2020年11月27日、イランで最も著名な核科学者モーセン・ファクリザデ(Mohsen Fakhrizadeh)氏が、テヘランから東方約70kmのアブサード市内で暗殺された。イランのファルス通信が報じたところによれば、ファクリザデ氏は妻を帯同し、3台の護衛車両とともにアブサード・ロードを北上中に射撃を受け、降車したところを150m離れた地点に停車していた日産車から機関銃によって射撃されたという。ファクリザデ氏は3発の銃弾を受け、ヘリコプターによってテヘランの病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。
殺害されたファクリザデ氏は、イランの核開発や弾道ミサイル開発に深く関わり、イラン革命防衛隊の高官でもあった。ファルス通信の報道では、イスラエル政府やテロリストによる暗殺リストに30年近くの間名を連ねており、近年は同氏に対するテロ作戦が繰り返されたが阻止されてきたという。厳重な警備が行われ、今回の襲撃時もボディーガードが同行していた。イラン政府はイスラエルと国外の反政府勢力による犯行だとする見解を示し、最高指導者ハメネイ師は、28日の声明で犯人に対する報復を明言した。同日、ロウハニ大統領もイスラエルが関与していたとの認識を示し報復にも言及した。
襲撃に使用された日産車は射撃後爆発し、襲撃地点では襲撃者の活動が確認されていないことから、複数のメディアは衛星通信で制御された遠隔操作の機関銃が使用されたことを報じた。遠隔操作による兵器(Remote Weapon Systemあるいは、Remote Weapon Station: RWS)は、市街地など待ち伏せを受けやすい環境で、狙撃や即製爆発装置(Improvised Explosive Device: IED)による被害から戦闘員を防護しつつ、目標捜索から射撃までを車内でコントロールすることを目的として開発されてきた。人的損害を回避する、防御面を重視した兵器だといえる。
日本においても、遠隔操作による兵器は研究開発の対象になっている。事業名「車両搭載用リモートウェポンステーションの研究」に関して公表されている、2012年度の政策評価書の要旨によれば、小型の装輪車両に搭載して乗員の安全を確保しつつ小火器等を射撃するためのシステムの研究が実施されている。2009年から2011年の3年間に約12億円が投じられ、試作品を作成するとともに車内からの遠隔操作による目標捜索、照準、射撃などの試験を実施し、目標とされた技術水準が達成されたと公表されている。
本来、戦闘における人的被害を減少させる目的で開発されたRWSが、今回は積極的に人命を奪うために使用された。しかも、一般の車両に搭載することができ、戦闘用のプラットフォームでなくても正確に目標を捕捉し攻撃できることが証明されたことにもなる。専守防衛を掲げる日本では、兵器を防御的性質のものと攻撃的性質のものとで区分する議論が少なくない。しかし、程度にこそ差はあるものの、殺傷能力をもつ兵器の特性を踏まえれば、すべての兵器が攻撃的性質を持つことに疑いの余地は全くない。国家防衛のための備えは、まったく異なる目的にも使用することができるからこそ、その使用には慎重な判断が必要なのだ。今回のテロ事件は、改めてそのことに気づかせてくれる。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。