2020年12月16日の米国インド太平洋軍の発表によれば、12月14日から16日にかけて予定されていた軍事海洋協議協定(Military Maritime Consultative Agreement: MMCA)のワーキンググループ会合と本会議に、中国側が参加しなかったことが明らかとなった。米中両国は、1998年1月19日に署名された「アメリカ合衆国国防総省と中華人民共和国国防部との軍事海洋安全強化のための協議機構設立に関する合意」(以下、合意文書)に基づき、両国の軍代表が毎年相互に訪問してMMCAの定例会議を開催してきた。今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響からビデオ会議で行うことが合意されていたが、約束の時間になっても中国人民解放軍(People’s Liberation Army: PLA)からの連絡はなかったという。
MMCAは米中の軍隊間で発生した不安全事件を検討し、両国海空軍の行動規則を見直すとともに、国際法に準拠して航海や飛行の安全を図るための行動について協議することを目的としている。合意文書の第2条では毎年、2~3日間にわたって定例会議が開催されることになっており、その際の議題は、駐在武官や国防総省、その他の外交チャネルを通じて事前に合意することになっていた。両国代表は将官をトップに、国防総省、国務省、軍司令部に所属する将校や文官、海洋活動に従事する軍人で構成され、議題には海洋における両国の海空軍の活動のほかに、海洋活動の安全を促進し相互の信頼を醸成するための捜索救助活動や遭遇した船舶間の通信手段なども含まれることになっていた。
第2次世界大戦後、中国と台湾との武力衝突に際して台湾を支持し、中国と対立していた米国だったが、1972年2月28日の上海コミュニケ以降、3つのコミュニケを発表して中国との外交関係を築いてきた。しかし、1989年の天安門事件をきっかけに、米中は様々な分野で対立と協力を使い分ける微妙な関係になった。そうした中、1995年7月に中国が行ったミサイル発射訓練から始まる第三次台湾海峡危機によって緊張を高めた米中両国は、偶発的な衝突を回避する必要もあってMMCAを開始した。これは、紛争に結びつく可能性がある行動を抑制する規範や規則を両国が遵守することで、軍事衝突の可能性を消滅できないまでも低減することを目的とする「共通の安全保障」の1つといえる。
「共通の安全保障」は、1982年に国連事務総長に提出された「軍縮と安全保障問題に関する独立委員会」の報告書の中で初めて提示された概念で、欧州における東西対立、特に戦略核兵器の使用によって彼我双方に及ぼされる甚大な損害を回避するために考え出されたものである。この枠組みの目的を達成するためには、関係国が対話や協議によって信頼を醸成し協力関係を維持することが必要不可欠である。こうした視点に立てば、今回の中国の定例会議への不参加は、単なる約束の反故にとどまらず米中の信頼関係を大きく損なう致命的な行為となる可能性をもっている。
新型コロナウイルスの感染拡大は各国の軍事面にも大きな影響を及ぼしているが、そうした中で中国は軍事行動を活発化させてきた。2021年1月には米国で指導者の交代が予定され、中国との新たな関係が作られようとしている。感染対策のために世界が協力するべき重要なこの時期に、最も必要とされるのは「変動」ではなく「安定」であるはずだ。大きな影響力を持つ米中両国関係こそ、安定していなければならない。中国の自制と米国の深慮への世界の期待は大きい。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。