のスパイ工作が奏功したためでしょう。
もっとも認知戦とは別の観点で、ヘルソン州に対するウクライナ軍の反攻は二つの大きな意味を持っています。一つは、ヘルソン州のドニプロ川(ドニエプル川)の北岸で2万人のロシア軍が補給路を断たれて孤立しており、これをじわじわ撃破していく作戦が成立することです。
もう一つは、ヘルソン州でのウクライナ軍の反攻に驚いて、ロシア軍が東部戦線の最も精強な部隊を同州に移動させたことです。このため、イジュームをはじめとする東部ハリキウ市周辺地域のロシア軍の配備が薄くなりました。そこを突いてウクライナ軍の反抗が進み、すでに数十キロにわたって占領地域を解放しています。今、東部地域で行われているウクライナ軍の作戦は、当部ドンバス地域2州の完全占領をもくろむロシア軍の作戦を失敗に追い込む、極めて重大な成果を上げているのです。
末次:渡部さんご指摘のとおり、侵攻開始から間もなく、ヘルソン州はロシアの占領下となりました。同州を含めたウクライナ南部には、FSBを中心としたロシアの影響工作がかなり進展していたと思われます。一方で、ヘルソン州の一部では、パルチザンの活動も含めて、ウクライナ軍の反攻が各所で生起しています。同州あるいは東部のロシア軍の状況には目が離せません。
提供提供:Russian Defense Ministry Press Service/AP/アフロ
(第2回に続く)