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2022.12.28 経済金融

座談会:Web3は危険な「むき出しの世界」、一般人には厳しすぎ?
JNF Symposium 分散型インターネット「Web3」の理想と脅威(2)

実業之日本フォーラム編集部

 実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。今回は、「Web3(ウェブスリー)」の基本的な概念や課題について3回にわたって見ていきます。Web3が生まれた背景を解説した第1回で、この概念が、ビッグ・テックが個人のデータを囲い込むことに対するカウンターカルチャーであることが分かりました。この点を踏まえ、今回からは、ヨーロピアン氏を中心に、当フォーラムの白井一成論説主幹と、駒澤大学経済学部の井上智洋准教授を交え、座談会形式で論点を深掘りします。Web3の特徴といえる「分散性」の意義やデメリットはどこにあるのでしょうか。

Web3の価値観はまだ確立されていない

井上智洋(駒澤大学経済学部准教授):前回のヨーロピアンさんの解説で、Web3がWeb2.0のカウンターカルチャーとして生まれ、ビッグ・テックによるデータの囲い込みから脱して、個人の主権を尊重する概念だということが分かりました。そこで私が関心を持っているのは、Web3によってGAFAM(アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)の地位が揺らぐのか否かという点です。

 例えばWeb3の「分散」のカルチャーに対応して、プラットフォーマーが自らのSNSに囲い込んでいるユーザーのデータを、他のSNSに移すことを認めるのか。フェイスブックやツイッターなど、それぞれ発展しているソーシャルメディアがある中で、ビッグ・テックが投稿者のデータを他のSNSに移すことを認めるでしょうか。SNSだけでなく、例えばアップルやマイクロソフトは独自のOSやデバイスを持っているし、アマゾンはECサイトを押さえているというように、それぞれのビジネス分野で囲い込みができています。そうしたところを見ると、Web3の時代となったとしても、そこは揺らがないようにも思うのですが。

ヨーロピアン:まず、Web2.0におけるツイッターやフェイスブック等の投稿がSNSをまたいで移動できるようになるかという点については、共通規格を作るなどすれば技術的には十分可能だと思います。ただ、Web3がまだ大きく育っていないために、SNS間でデータの移動を認めるインセンティブがビッグ・テックにはありません。現状では囲い込みをする方が彼らのビジネスにとって重要だからです。

井上:フェイスブックやツイッターといった企業側にとって、データの移動を認めるメリットはないのでしょうか。

ヨーロピアン:現状ではメリットはないですね。彼らがそうした施策をとるのは、今後、ユーザーの意識が「投稿したデータを別のSNSに移せないプラットフォームなんて使う気が起きない」というように変化したときだと思います。新しい価値観に対応しないと利用されなくなってしまうので、仕方なくやるイメージでしょう。実はWeb3の概念を取り入れて、ブログやソーシャルメディアを実験的に変えようとしたプラットフォームもあったのですが、うまくいきませんでした。

 なぜかというと、第1回で説明したとおり、Web3やそれを支えるブロックチェーン技術というのは、投稿するデータが実際に反映されるまでに技術的に非常に時間がかかるなど、ユーザー体験が著しく悪い。いわゆる「トランザクションの処理」に弱点を抱えているからです。ソーシャルメディアやブログのまねごとを純粋にブロックチェーン技術でやろうとすると、現段階ではWeb2.0の体験にあまりにも劣るので、あえて利用しようというインセンティブが少ない。

 そこで、投稿のデータ自体はWeb2.0と同じように扱いながら、ユーザーがデータをブロックチェーン上にエクスポートできたり、投稿することによる報酬を、ブロックチェーン技術を使ったトークンで付与したりすることで、Web3とWeb2.0の「いいとこ取り」を狙った試みもありましたが、これもあまり普及しませんでした。このあたりは、Web2.0におけるビッグ・テックに今のところはかないません。 

 エンドユーザーとしてWeb3で価値があると感じられることがあるとすれば、デジタル資産の保有、具体的には電子書籍や配信の音楽などを購入したリソースを個人が保有できる点だと思います。ただ、Web2.0の世界で流通しているコミックスや電子書籍、有名アーティストの音楽といったものは、著作権的な問題があるために、なかなかWeb3.0の世界にやってこない。他方でWeb3独自の魅力あるコンテンツも少ないのが現状です。

Web3の宿命的「遅さ」

白井一成(実業之日本フォーラム論説主幹):私は、ブロックチェーンも、ブロックチェーン上で契約内容を自動執行する「スマートコントラクト」も発展途上だと思います。Web2.0でのユーザー体験に見劣りしないWeb3の世界を実現するためのブロックチェーン技術は、あとどのくらいで開発されるとお考えですか。

ヨーロピアン:トランザクションの処理スピードや、ネットワークの規模は日進月歩で進化しています。今のネットワークだと1秒間で処理できるトランザクションの数に上限があるので、ユーザーが増えれば増えるほど1人当たりのユーザーが送ることができるトランザクションの数が少なくなる。ネットワークが混み合ってまともにデータの輸送ができない状態が結構発生していますが、それを改善する技術はどんどん出てきています。

 ただ、速度環境の面でWeb3がWeb2.0に追いつくことは基本的にできません。分散性を志向すると、その分、データ処理のパフォーマンスが劣るジレンマがあるからです。半面、速度の進化に対する効用はWeb3の方が大きい。Web2.0の世界では、5Gなど移動通信システムの進化によってどんどんインターネットスピードは上がり、半導体の性能も上がっていくことでウェブページが表示されるスピードも上がっていきます。ただ一定以上のレベルに達してしまうと、ユーザーは速度の恩恵を感じにくくなります。

 この点、ブロックチェーンの速度環境は、まだ「遅い」とユーザーが感じるレベルなので、Web2.0の世界に比べると、改善されたと感じるユーザーの体感度合いは大きい。こうした課題は、Web3の技術の発展というより、既存のIT技術におけるハードウエアの進化で、大部分が解決するのではないかという意見があって、僕もそれを信じています。おそらく10年後には、ほとんど今のWeb2.0と遜色ない速度環境になっているのではないかと思っています。

Web3はユーザーフレンドリーか

白井:技術的な進歩によってWeb3の「遅さ」はいずれ解決できるとして、例えば一般の女子高生が使いこなせるくらいユーザーの間口は広がるのでしょうか。

ヨーロピアン:Web3の世界では、やろうと思えば個人が全てを管理できますが、それだと不安だとか、インターフェースに本人のリテラシーが追いつかないといった問題があります。ですから、僕は詳しい人だけがWeb3.0のフルスペックにアクセスできて、ほとんどの人は代行業者的なものにアクセスするような世界になると思っています。

 ブロックチェーン技術で個人が全て資産を管理するとどうなるか。お金でいえば、銀行やクレジットカード会社も存在せず、現金のみを自分で持ち歩いて生活するイメージです。でも、「個人レベルでお金をどの程度守れるか不安だ」という人がいれば、個人による管理を代替するサービスが出てくるでしょう。その意味で、Web3を「使いこなす」のはハードルが高い。今だって「ブロックチェーンを直接理解してなくても、その技術をベースにした暗号資産取引所は使える」という人が大半ですから。

白井:資産の話が出てきたので、Web3を活用した投資について伺います。例えば分散型のファンドで自分のポートフォリオを組むといったことはできるのでしょうか。

ヨーロピアン:Web3の世界でも分散型のファンドは存在します。具体的には、お金を預け入れたユーザーの投票によって投資先を決定するといったファンドがありますが、自分がどういうふうに資産を保有していて、誰に対して資産へのアクセス権を許可していて、全体の構造がどうなっているのかを理解してないと危険です。自由度が高ければ高いほど取り返しのつかない操作をしてしまうことがある。一般的な、あまりリテラシーがない人が、そういったものにアクセスして、自分の資産を適切にコントロールできるようになる世界は、僕にはちょっと想像できません。技術的な問題というより、教育レベルやその世界の常識という話だと思うので、今の人たちがWeb3によって資産形成の在り方が劇的に変わるかといえば、あまり変わらない気もします。

懸念されるセキュリティー脆弱性

白井:使い勝手やリテラシーの問題から、Web2.0は引き続き存在感を示すということですね。では、Web3のセキュリティー面はどうでしょうか。Web2.0の世界でも、例えば米国は、国際的監視網(PRISM)という仕組みでウェブサービスやSNSをハッキングし、監視していました。10年ほど前、米国国家安全保障局 (NSA) および中央情報局 (CIA) の元局員・スノーデンがこのことを告発していて、今はもっと高度な技術で同じことを行っていると思います。最近では、個人データ管理におけるLINEの脆弱性なども指摘されていて、データセキュリティーのリスクは高まっているように思います。この点、Web3の時代になると、セキュリティーレベルは高まるのか、逆に脆弱性が増すのでしょうか。

ヨーロピアン:一般的には脆弱性が増すと考えた方がいいですね。個人データの一部を海外に移転していた「LINE問題」について言うと、そもそも顧客の情報をLINEが管理しているので、LINE自身、あるいはその上位組織や政府が検閲できるという問題と、外部に情報が流出してしまうハッキングの問題とに分けて考えられます。

 前者の検閲という点に関しては、Web3では、情報を隠す技術は主流になっていません。全ての情報はブロックチェーン上に公開されることが良しとされており、プライベートなデータをやり取りすることは、Web3の世界ではあまり関心がないからです。「シークレットネットワーク」と呼ばれる技術があるにはありますが、主流ではありません。

 後者の情報流出という点では、特にお金など資産の問題があると思います。これまで資産管理においては中央集権的なものが危ないと言われていました。なぜかというと、そこに多くのユーザーのお金が集まるからです。しかし、Zaifなどの暗号資産取引所もそうですが、中央集権的に管理しているサービスでは、リテラシーの高い専門家がセキュリティー向上のために日々尽力していて、攻撃されにくい面もあります。

 一方で、実は個人レベルで管理しているウォレット(暗号資産専用の電子的な財布)では、多額のお金が流出していると言われています。個人が管理していると、コンピューターウイルスやハッキング等の技術的な問題もさることながら、それ以外に「ソーシャルハック」と呼ばれる、だまされてお金を取られてしまうケースが非常に多い。「分散」と言うと聞こえはいいですが、個人の管理は自己責任なので、データ資産の取引は、より「むき出し」の世界になっているということですね。

スマートコントラクトの理想と現実

白井:中国では、2年ぐらい前に国家主導のブロックチェーンプロジェクトとして、BSN(Blockchain-based Service Network)がスタートしました。スマートコントラクトを実体経済に組み込んでブロックチェーンと経済をつなぎ、トラストレス(=信用を担保する主体がない)の世界をつくる試みが始まったと理解しています。一方でスマートコントラクトは、理論的にはエレガントですが、トラブルも多いと聞きます。個人的には、実際に経済取引に組み込むにはかなり時間がかかると思っていますが、ヨーロピアンさんはどうお考えですか。

ヨーロピアン:スマートコントラクトにも理想と現実があります。理想は、取引に関わる全ての内容がプログラム上に記載されているので、安全性をユーザー自身が確認してからそのコントラクトに対して自分の資産を預けたり、何らかの取引を実行したりできることです。しかも、多くの人が確認することによって、安全性が人数に比例して高まると言われています。

 一方で現実は、スマートコントラクトが安全かどうか確認できるのはプログラムの技術を理解している人だけです。エンジニアによる見落としも十分起こり得る。実際、さまざまなスマートコントラクト上に預けられた資産がハッカーに攻撃されて、お金が流出したケースはよくあります。これは当然で、現実世界の契約書でも同じことが言えます。われわれが何らかの契約を結ぶときはまず契約書を見せられます。でも、例えば携帯電話を契約するのに、契約書をすみずみまで確認して、不利な条項が書かれてないかチェックするかというと、まずしない。携帯電話の契約書ぐらいなら信頼できるかもしれませんが、金銭消費貸借や不動産売買では法的な知識がないと契約書を見ても分からない。でも、「契約書を確認した以上、あなたには一定の自己責任があります」という話になる。

 スマートコントラクトの世界でもそれと全く同じことが起こっています。確認しても不十分なことはあるし、契約だったらだまされることもあります。安全なアプリケーションのふりをして、インターネット上のわなみたいになっているコントラクトも結構ある。この問題は、今後しばらく解決できないと思います。

日本はリスクを恐れずブロックチェーンの開発を

白井:トラストレスの試みとして、BSNと並行してデジタル人民元の実証実験が行われています。実証段階とはいえ、すでに市中で利用を始めていて、スマートコントラクトを適用するかもしれないという報道もあります。日本政府もデジタル円の発行について検討し、実証実験を行っていますが、セキュリティー面を踏まえ、日本はデジタル通貨に係るものも含め、ブロックチェーン技術については慎重に進めていくべきだとお考えでしょうか。それともアジャイル(機敏)に進めていくべきでしょうか。

ヨーロピアン:個人的には多少の問題があっても、どんどんやればいいと思っています。なぜかというと、問題が表面化しない限り、それに対するソリューションもなかなか出てこないからです。メタ(旧フェイスブック)CEOのザッカーバーグの「多分、動くと思うから、リリースしようぜ」という有名な言葉があります。とりあえず出して、何か問題が起こったらそれに対応すればいいというのが、テクノロジーの発展の歴史だったと思います。

 ブロックチェーン技術もそうで、ユーザーは失敗しながら新技術に慣れていくし、サービスを提供する側も問題のフィードバックを受けて改善を重ねていきます。リスクを恐れて何もしなければ、どんどん挑戦していく人、企業、国に置いていかれる。だから僕自身はそういう先進的な試みはどんどんやっていった方がいいと思う立場です。

(第3回へ続く)

白井 一成
シークエッジグループ CEO、実業之日本社社主、実業之日本フォーラム論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

井上 智洋
駒澤大学経済学部准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。主な著書に『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』『AI時代の新・ベーシックインカム論』などがある。

ヨーロピアン
国内黎明期から暗号資産・ブロックチェーンを技術・金融の両面で追い続けるエンジニア。技術者として活動するかたわら、個人投資家として10年以上相場に向き合っている。 

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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