ウクライナ危機や米中摩擦による世界の分断が急速に進むなか、その利害が対立する国との関係修復はより困難を極めていくだろう。かつて、第二次世界大戦後の日本はいかにしてアメリカとの関係を修復していったのか?それには東京都港区に位置する「国際文化会館」が大きな役割を果たしていた。<米露の関係修復もありうる?戦争が続く世界にこそ「いつでも話せる場」が求められる>に続き、完全な民間独立でありながらも国際的役割を果たしてきた国際文化会館でいま理事長を務める近藤正晃(まさあきら)ジェームス氏に、国際社会の進むべき方向や日本が担うべき役割について聞いた。
「次世代リーダーのための空間」をもう一度つくる
白井:公益財団法人国際文化会館が、民間独立でありながら国際的な役割も果たせる機関として機能していくために、具体的にはどのようなことを展開しているのでしょうか。
近藤:私が国際文化会館の理事長に就任したのが2019年なのですが、コロナパンデミックの影響もあり、それから今まで国際交流自体を行うことが難しい状況でした。そんな中でもアジア・太平洋の民間交流と課題解決の重要な拠点として活動をするためにプログラムの大幅な調整を進めてきました。
そのなかでは、財団が関与することは珍しい合併を含めた戦略提携や六本木ヒルズエリアの4倍もの規模で実施される六本木五丁目再開発も予定しています。文化庁が指定する登録有形文化財である国際文化会館本館と近代日本庭園の第一人者である作庭家・七代目小川治兵衛によって作られた庭園はきちんと守り続けながら、この一帯の再開発に協力していきます。
本館は日本建築の巨匠である前川國男、坂倉準三、吉村順三の共同設計によるもので、戦後の日本精神を象徴する建物ですが、今回の再開発ではアジア・太平洋地域の人々が集まりさまざまな課題をクリエイティブに解いていく次世代リーダーのための空間を作ろうと意図しています。そこではアーティストが滞在しながら制作活動を行う「アーティスト・イン・レジデンス」などもできたらいいと思います。
また、国際文化会館と一般社団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)は2022年7月1日に合併することとなりました。APIは2011年に東日本大震災を契機に設立された日本を代表する独立系シンクタンクです。両組織の強みを組み合わせて、今まで以上に精力的にグローバルな課題に取り組んでいきたいと思っています。
白井:戦前には防げなかった日米対立の解消をもう一度アジアで試みようと、戦後の日米関係を強化した知識人の交流やグローバルアジェンダへの取組みなど、全て体現しようとしているのですね。
平和と安全保障を考える発端としてのアート
白井:ジョン・D・ロックフェラー3世は国際文化会館の他にはどのようなものを設立したのでしょうか。
近藤:彼は日本関係に重きを置きながらも、1950年代には既に文化芸術を中核に据えたいくつもの拠点をアジアに設立していました。彼が設立に関与したアジアの機関は国際文化会館以外に次のようなものがあります。
まず、アジアと他国の相互理解のために創設された民間非営利組織「アジアソサエティ」です。アジアソサエティは、ロックフェラー家のアジアのアート・コレクションを中核にして国際交流に取り組み、フィランソロピー(社会的な公益活動)が何のためにあるのか、文化や芸術がどのような力を持っているのかを考え国際的な相互理解に貢献しています。戦後は小さな規模で活動していましたが、現在ではニューヨークで最も力がある財団の一つとなっています。
次に挙げられるのは、アジアの次世代アーティストの育成を目的に設立されたアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)という非営利財団です。ここでは、本部のあるニューヨークにアジアのアーティストを数千人単位で招き、文化交流を行なっています。日本人では芸術家の草間彌生氏や建築家の槇文彦氏、隈研吾氏、映画監督で現代美術家の村上隆氏などが、ここで国際的な足がかりを作りました。
彼は美術家育成の活動以外では、フィリピンにアジア地域社会への貢献を目的とした「ラモン・マグサイサイ賞財団」を設立しています。そこで表彰される「マグサイサイ賞」はアジアのノーベル賞とも言われています。このようにして彼は、早い段階でアジアの時代が到来することを認識していたのです。また、アメリカではオーケストラのニューヨーク・フィルハーモニックやメトロポリタン歌劇場、ニューヨーク・シティ・バレエ団などが活動しているニューヨークの総合芸術施設リンカーン・センターも設立しています。
よく平和な時代にお金持ちが趣味でお金を使っているだけではないかなどという皮肉が言われますが、ジョン・D・ロックフェラー3世の考えは全く違うところにありました。今でこそアジアとアメリカの交流は盛んですが、第二次世界大戦後のアジアは本当に悲惨な状況で、国際文化交流を持つことは困難でした。しかし、そういう場所だったからこそ平和や安全保障を考える上でアートが重要な発端材料となりえたのです。
「中国とのチャネル」を残すために
白井:ロックフェラー三世は日本の美術に大きな興味を持ち、収集もしていたということですね。近藤さんが評議員も務めているアジアソサエティは、これからどのような方向に進もうとしているのでしょうか。
近藤:アジアソサエティは現在、元オーストラリア首相のケビン・ラッドを理事長として招き、米中関係に注力したシンクタンクを強化しています。このシンクタンクではアメリカの有力な外交ジャーナル「フォーリン・アフェアーズ」で、戦争回避を大きなミッションとし、米国の競争が米中戦争や第3次世界大戦につながることがないように警鐘を鳴らしています。そこにアメリカと日本を含めたアジア諸国が共同で取り組んでいるのです。
戦前の日米関係のように、互いに厳しいことを言い合って制裁措置を続けるうちに米中間の会話の機会は急激に減少していくでしょう。それまで両国の橋渡し役を担っていた人も両国から裏切り者のように扱われ、どちらの味方なのかと迫られるようになりつつあります。これは日中関係でも同じことが言えますが、このような状況の中でも、いや、このような状況だからこそ中国とのチャネルを絶対に残しておかなければなりません。そのために、アートは一つの大切なチャネルです。
もともと日本はアジアソサエティに加入しておらず、日本以外のアジア諸国によるアジアソサエティという位置付けでした。当時の日本は他のアジア諸国より重要な位置にあると考えられていたため、区別されていたのです。その後、香港も含めた巨額の中国マネーやインドマネーの集結により、アジアソサエティはここ20年で大きな影響力をもつ財団となりました。そして、数年前に日本もそのネットワークに入ることを決め、その拠点が国際文化会館となりました。
現在の厳しい国際状況の中においては、地経学・地政学への取り組みを進めれば進めるほど、それと共に文化・芸術交流のチャネルが拡大していかねばならないと思います。そうでなければ、多くの国々はただただ孤立し、対立し、分断が進んでしまうと思うのです。
写真提供:国際文化会館(準備会合でのロックフェラー3世と松本重治)