2023年4月15日、岸田総理が爆発物による襲撃を受けた。昨年の7月に手製の銃で襲撃され落命した安倍晋三元総理の事件が、多くの国民の頭の中をよぎったことは想像に難くない。なぜ繰り返されてしまったのか。警備計画が適切だったのかについては事件の全容が解明されるのを待つ必要があるだろう。だが、現時点でも映像を分析することで見えてくることがある。
2023年4月15日午前11時半頃、衆議院和歌山1区の補欠選挙に向けた応援演説のため雑賀崎漁港(和歌山市)を訪れた岸田文雄総理が、爆発物による襲撃を受けた。その場で容疑者は逮捕されたが、現職の総理大臣が襲撃の対象となったことで、国内はもとより世界各国で報道がなされた。民主主義の根幹ともいえる選挙活動中の政治家を標的にしたこともあり、容疑者の動機にも強い関心が向けられている。今後捜査当局による事態の解明に対する国民の期待も大きくなっている。
昨年の7月8日に、大和西大寺駅(奈良市)北口付近で手製の銃で襲撃され落命した安倍晋三元総理の事件が、多くの国民の頭の中をよぎったことは想像に難くない。時間もほぼ同じ11時半頃ということもあり、警備体制に教訓が生かされているのかという疑問が多く聞かれるのも無理はないだろう。
現地での演説は、政治家と有権者とが直接接する数少ない機会ということもあり、政治家を間近に見たい聴衆と、政治に対する熱量をより多くの市民に伝えたい政治家の双方の思いが合致するため、両者の距離が近くなる傾向にある。
しかし、それは同時に政治家を警護する警察の活動を困難にもしている。安倍元総理の事件では、手製の銃を所持した犯人に約5mの距離にまで接近されている。今回の岸田総理襲撃事件では、容疑者が約10mまで接近し手製の爆発物を投擲した。事件直後に未使用の爆発物を拾い上げた目撃者の証言によれば、それは約1㎏程度の重量だったとされる。標準的な成人男性であれば、楽に投げ入れることができる距離だろう。実際、投擲された爆発物は、岸田総理の後、約1mのところに転がったとされる。
安倍元総理の銃撃事件を受け、警察庁は警護要則を全面的に改正し、これに基づき都道府県警が行う全ての警護計画は、事前に警察庁に提出され審査されることになった。当然、必要があれば計画を修正することになるという。今回の総理に対する警察の警護活動も、事前に警護計画が警察庁に提出され、審査を受けて実行に移されているという。にもかかわらず、事件は起こってしまった。警護計画の妥当性はもちろんのこと、その審査過程にも再考の余地があることが予想されるが、詳細は事件の全容が解明されるのを待つ必要があるだろう。
一方、今回容疑者が使用した爆発物にはいくつかの特徴があり、報道された映像を分析することで多くのことを推測することができる。
使われた鋼管、火薬量などを映像から推定
演説会場に移動する容疑者が軽自動車と一緒に確認されている映像や、逮捕され連行された際の周囲の警察官との比較から、容疑者はやせ気味の中背ではないだろうか。この容疑者の体格から、握った手の横幅は標準的な男性のものと同じかやや小さめの約11㎝程度であることが推測できる。このことを踏まえると、2つ目の爆発物を所持している映像から、爆発物のサイズを推測することができる。当然、現物を確認することはできないが、未使用の爆発物は本体部分の直径が約4㎝の鋼管だと推測される。上下に同じような材質のキャップがかぶせられているように見え、それらを含めた全体の長さは約18㎝程度だろう。
手製の爆発物だと判断されていることから、材料が一般的に入手可能なものだとすると、本体部分はJIS規格32Aの鋼管を使用しているのではないだろうか。鋼管にも多様な種類があるので断定はできないが、主に使用されるものであれば重さは3.38㎏/mなので、18㎝であれば約600gの重さになる。中の充填物やキャップの重さを加えれば約1㎏に近くなるだろう。これは、爆発物を拾い上げた目撃者の証言とも一致する。
この鋼管の規格は、肉厚が3.5㎜、内径が35.7㎜なので、鋼管内の容量を計算することができる。また、事件現場に残された爆発物の映像から、キャップの高さは約3.2㎝、キャップの部分を除く鋼管部分が約11.6㎝だと推測できる。キャップの下部からひも状のものが確認できるので、キャップの内部に起爆装置がセットされていると考えられるため、鋼管本体の中に火薬を充填できる範囲は長さ11㎝程度だろう。これらのことから、火薬が充填されていた部分の容量は約138㎤程度と推測される。
さらに、爆発の際に白煙が大量に発生していることと入手の容易性の観点から、使用されたのは黒色火薬である可能性が高い。日本火薬工業会発行の『火薬学』によれば、猟用弾薬に使用される黒色火薬の性能試験におけるかさ密度は0.95±0.05g/㎤だとされるが、今回使用された火薬がほぼ同じ状態の1.00g/㎤と仮定すると、火薬量は約138g程度だったと推測される。一般的な猟用の散弾1発の火薬量は1.37gだとされるので、今回の火薬は散弾100発分だったということになる。容疑者の手のサイズが小さければ、火薬量はさらに少なくなるだろう。爆発後に回収された本体は、パイプ状であったことが報じられている。また、爆発地点とされる舗装面には大きな損傷が見られず、周辺への飛散物もほとんど確認されていない。鋼管内に充填されたものは起爆装置に使用された若干の部品を除き、黒色火薬だけであったと考えて差し支えないだろう。40m離れた倉庫への飛散物も確認されているが、壁に残った円形の痕跡からキャップの衝突痕の可能性が考えられる。これらのことから、今回使用された爆発物の殺傷能力は比較的小さいものだったといえる。
また、投擲された爆発物の映像には、導火線が燃焼しているようなかすかな煙が発生している状況が映っている。2つ目を準備していた容疑者の右手には黒っぽいものが握られているが、これが仮にライターであれば、起爆装置に工業雷管と導火線が使用された可能性がある。もちろん、端のほうに赤い点滅が見られたという目撃者の証言からは、遠隔操作による起爆装置を使用した可能性も否定されない。何より、報道された映像だけでは、本体外部に見えるひも状のものが詳細に確認できない。今後、捜査当局の発表を待つ必要があるだろう。
最後に、警護員の対応行動について若干の考察をしてみたい。報道された映像で確認すると、岸田総理の後方1mの地点に爆発物が投げ入れられ地面に落下した瞬間、警護員の一人が防護用のマットで落下物を排除しようとしている姿が映っている。これが思うようにいかなかったからか、次の瞬間左足で落下物を蹴り出し、それと同時に防護用のマットを広げ、岸田総理を押し出すように防護態勢をとっている。総理をマットで防護しつつ現場から速やかに遠ざけた行為は、訓練の成果が十分に出ているように感じる。命の危険を顧みず、要人警護に当たる警察官の行動には心から感謝の気持ちを伝えたい。
だが、今回は投擲されてから爆発まで約50秒の時間差があり、そのこともあって事なきを得たこともまた事実である。爆発物処理において、対象物に衝撃を与えることは極めて危険な行為ではないだろうか。蹴った瞬間に爆発が起きていれば、最悪の事態が発生したかもしれない。もちろん爆発物には多様な起爆要領があり、一瞬の視認だけでは判定できないこともあるだろう。しかし、そうであればこそ、最悪の場合を考えて行動することが求められると筆者は考える。今回の総理襲撃事件からも、多くの教訓が得られるのではないだろうか。
写真:AP/アフロ