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2020.06.02 外交・安全保障

覇権国が衰退する時(4):アメリカ(2)

中村 孝也

1971年8月15日、米ドルと金の交換が停止された。当時の大統領の名を取って「ニクソン・ショック」と呼ばれる、歴史的に著名な方針転換だ。これで米ドルは、金という実物資産からの拘束から解き放たれた「不換紙幣」となり、FRBが事実上無制限に米ドルを刷れるようになった。アメリカとしては、事実上の世界の基軸通貨である米ドルの発行量を、よりコントロールしやすくなったといえる。アメリカは、基軸通貨を世界で唯一供給できる担い手として、欧州や日本、OPEC加盟国の中央銀行に対し、米ドルをもってコントロールしたのである。

しかし、いくら世界をコントロールする「道具」として便利だからとはいえ、あまりにも米ドルを刷りすぎると、インフレが起きて価値が下がってしまう。そこで、アメリカ政府は大胆な戦略転換を図る。いわば「米国債本位制度」への移行である。具体的には、欧州や日本、石油輸出国機構加盟国の中央銀行に対して、「世界の金融システムの流動性を維持するため」だと説得し、アメリカ国債を積極的に購入するよう迫ったのである。すなわち、世界に溢れた米ドルの信用を買い支えさせたのである。これでアメリカは衰退しつつあった覇権を、再び回復することに成功した。こういったアメリカの戦略については、マイケル・ハドソンの「超帝国主義国家」に詳しい。

アメリカ産の穀物輸入に食料自給率を依存している国々、あるいは米ドル建ての債務を抱える国々を衛星国とし、各国の資本を手中に収めていった。こうして、ニクソン・ショック以後、米ドルこそが世界の基軸通貨であるとの存在感を増していった。「債務が大きすぎて、破綻させられない国」という国際社会の共通認識を背景に、アメリカは再びのし上がっていき、戦略的に「世界的な債務国」となった。

アメリカ連邦政府の公的債務残高は22兆ドルを突破し、世界各国が米国債の回収を半ば諦めている。アメリカが破綻するときは、世界が破綻するときと同視するしかないからだ。もはやなりふり構わぬ「捨て身」の戦略が功を奏して、アメリカはひとり勝ちの「現代的帝国主義」を確立し、国際社会で君臨している。

もし、衛星国の中央銀行が、米財務省に再融資することをやめたなら、その国に対して有形無形の制裁的措置を執行して、アメリカの想定する「帝国的秩序」を維持しようと試みる。特に防衛において、アメリカの軍事力に依存せざるをえない日本に対しては、貿易面などで様々な圧力をかけてきた。つまり、経済大国である日本に対して「外圧」をかけることのできる世界唯一の国として、アメリカはその影響力を大いに行使したのである。他国には積極的には干渉するが、アメリカ自身は他国に口出しさせない、ダブルスタンダード(自国に都合のいい言動)を平然と実行する力を持っているのである。

さらには、国際収支を赤字にすることも厭わず、諸外国から資源からサービスまでさまざまなものを購入するアメリカは、ドル債権国に対して「理論と統計」でドル保有の正当性を説いた。ドル債務国には、自らに従順なエリートを通じてドル建て債務を強要する。そうして各国の中央銀行から資金を吸い上げ、衛星国が購入する米国債を介して、さらなる国富を拡大させていく。そうした「帝国主義サイクル」を何度も回すことで、覇権を握り続けてきた。このように、過去、覇権国が衰退した構図を克服し、覇権を掌握し続けているのが今のアメリカである。



(株式会社フィスコ 中村孝也)

※本原稿は、「覇権国が衰退する時(3):アメリカ【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】」の続きとなる。

中村 孝也

株式会社フィスコ 代表取締役社長
日興證券(現SMBC日興証券)より2000年にフィスコへ。現在、フィスコの情報配信サービス事業の担当取締役として、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議を主導する立場にあり、アメリカ、中国、韓国、デジタル経済、暗号資産(仮想通貨)などの調査、情報発信を行った。フィスコ仮想通貨取引所の親会社であるフィスコデジタルアセットグループの取締役でもある。なお、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議から出た著書は「中国経済崩壊のシナリオ」「【ザ・キャズム】今、ビットコインを買う理由」など。

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