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2021.12.08 対談

教師に成績向上のインセンティブがない…見過ごされてきた「日本の教育システムの大問題」
喜田一成氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-3)

喜田 一成 白井 一成

ゲスト

喜田一成

株式会社スケブ 代表取締役社長
外神田商事株式会社 代表取締役
株式会社シーズメン CMO(Chief Metaverse Officer)

1990年福岡県生まれ。筑波大学情報学郡情報科学類出身。ハンドルネーム「なるがみ」としてサブカルチャー業界で広く知られており、VRSNSの総滞在時間は4,500時間以上。2013年に株式会社ドワンゴに入社後、3Dモデル投稿サービス「ニコニ立体」を企画・開発。その後合同会社DMM.com、パーソルキャリア株式会社を経て独立。2018年に国内のクリエイターに対して世界中のファンが作品をリクエストすることができるコミッションサービス「Skeb」を個人で開発。2021年2月に「Skeb」を運営する株式会社スケブの全株式を10億円で譲渡。「Skeb」は2021年11月時点で総登録者数160万人を超える世界最大級のコミッションサービスとなる。2021年12月にシーズメンのメタバース事業を統括するCMO(Chief Metaverse
Officer)に就任。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

「勉強ができなくても卒業できる」日本の学校

白井:第2次産業革命のモデルは、工場などの設備のための資本とともに、均一なスキルを持つ労働者を、どれだけ多く工場に送り込めるかが競争の鍵というものでした。

このような状況に最適化するために、日本の戦後の教育システムは、同じようなスキルをもつ人間を大量に輩出する金太郎飴方式であると考えています。

ところが、第3次産業革命以降、クリエイティビティやイノベーション力が重視され、労働力はそれほど重視されなくなりつつあります。前回の高校生のような新世代の出現も、それを暗示しているのでしょう。第4次産業革命の進展を考え、日本の未来を展望すれば、日本の教育システムはどのように変えていく必要があるのでしょうか。

喜田:最も重要なのは多様性を認めることです。いまは勉強ができないとドロップアウトしてしまう状態です。それは落第という意味ではありません。教師や学校には、更生することにやりがい以上のインセンティブがありません。波風を立てず、そのまま卒業させたほうが無難です。勉強ができなくてもそのまま卒業させるし、勉強ができない場合にどうやって生きていけばいいかという教育を施さないまま、卒業させてしまうことが最も問題だと思っています。

少なからず勉強する意思があり、学校に通っているとしても、置いていかれたまま卒業させられてしまうのがいまの教育体制です。こうした状況を改善するには、選択肢を2つ追加で用意する必要があります。

まず、本当に勉強したくない、あるいは勉強ができない子を、生きていくことができるようにする必要があります。いまの学校教育は、同じ会社に終身雇用で働き続けることを念頭に設計されています。そのため、税務教育や労務教育を一切行わない。大学ですらお金の話は経済学部でないとしないという状況は改善すべきです。中学校の段階で、税金にはどのような種類があるかを教え、確定申告なども体験させたほうがよいと思います。多様性を認め、学校教育のなかで生きていく知識や力を教えるべきです。

もう一つは、勉強したくても、やり方がわからない層が置いていかれるという点です。これの最たる要因は学校や教師にやりがい以上のインセンティブがない点が考えられます。教師にも正当な対価を与えて、ドロップアウトしてしまう人を防ぐ、あるいはその生徒たちを救うことによって、教師にインセンティブが与えられるという制度設計が必要だと思います。

学校での「プログラミング教育の義務化」は不要

白井:第4次産業革命が進展すると、大多数の肉体労働が不要となり、知的な会計業務やアナリストはAIに代替され、マネジメント能力やクリエイティビティを持つ人、そして介護や看護師などのエッセンシャルワーカーしか残らないと言われています。

日本の学校教育では、プログラミング、コンピューターサイエンスそのものがあまり重視されていないように思います。遠い未来、AI自身がプログラムする可能性まで考えると、プログラミングする人は必要がないかもしれませんが、当面、日本は、一定数のプログラマを養成する必要があると思っています。

優秀なプログラマに教師を努めてもらい、学校教育にプログラミングを入れることはできませんか。

喜田:学校教育ではプログラミングを教えないほうがよいと思っています。まず、教えられる先生がいません。エンジニアの収入は相対的に高く、わざわざ学校でプログラミングの先生になろうという人はいないでしょう。IT企業に行ったほうが2倍もらえますから。相当な志を持ち、若い子に教えたいという確固たる信念がない限り、成果主義ではない公務員という枠組みの中では優秀なプログラマが教えることはありません。

プログラマには、何かを作るための手段としてプログラミングを選択している「手段プログラマ」と技術が好きでプログラミングすることが目的となっている「目的プログラマ」の2種類の人種がいます。

私がプログラミングを始めたのは小学4年生、10歳のころですが、最初にVisual Basicで作ったプログラムはゲームでした。私の周りにいる多くの優秀な人間の、プログラミングを始めるきっかけは、だいたいゲーム開発です。ゲームを体験して、ゲームを作りたくなるのです。プログラミングするためにプログラミングを勉強するような学校教育は、楽しくプログラミングを学ぶ機会を奪う可能性もあり、不要だと思っています。マインクラフトのようなゲーム性のあるものから始めていかないと難しいのではないでしょうか。知る機会はあってもいいでしょうが、義務化すべきではないと思います。

現代の若者のイラスト技術レベルが高いワケ

白井:新国立美術館で開催されていた高校生国際美術展に行かれたそうですね。そこに出展されている作品のレベルが非常に高かったことに驚かれたとお聞きしました。数十年前からすると、個々の生徒のクリエイティビティが上がっているということなのでしょうか。

喜田:現代美術は素人なのでわからないですが、サブカルチャーのイラストは、数十年前の同世代よりも、いまの同世代のほうが圧倒的に上手いと思います。サブカルチャーだけではなく、さまざまな分野において昔の若者よりもいまの若者のほうが技術的に高水準だと思います。

まず、インターネットの普及が大きく貢献していると思います。図書館や本屋に行かずとも、ネットやSNSで「これ、どうしたらいいの?」と聞けば教えてもらえるのは、圧倒的なインプットです。美術館に行かなくても優れた作品を目にする機会は多いですし、作者との交流も可能です。情報量が圧倒的に増えましたので、切磋琢磨しやすい状態になっています。技術が共有しやすい状態になっているのです。

2つ目は、以前の話に戻りますが、勉強しなくても許される社会になりつつあるので、若い子の可処分時間が増えています。その時間を芸術に全てつぎ込む人も増えています。勉強する時間をそちらに充てることで技術が向上している面もあるでしょう。

白井:インターネットの登場で、昔と比べると情報の移転コストが劇的に低下したということですね。金太郎飴型の人材を作っても、もはや社会で活躍する場所がなくなっていくので、個々の能力を高めるほうがよいということですね。

それ以外にも、身体的能力、特にスポーツだと体格がよくなったと言われます。食生活が改善して身体的な能力が向上したのでしょうが、脳の力も上がっているのでしょうか。以前はゲーム脳という言葉があり、「ゲームばかりやっていると馬鹿になる」と言われました。しかし、いま、20代、30代で、飛び抜けた才能を持ち、実業界で活躍している人の多くはゲーム脳の持ち主です。そういう人たちこそ、ブレ-クスルーする突破力を持っているという考え方も出てきています。

喜田:20年前といまの子どもの脳波を測定できたとすれば、昔は学問やスポーツで使っていた部分ばかりが伸びていたのでしょうが、いまはゲームなどさまざまな分野で、いろいろな部位を使っています。多様化しているのです。ただし、脳の能力の総和は昔と変わっていないでしょう。

白井:世の中のニーズ、お金を稼ぐ部分などにピタッと照準が合うと、そういう才能を発揮できるということですね。

喜田:これは人類という種で見ると正しい選択でしょう。同じことしかできない人たちが大量にいても絶滅のリスクは上がります。さまざまなことを試みる個体が多ければ多いほど、種としては正しい方向に向かっていると思います。

「AO入試」は不要?

白井:突出した絵を描く才能、工芸をつくる才能の話をお聞きしましたが、大学入試も相当変わりました。我々の時代はペーパーテストで、共通一次で何点とれるかでしたが、今は、高校生の美術展で上位の賞をもらうと、それだけでAO入試でかなり上位の大学に入ることができます。

入試のやり方が変わってきたことは、世の中が良い方向に向かっている気がします。コツコツとやってきた人が評価されないのは不公平と言う人もいますが、そういう形で才能を伸ばしたり、一芸に秀でた人を引き上げたりすることもできます。その点はいかがでしょうか。

喜田:私は、大学は悪い方向に向かっていると思います。多様性を認めようという努力は理解できますが、手段をはき違えている気がします。さまざまな多様性を認めるというのは、全員大学に受からせることではないのです。大学卒業を新入社員の採用の必須条件とし、プロパー社員を最良とする慣習は早く捨てるべきです。

大学はあくまで学問を研究する場であり、社会人を育成する場ではありません。大学は学問研究機関とすれば、一芸に秀でればよいというのは変です。学問を学ぶための基礎知識があるか、あるいは学べるだけの能力があるかを調べる必要がありますので、ペーパーテストでよいと思います。

私の在籍した大学でも、AC入試というのがありました。ほかの大学ではAO入試というそうですが、高等学校における成績や小論文、ボランティアなどの課外活動、面接などで一芸に秀でているとされる人物を評価し、入学の可否を判断する選抜制度のことです。私の世代は特にひどくて、卒業したのは入学時の約半数でした。多くが授業についていけず、ドロップアウトしています。友人は結局大学を中退して最終学歴は高卒になってしまいました。留年は2回までしかできませんので最終的に除籍となります。

白井:大卒で、かつ新卒で会社に入ることが正しいという固定概念は、根強いものがあります。AO入試は、スポーツで活躍した人を大卒にしてあげて、社会で多少なりとも有利な立場にしてあげようという優しさでしょうし、多様性のある人材を作ろうということでしょう。しかし、そこにひずみが生じ、ねじれが生じてしまう。言っていることは新しいかもしれないけれど、結果がめちゃくちゃという感じかもしれないですね。中央教育審議会のトップには、経団連の部会長などが就任するようですが、このような状況にキャッチアップできていないと思います。

「誰一人取り残さない」は実現不可能な理想

白井:ところで、デジタル庁が発足しました。デジタル化といっても、ファックスからメールになるぐらいのデジタル化であったり、判子をデジタル化したりという程度の話が先行していますが、デジタル庁発足をどのように評価していらっしゃいますでしょうか。

喜田:縦割り組織で、硬直的なイメージで受け止めています。デジタル分野の組織は有機的、かつ、フレキシブルであるべきです。A、B、Cという分野で少しずつ使えるものが何個か並んでいるもので、縦割りには向かないのですが、それを縦割り的なやり方で進めていこうとしています。発足したばかりですので、今のところは仕方ないと思います。しかし、今後には期待したいところです。

デジタル庁は「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を掲げていますが、これは筋がよくありません。すべての人が使えるプラットフォームは、莫大なコストがかかるため、大半の人からすれば不利益を被るということになります。

ある程度の合理的な意思決定は必要です。最近の中国のデジタル化をみればよく分かりますが、大半の人に受け入れられつつ、投資のリターンが合うという均衡点を追求しているからこそ、社会の効率性が高まるのです。

9割の人にとっては使いやすいプラットフォームだけれど、1割の人は別のプラットフォームを使うという設計思想であればいいのですが、全員を救うという実現不可能な理想を掲げては、コストは莫大になり、結果的には目的を達成することが難しくなるでしょう。

たとえば、全員が同じプラットフォームを使うのではなく、9割の人はAというプラットフォームを使い、残りの1割の人がBというプラットフォームを使うことにし、このプラットフォームの開発を民間に競争させるのがよいと思います。

行政はAPIを提供し、事業者には助成金などを与えず、申請件数に応じて国からインセンティブが与えられるような自由競争に持ち込むのです。既に利権構造の中にあるベンダーを対象として入札方式で一番安いところに発注するのではなく、行政がAPIだけ用意すれば、小さいベンチャー企業はニッチなところも獲得しようとしてくるので、社会的な弱者向けのプラットフォームも作ってくれるでしょう。自由競争のほうが健全でしょうし、結果的に誰も取り残されないと思います。

白井:公共サービスであっても、投資に対してリターンが合っているのかという視点で評価することは非常に大事ですね。また、市場原理を導入して効率性を高める必要もあるでしょう。

しかし、日本では、合理的な世論形成や意思決定はあまり見られず、情緒的な空気が支配しているように思います。弱者を切り捨てるのかという主張が幅を利かせていて、全体の効率性を議論すること自体がタブー視される向きもあります。これでは、社会の効率性が高まりません。本来は経済原則に従って、社会のコストを抑えつつ、効率的な社会を構築すべきなのです。そこで、取り残される弱者がいれば、そこで初めて行政がサポートするということのほうが健全でしょう。

喜田 一成

株式会社スケブ 代表取締役社長、外神田商事株式会社 代表取締役、株式会社シーズメン CMO(Chief Metaverse Officer)
1990年福岡県生まれ。筑波大学情報学郡情報科学類出身。ハンドルネーム「なるがみ」としてサブカルチャー業界で広く知られており、VRSNSの総滞在時間は4,500時間以上。2013年に株式会社ドワンゴに入社後、3Dモデル投稿サービス「ニコニ立体」を企画・開発。その後合同会社DMM.com、パーソルキャリア株式会社を経て独立。2018年に国内のクリエイターに対して世界中のファンが作品をリクエストすることができるコミッションサービス「Skeb」を個人で開発。2021年2月に「Skeb」を運営する株式会社スケブの全株式を10億円で譲渡。「Skeb」は2021年11月時点で総登録者数160万人を超える世界最大級のコミッションサービスとなる。2021年12月にシーズメンのメタバース事業を統括するCMO(Chief Metaverse Officer)に就任。

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

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