世界で最も強力な統合軍を有する米国には、世界を6つに区分して担当する「地域統合軍(Geographic Combatant Command: GCC)」や4つの「機能別統合軍(Functional Combatant Command: FCC)」が存在する。GCCの指揮下には、在日米軍(United States Forces Japan: USFJ)のような従属統合軍(Subordinate Unified Command)や統合任務部隊(Joint Task Force: JTF)といった統合部隊のほか、軍種別・機能別の様々な構成部隊が編成されている。これら合衆国軍隊が、統合作戦における部隊運用の基本的原理や包括的な手引きとして用いるのが統合ドクトリンである。
米軍の統合ドクトリンは、「合衆国軍隊のためのドクトリン(Doctrine for the Armed Forces of the United States)」を頂点とする教範体系を持ち、「統合兵員支援(Joint Personnel Support)」、「統合情報(Joint Intelligence)」、「統合作戦(Joint Operations)」、「統合兵站(Joint Logistics)」、「統合計画(Joint Planning)」、「統合通信システム(Joint Communications System)」の最重要教範をそれぞれ中心とする6つのカテゴリーに区分されている。この中で、比較的大規模な戦役や個別の作戦において統合作戦計画を策定する際に準拠として用いられるのが、「統合計画」である。
一般的に軍事作戦は、国家が行う諸活動の中で最も合理的な意思決定を必要とすると考えられている。「統合計画」においてもその状況は同様であり、合理的な計画策定を可能にする規範的アプローチが全体に適用されている。しかし、軍事作戦が展開されるドメインが陸海空から宇宙、サイバーを含んで拡大し、それらが複雑に関連し合う現代戦においては、合理的な意思決定のみを追求するあまり時間を浪費してしまう危険性があり、より短時間に状況を判断し行動する必要性が高まっている。そのために有効なものが、部分の局所的な相互作用によって、部分の単純な総和にとどまらない特性が全体として形成される現象を導く創発的アプローチだ。
全体としては分析的かつ論理的な規範的アプローチによって規律されている「統合計画」も、その一部には創発的アプローチが採用されている。統合作戦における計画策定は、(1)計画策定の開始、(2)任務の分析、(3)行動方針の作成、(4)行動方針の分析とウォーゲーム、(5)行動方針の比較、(6)行動方針の承認、(7)計画及び命令の作成、という7つのステップで構成されているが、行動方針の作成から行動方針承認までの4つのステップにおいては、任務の達成について妥当性を持った行動方針が分析される。ここでは、画一的な行動方針のみならず、組織の独創的な発想が重視される。一見拡散的に見える行動方針も、ウォーゲームによる実行可能性の検証対象となる。
また、「統合作戦」の中でも、作戦における指揮・統制のための状況判断や意思決定に必要な情報等に対する理解を共有する際に、創発的アプローチが用いられている。情報資料として収集された生のデータを処理して情報化したものを、個人レベルでの学習によって知識化し、それを集団学習によって理解として共有し、洞察を加えることによって意思決定に資する叡智へと結集するプロセスがそれだ。個人の知識を集団レベルにおける単なる蓄積にとどまらせることなく、意思決定に際して有効に活用するための創発的なプロセスとなっている。
統合作戦を実施する際の指揮・統制にも、集権的、包括的に策定された計画を分散的に実行する「ミッション・コマンド(mission command)」が採用されている。このシステムにおいて統合軍司令官は、従属するあらゆる階層の指揮官に対して、それぞれの任務を達成するために規律に従った自発性と積極的かつ自主的な行動を要求する。各級指揮官は隷下部隊に対して、作戦目的に基づく指揮官の要求を明確に理解したうえで自主的に決心を行う権限を可能な範囲で付与し、実行要領等の細部に関する統制を最小限にとどめる。これによって、指揮官は敵よりも短時間にタイムリーな意思決定が可能となり、速いテンポで作戦を遂行して敵を受動に陥らせ、作戦における優位を獲得することができる。
「統合計画」では、規範的アプローチと創発的アプローチとを組み合わせ、その相互作用によってより実効性の高い作戦計画の立案が可能となっている。全体として規範的アプローチによって規律された「統合計画」を実行する段階では、状況等について理解を共有する場合や各級部隊が実際に任務を遂行する場合に創発的な効果が期待されている。合理的に分析されて実行されているはずの統合作戦においても、創発的アプローチが有効な側面を持っていることは明らかであり、より複雑化する現代戦においてその必要性はさらに高まることが予想される。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。