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2023.03.13 外交・安全保障

激戦地バフムート、ワグネルの苦境はウクライナ反攻の契機になるか

米内 修

 ロシアがウクライナに侵攻してから1年が経過した。ウクライナの東部と南部の一部はいまだにロシアの占領下にあるが、西側諸国からの戦車等の供与によってウクライナ軍の戦闘力が強化されれば、失われた領土を奪還するための作戦が開始される可能性が高くなるだろう。実際、ウクライナの国営通信UKRINFORM(ウクルインフォルム)の2月26日付記事は、ウクライナ国防省の傘下である情報総局のスキビツィキー副局長が「ウクライナ軍は春に反攻に転じる準備ができるだろう」と発言したと報じた。反攻の戦略的目的の一つは、クリミアとロシアを分断することだという。

 一方、ロシアとしても、独立と併合を承認した4州(ドネツク・ルガンスク・ザポリージャ・ヘルソン)の全域を支配下に置くため、徹底した攻勢作戦を展開している。両国の意思のぶつかり合いは戦況にも表れており、両軍が攻防を繰り広げている第一線では一進一退の状況とみられる。米国の戦争研究所(Institute for the Study of War=ISW)は、さまざまな情報源から得た内容を評価・分析し、両軍の地域支配の状況をinteractive mapとして毎日更新して公表している。ISWのウェブサイトでは航空写真等が容易に入手でき、SNSで現地情報が発信される現在では、これらを組み合わせることで日本にいながらさまざまなことが推測できる。

 3月上旬の戦況で、特に報道が多かったのがドネツク州バフムート付近における戦闘だ。3月3日付のロイター通信やCNNでは、バフムート一帯でロシアに所属するワグネル部隊が攻勢を強めており、ウクライナ軍が包囲されつつあることが報道された。

「バフムトフカ川」を挟んで対峙する両軍

 3月5日のISWの評価では、ロシア軍がウクライナ軍を包囲する態勢になりつつあり、ウクライナ軍が撤退する可能性が高いとされている。ISWのマップの状況からも、(1)ロシアが支配を主張する地域がバフムート中心市街地の東側で流れる「バフムトフカ川」の東側一帯に広がり、(2)ウクライナ中心部とバフムートを結び、ウクライナ軍の退路あるいは補給路と推測される幹線道路のうち、「T0504」のバフムート南西付近がロシアの勢力圏に入りつつあることが分かる。バフムート北側の「O0506」がかろうじて維持されているだけで、ウクライナ軍の劣勢が確認できる(図)。

 3月5日のISWのマップでは、バムフトフカ川の東約1マイルの線がロシアの支配地域となっている。地上戦においては、敵部隊と接している部分では、直接相手を照準し瞬発的に火力で制圧することが必要であり、それを担う主たる兵器は戦車である。標高200メートル程度の平坦な地形が続くバフムート付近では、その傾向はより強くなると思われる。

 戦車に搭載している戦車砲のサイズや使用する砲弾の種類にもよるが、現在の各国の主力戦車の有効射程は2キロ程度だ。このことからもロシアの主力部隊の前線は支配地域のラインであり、バフムトフカ川は両軍の地上戦闘部隊が対峙する「接触線」である可能性が高い。

ウクライナはバフムートの防衛継続を決意

 他方、ウクライナ軍の前線はバフムトフカ川の西約1マイル程度の位置だと推測され、ちょうど南北に鉄道が走っているラインとみられる。推測の根拠は、戦術面からも言える。包囲を受けている部隊の前線は、その翼側(今回の場合、南北の両翼)が弱点になりやすい。そのため翼側は、敵から攻められにくい地形とする(「強い地形」に委託する)ことが一般的だ。この点、鉄道のラインは北翼が水源地、南翼が森林地帯に接し、「強い地形」となっていることからも、ウクライナ軍が鉄道のラインを前線としている可能性は高い。

 3月5日のISWのマップからは、ウクライナ軍が前線から約2マイル西側のクロモヴェ付近の南北のラインで包囲されつつあったと判断できる。

 しかし、3月7日のロイター通信の報道で、ゼレンスキー大統領が上級指揮官と協議した結果、撤退はせず、防衛作戦の継続を決めたことが明らかとなった。3月7日のISWのマップでは、「O0506」を巡る状況には変化が見えない一方、「T0504」に対するロシアの脅威が排除され、ウクライナ軍の支配地域が拡大した状況が示されていた。ウクライナ軍が何らかの方法で、ロシアと共闘する民間軍事会社「ワグネル」の包囲を阻止することに成功したとみていいだろう。

 地上戦における包囲作戦では、敵部隊を正面から圧迫して拘束するとともに、相手に勝る機動力を発揮して敵部隊の退路を遮断することが必要になる。接触線と考えられるバフムトフカ川の北部の鉄橋は何者かによって破壊されており、ウクライナ軍がワグネル部隊の前進を阻止するために行ったと考えられる。ワグネル部隊が破壊された橋梁を補修しながら通過している状況などを見ると、ウクライナ軍への圧迫を巡る攻防があったことは間違いないだろう。

ロシア側の「内紛」はウクライナに恩恵をもたらすか

 一方で、ロシアとワグネルの間には亀裂も生じているようだ。背景には、ワグネルの組織拡大に伴い、ロシア連邦軍に対する批判と発言力を高めていることへの警戒感があるとみられる。3月6日付のロイター通信は、ワグネルを率いるプリゴジンがロシア軍司令官に弾薬の補給を求めているなか、ワグネルの代表が司令部への入館許可を取り消されたことを報じている。弾薬不足によって、ワグネルは、正面からの圧迫もウクライナ軍の退路遮断も失敗したと考えられる。

 ロイター通信の同じ記事では、「ワグネルがバフムートから撤退するようなことがあれば戦線全体が崩壊する」とプリゴジンが警告したとも報じている。仮に、バフムートがウクライナ軍に確保されれば東部戦線崩壊の可能性が生じ、それに乗じてウクライナ軍が有利に攻勢をかけることもできるかもしれない。そして、東部戦線での優勢な状況は、ウクライナ軍の攻勢作戦の本来の目的であるクリミアとロシアの分断にも大きく貢献することが予想される。半径数マイルのバフムートを巡る攻防戦は、今後の戦況を大きく変える転換点になるかもしれない。

写真:ロイター/アフロ

米内 修

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2021年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。

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