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2020.08.17 安全保障

「金融の呪い」は存在するのか?

中村 孝也

IMFの「Tackling Tax Havens」では「Rethinking Financial Deepening」の分析を踏襲し、金融セクターの成長は、一定程度までであれば経済成長に有益と主張している。具体例としては、ガンビア、エクアドル、モロッコを挙げた。確かに経済水準の低い新興国を想定すれば、金融セクターの成長を通じた海外からの資金導入が自国経済の成長に貢献することは容易に想像できよう。

一方、金融セクターの成長が一定の水準を上回ると経済成長に悪影響を及ぼすという「金融の呪い」にも言及している。「金融の呪い」とは、産油国が資源に過度に依存してしまうという構造と類似した概念である。その閾値は、金融開発指数で見て、0.45~0.7の範囲に存在しており、米国、イギリス、主要なタックスヘイブンを含むほとんどの先進国は、はるか昔にその時点を過ぎており、有害な金融活動を取り除くために金融セクターを縮小することが繁栄を後押しするはずと主張した。閾値に近い例としてポーランド、アイルランドを、閾値を上回る例としてアメリカを挙げている。2019年の金融開発指数上位国は、スイス、イギリス、カナダ、アメリカ、日本、オーストラリアなどである。

実体経済とのバランスが合致しない金融経済の過度な発展は国の経済成長を阻害するとの批判には、素直に耳を傾けないといけない部分もあろう。一方、金融センターは全て同種ではなく、自国経済を支えるタイプのもの、クロスボーダーのハブとして機能するタイプのもの、両者が混在するものなどがある。例えば、銀行のクロスボーダー資産や株式時価総額を基準とすると、上海は自国経済を支えるタイプ、ロンドン、シンガポール、香港はクロスボーダーのハブとして機能するタイプ、ニューヨークと東京はその中間に位置する金融センターと分類できそうだ。金融の呪いは自国経済を支えるタイプの金融センターには当てはまるかもしれないが、クロスボーダー色の強い金融センターにはそのまま当てはまらない可能性も考えられる。



(株式会社フィスコ 中村孝也)

中村 孝也

株式会社フィスコ 代表取締役社長
日興證券(現SMBC日興証券)より2000年にフィスコへ。現在、フィスコの情報配信サービス事業の担当取締役として、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議を主導する立場にあり、アメリカ、中国、韓国、デジタル経済、暗号資産(仮想通貨)などの調査、情報発信を行った。フィスコ仮想通貨取引所の親会社であるフィスコデジタルアセットグループの取締役でもある。なお、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議から出た著書は「中国経済崩壊のシナリオ」「【ザ・キャズム】今、ビットコインを買う理由」など。