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2022.12.21 経済金融

防衛費増額の財源論争、安易な増税で競争力を削げば元も子もない
防衛力強化へ、有識者報告書2022を読む(4)

中村 孝也

11月22日に岸田首相に提出された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書は、日本がこれから取るべき安全保障政策について大きな方針を示している。実業之日本フォーラムでは全5回の予定でその内容を読み込んでいく。第4回である本記事は「財源」について考えたい。

 「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(以下、有識者会議)が11月22日にまとめた報告書における財源についての言及を見ていこう。まず報告書は「今を生きる世代全体で分かち合っていくべき」という理念を掲げ、「まずは歳出改革により財源を捻出していくことを優先的に検討すべき」であり「非社会保障関係費」において歳出改革を進めるべきと提言する。

 しかし、報告書の随所に「抜本的な強化」という言葉が見られることからもわかるように、今後の防衛関連費の増額は歳出改革で賄える規模を超えている。支出を抑えることで財源が埋めなければ、歳入を増やすしかない。ではどうするか。報告書は「国債発行が前提となることがあってはならない」と明言し、「国を守るのは国民全体の課題であり、国民全体の協力が不可欠であることを政治が真正面から説き、負担が偏りすぎないよう幅広い税目による負担が必要なことを明確にして、理解を得る努力を行うべきである」として、増税を財源とすべきと訴えている。

 自民党の税制調査会は12月15日、防衛費増額の財源を賄う増税策について、法人税、所得税、たばこ税の3つの税目を組み合わせる案を了承した。一方で、自民党内にも西田昌司参院議員のように増税を財源とすることに反対し、国債発行で賄うべきと主張する向きもあり、党内調整は年明けまで持ち越された。

 本稿では改めて、防衛費増額の財源とその前提となる経済システムについて根本から考えてみたい。

経済力と財政基盤の関係、あえて整理せずに提出?

 報告書は「防衛力強化と経済財政」という項目を設け、「国力としての防衛力を強化するためにも、経済力を強化する必要がある」と述べている。これに異論のある者はないだろう。だが、その文章は以下のように続く。

「さらに、我が国の財政基盤の強化も欠かせない。我が国が抱える脆弱性として、中長期的に国力低下の要因となり得る少子化・人口減少に加え、有事における金融・財政の持続可能性が挙げられる。有事を想定した総合的な防衛体制の強化には、持続性のある経済力・財政基盤の強化と、それに対する国民の理解が必要である。有事の際に、我が国経済・金融システムにどのようなリスクが発生するのか、それらのリスクをいかに最小化して、我が国経済・金融システムを守るのかをあらかじめ検討しておくことが重要になる」

 「海外依存度が高い我が国経済にとっては、エネルギー等の資源確保とともに、国際的な金融市場の信認を確保することが死活的に重要である。足元では貿易赤字が続くとともに、長期的には成熟した債権国としての地位も盤石である保証はない。資金調達を海外投資家に依存せざるを得ない事態に備えることも念頭におく必要がある」

 「英国政府の大型減税策が大幅なポンド安を招いたことは、国際的なマーケットからの信認を維持することの重要性を示唆しており、既に公的債務残高の対GDP比が高い我が国は、なおさらそのことを特に認識しなければならない」

 この、各種政府報告書でしばしば目にする「財政論」が防衛費増額の財源を国債に頼るべきでないという論拠となっている。個々挙げられている事象と懸念は確かに正しい。だが、冷静に読み直してみると「経済力(稼ぐ力)」と「財政基盤」の概念があまり整理されていない、あるいはあえて整理されずに論理が形成されている印象を受ける。

問題は、「外貨を稼ぐ力」の弱体化

 まず、国の借金の構造を整理してみよう。国の借金の総額は1000兆円強ある。確かに大きい。だが、その内900兆円強は日本国内の家計や企業、金融機関(以下では「国内の民間部門」とする)が国債として保有しており、国内の民間部門から見たら資産ということになる。外国人が保有している円建て国債の額は約100兆円であり、これらは極論すれば日本銀行が日本円を刷れば返済できる。

 債務国が破綻する引き金を引くのは外貨建の国債だ。ドルなどの外貨で返済する必要がある債務は、コントロールを誤ると、企業で言う「資金繰り」に窮することになる。だが、日本は外貨建の国債を発行していない。

 為替レートは、経常収支(稼ぐ力)と対外純資産(今まで稼いだ蓄積)が決定すると考えられる。稼いでドルを獲得して対外資産を形成し、それを再投資でさらにドルを稼ぐという構図があれば、外貨建ての借り入れを積み上げる必要がない。むしろ稼いだドルを売る(自国通貨を買う)という行動が必要になり、外貨建ての借り入れの増加→通貨安という、債務国を破綻させる「悪魔のループ」が発生しにくい。そして日本は現状、年率換算で10兆円近くの経常収支の黒字であり、対外純資産も世界一を誇っている。

 巷間、この報告書のように「公的債務残高の対GDP比」で他国と単純に比較して危機感を煽る言説が少なくないが、「債務」の中身や構造を踏まえて正しく比較する必要があるはずだ。日本に迫る危機は、つまるところ大部分が国と国内民間部門との貸借の問題に帰する国債の残高などではなく、外貨を「稼ぐ力」が弱体化することで上述の「悪魔のループ」に近づいていくことに他ならない。

その場しのぎの「増税」はやめよ

 日本は外貨の獲得を自動車産業に大きく負っている。EVでパラダイムシフトが起き、産業の裾野が大きく姿を変えた時、それは維持できるだろうか。かつて世界を席巻した半導体分野でも、復権はついに叶っていない。そもそもバブル経済が崩壊した後、日本が得意としていた外貨獲得モデルは中国にとって代わられたが、米国がインターネットで起こしたようなイノベーションによる新産業創出もできなかった。それどころか第4次産業革命の波からは取り残される一方で、政府が注力を宣言するweb3分野でも人材流出がすでに起こっている。危機の根本は、日本の企業や個人が「アニマルスピリッツ」を喪失してしまっていることなのだ。

 このまま手をこまぬいていては、日本は外貨を稼ぐ力を徐々に喪失し、対外純資産をすり減らしていくことになる。いみじくも報告書のいうように「足元では貿易赤字が続くとともに、長期的には成熟した債権国としての地位も盤石である保証はない」。債権取崩国へ向かうことになる。摘みあがった国債残高よりも恐ろしい、真の「亡国」への道だろう。

 「国力としての防衛力を強化するためにも、経済力を強化する必要がある」というのはその通りであり、それを達成するために必要なのは、稼ぐ力を取り戻すこと――ひいては、経済の活力の源泉であるアニマルスピリッツを取り戻すことだ。アベノミクスの3本目の矢が成し遂げようと試みて、ついになしえなかったことでもある。少なくとも「我が国の財政基盤の強化」ではないはずだ。

 こうした経済システムそのものの構造とそれを前提としたとした国家戦略が議論されないまま、「増税ありき」「取りやすく反発も少ないから法人増税で」というその場のしのぎのかたちで財源を決めるべきではない。稼ぐ力にたがをはめるようなことをして、結果として経済が弱体化すれば、それが何よりの国防力低下に帰結してしまう。

 「増税」が意味するものとは、民間部門から国への資産の移転である。インフレーションも相対的に国の借金を小さくする効果があるため、国民から国に二重に資産移転を図ることになり、民間が稼ぐ力や消費の力の弱体化をさらに進めることになるだろう。しかも足下では、世界的インフレが加速しており、スタグフレーションが起こる可能性が指摘されている。景気後退による雇用喪失、国内消費のいっそうの弱体化が危ぶまれるところでもある。

国のために戦う日本人は、わずか13%だった

 報告書はこう訴えている。

「国を守る防衛力強化が急務となっているなか、国を守るのは国民全体の課題であり、国民全体の協力が不可欠であることを政治が真正面から説き、負担が偏りすぎないよう幅広い税目による負担が必要なことを明確にして、理解を得る努力を行うべきである。持続的な経済成長実現と財政基盤確保とを同時に達成するという視点に立ち、国民各層の負担能力や現下の経済情勢へ配慮しつつ、財源確保の具体的な道筋をつける必要がある。その際、高齢化が進むなかで今後も社会保険料等の負担が増すことを踏まえるとともに、成長と分配の好循環の実現に向け、多くの企業が国内投資や賃上げに取り組んでいるなか、こうした企業の努力に水を差すことのないよう、議論を深めていくべきである」

 国を守るということが国民全体の課題であり、国民全体の協力を要することは論を俟たない。「世界価値観調査」(2021年)によると「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という問いに対して「はい」と回答した人の割合は、日本ではわずか13.2%であり、調査対象国中抜きんでて最下位だった。米軍の傘の下で「稼ぐ力」の涵養に専念できていた時代が明らかに終焉しつつあるいま、このような意識を変えていく必要があるのは明らかだ。

 だが、政府には、その目的のための手段として「だから増税」という結論に飛びつくことなく、国家戦略のグランドデザインを描いたうえで議論を深めてほしい。実現できそうにない「経済成長実現と財政基盤確保とを同時に達成」という題目を掲げるだけでなく、まずどの痛みに耐えて、どのゴールを目指すのか、二律背反に膠着している議論をどう止揚していくのか。そんな議論を交わしてビジョンを示してほしい。「この国はいかにあるべきか」という根本的な議論を起こすのに、国民の生命と財産を守るための防衛費の財源をいかにすべきかという命題ほど適したものはないはずだ。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

中村 孝也

株式会社フィスコ 代表取締役社長
日興證券(現SMBC日興証券)より2000年にフィスコへ。現在、フィスコの情報配信サービス事業の担当取締役として、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議を主導する立場にあり、アメリカ、中国、韓国、デジタル経済、暗号資産(仮想通貨)などの調査、情報発信を行った。フィスコ仮想通貨取引所の親会社であるフィスコデジタルアセットグループの取締役でもある。なお、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議から出た著書は「中国経済崩壊のシナリオ」「【ザ・キャズム】今、ビットコインを買う理由」など。

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