ウクライナへの軍事侵攻を進めるロシアのプーチン大統領は21日、職業軍人だけでなく、普段は一般の生活を送りながら有事のみに招集される予備役を部分的に動員する大統領令に署名したことを明らかにした。戦地での兵力不足を補う目的と見られる。
さらに、ウクライナの親ロシア派勢力がロシアへの一方的な併合を狙い、ウクライナの東部ドネツク州、ルガンスク州、ザポロジェ州と南部へルソン州で開始する住民投票の結果を支持すると述べた。「わが国は優れた兵器を持っており、領土の一体性が脅威にさらされた場合には、すべての手段を使用する。これははったりではない」と核兵器使用の可能性も示唆している。ロシア国防相によると動員の対象は30万人規模となる模様だ。
クリミア併合と同じやり方
住民投票は、親ロシア派支配地域をロシアへ一方的に編入した2014年のクリミア併合と同様のやり方だ。併合されてロシア領土となれば、ウクライナ軍による反撃はロシア国土に対する攻撃と見なされ、ロシアが劣勢となった際には、国土の一体性が脅かされたとの口実で「すべての手段を使用する」というプーチン氏が掲げた公約の対象となる可能性がある。
ロシア政府は2014年に承認した軍事ドクトリン(戦闘教義)において、「国家の存在が脅威にさらされた時」に核兵器を使用できると定めている。ロシアのラブロフ外相は24日、住民投票が行われた地域がロシアに併合された場合「疑いなく国家の完全な保護下におかれ、ロシアの法律、ドクトリン、概念、戦略のすべてが適用される」と述べ、核の使用をチラつかせた。
このように、核使用を匂わせながら国際社会を恫喝(どうかつ)するやり方は、北朝鮮の瀬戸際戦術を彷彿(ほうふつ)とさせる。北朝鮮はこれまで、核実験や弾道ミサイル発射を行い、その放棄や使用をほのめかすことで国際社会からの支援をえてきた。しかし、恫喝を重ねるにつれその効果は薄れ、逆に国連決議などからの締め付けが強化されている。これは、「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記は自らの存在を危うくするような核使用は行わないだろう」という見方が国際的に広がっているからだ。つまり、瀬戸際戦術はそれを行う国の瀬戸際を超える意思や能力に疑問が示された段階で、効果を失う。
では、プーチンの瀬戸際戦術は効果を上げうるだろうか。
プーチンの瀬戸際外交は上手くいくのか
ロシアがウクライナに軍事侵攻する前に、バイデン米大統領はウクライナへの米軍の派遣を否定しており、侵攻後のウクライナへの軍事支援についても長距離ミサイルの供与を否定するなどNATOがロシアと直接的に対峙する形にならないよう配慮している。これはある意味、ロシアの瀬戸際戦術が功を奏しているとみることができる。
一方、プーチン氏の演説が行われた前日、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)はすでに、部分的動員令とロシアが占領地域とウクライナが支配している地域での住民投票が準備されていることを明らかにしていた。また、NATO(北大西洋条約機構)のストルテンベルグ事務総長もプーチン氏の演説当日、「現時点で、ロシアの核体制にいかなる変化も確認しておらず、継続的に注視している」と述べている。つまり、アメリカやNATOは正確にロシアの情報を入手し、核の現状を注意深くモニターしていたということだ。
このように西側諸国が核の状態を含むロシアの国内事情を正確に把握し、使用の意思はないと判断すれば、プーチン氏の瀬戸際戦術は役に立たないことになる。
戦術核の把握は困難
しかし、西側諸国がロシアの核の状態を「完全に」把握できているかには疑問が残る。
核兵器には、大陸間弾道ミサイル(ICBM)などにのせて遠くの国を攻撃する戦略核と、短距離で限定的な戦場で使用される戦術核(非戦略核)がある。戦略核は、米国とロシアの核軍縮の枠組みである「新戦略兵器削減条約(新START)」に基づき相互の査察が義務付けられているため、米国は配備済みのロシア戦略核の状態を正確に把握できる。一方で、戦術核の状態は把握できないのだ。
プーチン氏はウクライナ侵攻直後に、軍の「核抑止部隊」を高度の警戒態勢に置くことを命令しているが、核抑止部隊が戦略核部隊を示すのならば、新STARTに基づいて、弾頭数と投射手段(ICBM、SLBM、戦略爆撃機)数は制限されることとなる。
米国務省によると、2020年9月1日時点でロシアが配備済みの戦略核弾頭数は1447発だった。一方、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2022年6月に公表した資料によると、ロシアが保有する戦略・戦術合わせた核弾頭数は5977発だった。配備済みの戦略核弾頭1447発に加えて、保管中の戦略核弾頭がほぼ同数あると仮定した場合、戦術核は3000発近く保有していることになる。
世界が許さなくても…
核兵器の使用の可能性を巡って、ウクライナのゼレンスキー大統領は21日、「彼が核兵器を使用するとは思わない。世界が許さないだろう」と述べた。また、アメリカの戦争研究所も21日に公表した「ウクライナ紛争アップデート」において、「核を使用するとは明言していない」と、プーチン氏の核使用に否定的な分析を掲載している。
たとえ戦術核であれ、核兵器の使用には高いハードルがあることは事実だが、ロシアはすでに国連に加盟する主権国家に軍事侵攻するという国際法違反を犯している。ゼレンスキー氏が述べたような「世界が許さない」という理屈で核兵器の使用をためらうとは思えない。ロシアの核使用に不透明性が存在していることは事実であり、核使用の危惧には十分な合理性がある。
ロシアの核兵器使用への危惧の濃淡も国によって大きく違う。ロシアによる戦術核使用の影響を大きく受ける可能性がある欧州諸国は、ロシアによる戦略核の対象である米国とは危機意識に差があるし、ロシアを陰に陽にかばっている中国やインドにとっては、ロシアの核使用は自国のメンツをつぶす行為として映るだろう。
プーチン、演説の真の目的とは
プーチン氏は演説を通して、ロシアの核使用に関する国際的見方を分断し、自国に有利な形で戦争終結に向かう道程を作ろうとしているのではないだろうか。中国とインドの外相は24日の国連総会で、「今は戦争の時代ではない」と述べているが、これはロシア批判ではなく、ウクライナにロシアとの交渉のテーブルに着くよう促していると見ることもできる。
ウクライナが東部のロシア占領地を奪還したことは、西側諸国にとって支援疲れを忘れさせる朗報であったことは間違いない。しかし、エネルギー需要が増えると予想される冬に向けてロシア産エネルギー資源への依存度を下げることは、欧州諸国にとって容易ではない。ロシア産エネルギーへの依存度には国によって差があるため、このことがウクライナ支援に影響してくると思われる。今回のプーチン大統領の発言は、まさに、この分断の顕在化を目的としている。
「核の恫喝が役立った」と思わせるな
ウクライナ戦争は長期化するとの見立てが主流であり、少なくとも現時点でウクライナが戦闘終結を模索するような状況ではない。とはいえ、いずれかの時点で戦争終結に向けた動きが出てくることは確実である。
その際、「プーチン氏の核による恫喝が功を奏した」と思わせないことが重要だ。西側諸国にとってクリミアを含むウクライナ領土からのロシア側の完全撤退が最終的な終戦の絵姿であり、いかなる姿の停戦が行われても、それがあくまでも戦闘の一時中断に過ぎないことを忘れてはいけない。
過剰な反応は「プーチンの思うつぼ」
ロシアの歴史をさかのぼると、敗戦がロシアの政治や社会体制の大きな変革につながった例が確認できる。日露戦争の敗戦は、ロシア革命の発端となった1905年の「血の日曜日事件」につながっており、1989年から10年間にわたって続けられたアフガニスタンからのソ連軍の撤退は、1991年のソ連崩壊に大きな影響を与えている。
西側諸国は、ロシアとの対話の窓を閉ざすことなく、ロシア国内の政治体制や核を含む軍事態勢を継続的に監視していかねばならない。今回のプーチン氏の発言に過剰に反応することは、相手の思うつぼであることを自覚する必要があるだろう。