「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、P-3C固定翼哨戒機機長、米国派遣訓練指揮官、派遣海賊対処行動航空隊司令(ジブチ共和国)などを歴任し、ロシアの安全保障政策に精通する実業之日本フォーラム・木村康張編集委員に、9月1日から7日にかけて行われたロシアの軍事演習「ボストーク2022演習」の概要と戦略的意義についてレクチャーしてもらった。
9月1日から7日の間、ロシア東部軍管区は極東地域で「ボストーク2022演習」を実施しました。ロシアによるウクライナ侵攻が行われているなか、規模を縮小して実施され、中国海軍が初めて艦艇を参加させました。今回のブリーフィングは、本演習を概観した上で、ロシア軍の想定した演習シナリオ、中露海軍の共同作戦能力を分析し、今後の注目点について解説します。
9月7日、沿海州のセルゲエフスキー演習場において「ボストーク2022演習」の閉会式が行われました。ロシア国防副大臣のエフクーロフ大将は、「陸・海・空の複雑な急激に変化する情勢の中での演習を通じ、部隊の運用、武器と装備品の有効性と信頼性を検証することができた」と演習の終了を宣言しました。
演習は9月1日から7日までの間、7つの陸上演習場、オホーツク海と日本海の海域で実施されました。ロシア軍のほかに参加した部隊は、軍隊を派遣した国が、中国・インド・ベラルーシ・モンゴル・キルギスタン・タジキスタン・アルメニア・アゼルバイジャン・アルジェリアの9国。オブザーバーを派遣した国は、ラオス・ニカラグア・シリア・カザフスタンの4国でした。
「ボストーク演習」は、戦略司令部演習に区分されます。戦略司令部演習とは、機動展開する部隊の再編成の計画と実施、陸・海・空部隊の協同作戦の組織化、司令官・参謀の作戦指揮と部隊運用を検証する演習です。
ロシア軍の戦略司令部演習は、軍管区ごとに毎年順番で実施されています。東部軍管区は「ボストーク(東)」、西部は「ザーパド(西)」、南部は「ユーグ(南)」、中央は「ツェントル(中央)」という演習ネームが付けられています。なお、昨年1月に北方艦隊が西部軍管区から分離し、新たに「北部軍管区」が編成されましたが、まだ演習を実施していないので演習の呼称は現時点では不明です。図1は、それぞれの軍管区の所轄範囲を示します。
本演習の規模は、前回の「ボストーク2018演習」と比較すると、期間は同じ7日間であるものの、参加将兵は前回の約30万人から今回は5万人、航空機は同1000機から同140機、艦艇は同80隻から同60隻へと規模が大幅に縮小されました。また、「ボストーク2018演習」では、北方艦隊と中央軍管区の部隊が対抗部隊となり、仮想敵として演習に参加しましたが、今回は対抗部隊を設定せず、想定だけで演習が行われたもようです。
その大きな理由は、ウクライナ侵攻にあると考えられます。ロイター通信によると、東部軍管区の兵力の約7割から8割がウクライナに派遣されています。図2右下の写真は、東部軍管区の所属を示す「V」(ロシア語の「задание Выполнено=任務は完了する」も意味する)の字を車体に書いた自走迫撃砲です。なお、西部軍管区を示す符号は「Z」(ロシア語の「За победу=勝利のために」も意味する)と言われています。
北方領土での演習を強行
今回の演習の着目点は2点あります。1点目は、北方領土である国後島と択捉島での演習が実施されたことです。前回は日本の抗議により、この2島の演習は取りやめられた経緯があります。2点目は、今回の演習で中国海軍の艦艇が初めて参加したことです。これまで中国側は陸軍のみが参加していました。図3で、青色で示す範囲が国後島と択捉島関連の演習エリアです。赤い線で示したのは、中国艦艇が対馬海峡を北上し、北海道西方でロシア艦艇と合同して演習を行ったと推定される航跡です。
国後島と択捉島での演習について具体的に説明します。日本政府は、ロシア政府に対して北方領土での演習に抗議しました。しかしロシアは9月3日、「対日戦勝記念日」の行事を択捉島、国後島、色丹島で実施した後、演習を実施しました。
オホーツク海においては、沿海州の海軍航空隊とカムチャッカの小型対潜艦部隊による「空水協同」で対潜訓練を実施しました。その内容は、対潜哨戒機Tu-142M3が仮想潜水艦を探知し、その情報を小型対潜艦部隊に伝達、さらにその情報を基にグリシャV級小型対潜艦4隻が対潜ロケットRBU-6000で攻撃を実施――というものです。
択捉島・国後島とサハリンでは上陸阻止訓練も実施しました。択捉島では駐屯する「第49自動車化狙撃連隊」と「第110独立戦車大隊」が、同様に国後島では「第46自動車化狙撃連隊」が参加しました。サハリンでは演習場を「島」と想定し、「第39自動車化狙撃旅団」が演習を実施しました。国後島と択捉島での演習の様子が、テレビ局ズベズダの映像で確認できます(図4)。
上陸阻止訓練の流れはほぼ共通です。初めに①無人機による敵上陸部隊の偵察を行い、敵部隊に対する電波妨害を実施、さらに②敵の部隊から飛来した敵無人偵察機を防空部隊が撃破、③味方の無人偵察機からの情報を基に砲兵部隊による敵上陸地への砲撃が行われ、④歩兵と戦車による敵上陸部隊の前進を阻止し、敵を退却させる――というものです。その後、敵が退却時に化学兵器を用いたことを想定して、CBR部隊(化学:chemical、生物:biological、放射性物質:radiologicalの防衛部隊)が除染作業を実施しました。
9月6日には、フリゲート艦による巡行ミサイル「カリブル」が、オホーツク海で発射されました。報道によると、対艦巡航ミサイルは千島列島の島を間に挟んで発射され、自然障害を迂回しつつ島の上空を低高度で飛行、300キロメートル離れた海上標的に命中したとされています。
また、千島列島の中央部に位置するマトゥア島の沿岸ロケット砲大隊は、巡航ミサイル「バスチオン」の射撃を実施しました。これは、「上陸するために領海内に入った仮想敵艦をレーダーで探知し、レーダーによる追尾情報に基づき攻撃を実施した」という想定の下に行われています。報道では、フリゲート艦、マトゥア島どちらからも実際のミサイルが発射されたとされています(図5)。
フリゲート艦は、国後島南岸にあらかじめ告示された射爆海面の標的に向けて発射した可能性があります。(図6)の青い曲線は推定飛翔経路です。一方、マトゥア島の沿岸ロケット大隊のミサイル射程圏内には、射爆場の海面告示がなされていなかったため、パラムシル島など北千島の陸上の射爆場に向けて発射した可能性があります。そもそも実際には発射せず、配信された動画は過去に他の部隊が発射したものである可能性も否定できません。
「中国海軍初参加」のインパクト
次に、二つ目の注目点「中国海軍の初参加」について説明します。演習開始前、ロシア国防省は、中国軍の演習参加の根拠は、1996年の「国境地域における軍事分野における信頼醸成に関する合意」に基づく信頼性醸成措置の一環だと説明していました。演習に参加した中国艦艇は3隻で、うち1隻は最新の大型駆逐艦「南昌」、もう1隻はフリゲート艦「塩城」、3隻目が補給艦の「東平湖」です(図7)。これらの中国艦艇は9月2日、日本海北部においてロシア艦艇と合流しました。ロシア側の艦艇は、フリゲート艦3隻、ミサイル観測支援艦1隻です(図8)。
こうして編成された「中露海軍共同部隊」は、東部軍管区ロシア軍とどれだけ連携して演習を行ったのでしょうか。演習シナリオを比較しながら両者の関連性を見てみましょう。中露海軍艦艇が合同した9月2日、ロシア国防省は「中露海軍共同部隊は海上交通路と海上経済活動の防衛を行うとともに、沿海州方面の地上軍への支援を行う」と説明しました。合同後、中露海軍共同部隊は、日本海北部で対潜訓練を実施しました。(図9)の地図上、赤字で示すところです。
一方、東部軍管区ロシア軍の演習のシナリオは、図9地図上の青字で示すように、敵の対潜哨戒機が沿海州沿岸へ機雷を敷設、その機雷を敷設する敵機に対し、警戒部隊の艦艇が対空戦を実施するものです。また、敵の戦闘攻撃機が沿海州とハバロフスクを空襲し、Su-30戦闘機とS-400地対空ミサイルが防空戦を実施しました。中露海軍共同部隊の行動と、沿海州で行われた演習シナリオとの関連は不明です。以降、9月3日、4日、5日に、中露海軍共同部隊とロシア軍の訓練・演習が行われましたが、両者の行動が直接的に関連する可能性は低いとみられます(図10~12)。
9月6日、東部軍管区ロシア軍は、フリゲート艦とマトゥア島から対艦巡航ミサイルを発射しました。中露海軍共同部隊の演習に関する報道はありませんでした。一方、沿海州のセルゲエフスキー演習場ではプーチン大統領による視察が行われ、9月3日に予行訓練を行った両国の陸・空軍共同部隊が30分間の展示演習を行いました。
展示演習では、ロシア軍が空挺部隊を降下させて敵航空機に対する迎撃戦を行った後、中露共同航空攻撃として中国空軍の戦闘機がロシアの偵察機や爆撃機を護衛、中国陸軍の攻撃ヘリコプターが対地射撃を実施しました。その後、ロシア陸軍は短距離ミサイル、多連装ロケット砲、中国陸軍は自走榴弾砲、戦車による中露共同射撃を行って演習を終えました(図13)。「プーチン大統領視察の30分間」に、中露が陸・空の分野で共同演習を行ったことは注目されます。
日米を仮想敵に見立てた演習シナリオ
次に、東部軍管区ロシア軍が行った演習シナリオを見てみましょう。本演習の目的は、主に日本による南千島に対する侵攻と、オホーツク海に配備されたロシア軍の弾道ミサイル搭載潜水艦に対する米海軍潜水艦の攻撃を「脅威」と想定したものと思われます。また、それに付随して日本海からの艦艇や航空機による沿海州への攻撃の対処も演練したものとみられます。
具体的な演習シナリオは次のとおりです。①「オホーツク海に展開する弾道ミサイル搭載潜水艦に対する米潜水艦の攻撃」に対しては、空水協同対潜戦により阻止し、戦略核報復能力を防護。②「択捉島と国後島への上陸作戦」に対しては、各島の所在部隊が防衛を行う一方、サハリンの自動車化狙撃旅団(3個自動車化狙撃連隊と1個戦車大隊)は、半島であるサハリン演習場を「島」と想定して、戦略予備としての能力を検証したと思われます。
③「沿海州方面に対する航空侵攻」に対しては、防空戦部隊と戦闘機による敵航空侵攻の阻止。④「ウラジオストク基地に対する艦艇による日本海からのミサイル攻撃」に対しては、基地在泊艦艇による個艦防空の強化、および空水協同による水上打撃戦、対潜戦で対応。⑤「ウラジオストクに対する機雷封鎖と破壊工作」に対しては、対機雷戦と破壊工作対処により湾防備能力を検証したとみられます。
中露の共同作戦能力は未発達も、連携向上の兆しあり
中露海軍の共同作戦能力も分析します。今回、中露海軍共同部隊においては、ロシア海軍のフリゲート艦3隻が終始中国艦3隻と行動し、砲術・掃海・通信といった術科レベルの基本的な訓練を実施しています。ただし、対潜訓練においては、捜索海域を中露艦艇で分担するといった共同能力の向上が見られました。
中国艦艇と他のロシア海軍部隊との共同作戦は行われませんでした。また、参加した駆逐艦「南昌」は巡航ミサイルを搭載していますが、ロシア側の巡行ミサイル発射には参加していません。
同盟国では、戦術や装備など軍事面の共通性・互換性を確保する「相互運用性」が重要となります。この点、中国艦艇の搭載武器・捜索兵器などは、中国製またはヨーロッパ製であり、ロシア製もしくは旧ソ連製が主体のロシア艦艇とは相互運用性が高いとは言えません。また、中露の艦載ヘリコプターの訓練については、相互に甲板上でホバリングを行うにとどめました。相互に発着艦する訓練は実施してないことから、互いの発着艦能力はないと推定されます。
中露艦艇間の通信はどのように行われていたでしょうか。テレビ局ズベズダの配信映像を見ると、ロシア艦に乗艦した通訳の陸軍士官候補生が、艦長からの指示を平文(暗号化されていない方式)の中国語とロシア語で中国艦艇に伝えていました。ロシアの士官候補生が中国語を学んでいるということは、近い将来には相互の意思疎通が可能な乗組士官が誕生する可能性もあるでしょう。
ボストーク演習後に実施された北極圏演習
補足として、ミサイル観測支援艦「マルシャル・クルイロフ」の行動について分析しました。同艦は「ボストーク演習」終了後、北極海で行われた北極圏演習「Умка(ウムカ=白熊の子)2022」を指揮しています。
「ウムカ2022演習」では9月16日、ロシア北東端のチュクチ海で、ロシアの原子力潜水艦2隻が対艦巡航ミサイル「オーニスク」を発射。チュクチ半島に展開した沿岸ロケット砲大隊も対艦巡航ミサイル「バスチオン」を発射しました。
「マルシャル・クルイロフ」は、大型レーダーによるミサイルの追跡能力があり、艦内は司令部機能を有しています(図14)。テレビ局ズベズダの映像から、同艦にロシア海軍総司令官と太平洋艦隊司令官が乗艦していることが確認できました。図15右側の写真の奥にはロシア太平洋艦隊の参謀長も映っていることから、ロシア太平洋艦隊の司令部そのものが同艦に乗艦したものと思われます。
ロシア海軍総司令官は、艦上から「ボストーク2022演習」を指揮し、発射された対艦巡航ミサイルの飛翔状況をミサイル追尾レーダーにより直接確認、日本海で中露共同対潜訓練、オホーツク海で中露共同対空射撃訓練を視察しています。このことから、海軍総司令官は中国海軍に関する関心は高いものと推定されます。
プーチンの西側諸国への示威行動は逆効果
演習終了前日、ロシアの軍事史家ボリス・ユーリンは、「この演習には、軍隊の準備と検証、政治的効果という二つの目的がある」と述べました。このうち「軍隊の準備と検証」については、兵力の多くをウクライナへ派遣している東部軍管区の即応能力を検証したものと思われます。その中で、①ウラジオストク所在艦艇部隊とカムチャッカ所在艦艇部隊の連携、②沿海州防備のための統合作戦能力、③海軍航空部隊と艦艇部隊の協同による対潜戦や対水上戦能力、④択捉島と国後島の防衛能力、⑤在サハリン部隊の戦略予備戦力としての能力、⑥択捉島とマトゥア島の沿岸ロケット大隊、⑦フリゲート艦による対艦巡航ミサイルの射撃能力――が検証されたものとみられます。ウクライナ侵攻の中でも、東部軍管区の沿海州と南千島、日本海とオホーツク海における任務即応能力は維持されていると評価できます。
もう一方の演習目的である「政治的効果」については、ウクライナ侵攻が極東の防衛に影響を与えていないことを示威する目的だと思われます。日本政府の北方領土返還を拒否する意思と、千島列島の軍備によるオホーツク海の「聖域化」を軍事力で示し、中国軍との共同軍事行動により日米両国を牽制するものです。しかしこうした行動は、安全保障に対する日本の危機感を高めたことにより逆効果となったものと思われます。
最後に、この演習に参加した国とロシアとの複雑な関係を指摘したいと思います(図16)。演習に参加したベラルーシは、ロシアと連合国家創設条約を結び、共通の軍事ドクトリンを持つなど、外交・軍事等で強い協力関係にあります。アルジェリアはロシアから武器の供与を受けており、モンゴルは軍事・経済の協力関係にあります。
一方、ロシアとの軍事同盟である集団安全保障条約機構に加盟しているキルギスタン・タジキスタン・アルメニアや、同機構には加盟していないものの独立国家共同体に加盟しているアゼルバイジャンは国境に係争地を持っています。その係争地に平和維持軍として駐留していたロシア軍兵力がウクライナ侵攻により減少したため、国境紛争が再び発生しています。
インドは、主要兵器の多くをロシアからの輸入に依存しているため、両国の軍事上の相互運用性は高い一方で、対中戦略を念頭に置いた日・米・オーストラリアとの協力枠組み「QUAD」に加盟しています。また中国は、ロシアとの経済協力を強めているものの、中国が進める巨大経済圏構想「一帯一路」に署名するEU各国は、ロシアに制裁を加えています。中国とインドの対ロ関係は、今後も注目していきたいと思います。
写真:代表撮影/ロイター/アフロ