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2024.07.26 外交・安全保障

統幕長発言から読み解く、「グローバル・パートナー」としての日本の覚悟と課題

末次 富美雄

 2023年12月以降、南シナ海アユンギン礁の領有権を巡り、中国とフィリピンの対立が激化している。

 6月17日には、フィリピンが1999年にアユンギン礁に故意に座礁させた補給艦「シェラ・マドレ」に対する補給を巡り、中国海警局船舶と海上民兵所属小型船舶がフィリピン海軍高速艇を取り囲み、同高速艇乗員に負傷者が出た。同月19日、フィリピン軍ブラウナー参謀長は、中国側の行動を「海賊行為」と批判。中国外交部報道官は、中国海警局は違法行動を防ぐため、小銃を押収したとした上で、海警局の行動は専門的かつ抑制的であったと反論した。

 日本にとって、アユンギン礁を巡る中比対立は対岸の火事ではない。中国の強引な海洋進出に対応するフィリピンの姿勢に学ぶべき点も多い(南シナ海の領有権を巡り中国に対峙するフィリピン、その毅然とした対応に学ぶ参照)。

 6月20日、防衛省の吉田圭秀統合幕僚長は記者会見で、フィリピン軍ブラウナー参謀長とテレビ会議を開いたことを明らかにした。吉田統幕長は中国海警局の行動を「ICAD(Illegal:違法、Coercive:強制的、Aggressive:攻撃的、Deceptive:欺瞞的)」に相当するとの認識を共有した」と説明。その上で、「法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序を維持するために、米豪等の同盟国、同志国とも連携し、協力を進めることで一致した」とし、フィリピン側に立つことを明らかにした。

 今年4月にワシントンで行われた日米比三カ国首脳会談では、中国の南シナ海における威圧的行動を批判し、海洋安全保障協力を進めることで合意している。吉田統幕長の発言はその延長線上にあるとはいえ、自衛隊制服トップが南シナ海における問題で、早い段階から態度を鮮明にすることは異例だ。4月の日米首脳会談において合意した「未来のためのグローバル・パートナー」を強く意識した発言だろう。

 吉田統幕長が述べた「ICAD」は、中国の高圧的な海洋進出を、曖昧な「グレーゾーン作戦」という表現ではなく、明確に性格付けるべきだと提起した言葉である。パパロ米太平洋軍司令官も「ICAD」を用いており、今後強引な中国の海洋進出行動を総称する言葉となるであろう。

 一方で、不安もある。6月18日の防衛省報道官の記者会見で、「自衛隊の多国間共同訓練への参加が急増している背景には平和安全法制の成立があると考えるか」との質問が上がった。それに対し同報道官は、「平和安全法制の成立と多国間訓練への参加回数が増加することが直接関係しているかについては一概には言えない」と曖昧な回答をしている。

 平和安全法制は、わが国防衛のための法的枠組みを整備したものである。従って、インド洋展開訓練をはじめ、日本周辺以外における多国間訓練を平和安全法制の中で規定するのは困難だ。報道官の発言は、筆者が日米「グローバル・パートナー」の重み――国際貢献に自衛隊はどうかかわるべきかにおいて指摘したように、海外における共同訓練の法的裏付けが不十分であることを防衛省が認識している証左と言える。

 吉田統幕長がフィリピン参謀長とテレビ会議を実施したことや、早々にフィリピン支持を表明したことは、政府の了解なしに行われたとは思えない。さらに、現時点での報道を見る限り、「踏み込み過ぎ」「シビリアン・コントロール逸脱」といった批判は見当たらない。尖閣諸島周辺における中国海警局船舶の活動が定常化しつつあることからも、中国の高圧的海洋進出に国内世論も危機感を覚えているのであろう。

 吉田統幕長の発言から、国際社会は、日本が南シナ海問題に積極的に関与していくと受け止めるはずだ。とりわけ、南シナ海において中国と領有権問題を抱える国々は、日本への期待を膨らませるであろう。その期待に応え、日本が米国にとって真のグローバル・パートナーとなるためには、「覚悟」だけでなく、海外における自衛隊の活動を法的に位置付けることが喫緊の課題なのである。

提供:フィリピン軍/AP/アフロ

地経学の視点

 米中対立下、不透明な国際情勢の中でわが国も「グローバル・パートナー」としての責務を果たすことがより一層求められている。今回の吉田圭秀統合幕僚長のフィリピンに対する支持表明は、その覚悟を内外に示す形となった。そういう意味において、4月の日米首脳会談は自衛隊の国際貢献に関わる一つの起点となったとも言える。

 ただし、著者がかねて主張している通り、課題はまだまだある。中でも、自衛隊部隊の海外での行動についての法的枠組みに関する議論は十分とは言えない。今回の吉田統幕長の発言は、自衛隊への役割期待と実態のギャップを埋めるための国民的議論を広げる良いきっかけになったのではないではないだろうか。(編集部)

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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