実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2024.11.15 経済金融

少子高齢化が消費を押し下げる中国経済 奥の手とも言える農民工の「市民化」

福本 智之

 中国経済の減速が一段と鮮明となっている。過去数年の経済低迷に不動産不況の長期化や中国政府の企業、個人に対する統制の強化が影響しているのは、間違いない。加えて、無視できないのが、人口動態の影響だ。人口動態は、静かに着実に変化していくだけに、その経済的影響は、リアルタイムでは分かりづらい。

 バブル崩壊後の日本経済の長期低迷に、人口動態が大きく影響していたという見方も、藻谷浩介氏が2010年に『デフレの正体』(角川新書)を発表し、注目され始めた。バブル崩壊からかなり時間が経ってからのことだ。中国で今起きている人口動態の変化は当時の日本以上に急激であり、その経済に与える影響は、かなり大きいとみられる。その影響をどれだけ抑えられるか、どれだけ吸収できるのか、カギは農民工の市民化による「真の都市化」の推進による分厚い個人消費の形成にあると考えている。

歯止めのかからない少子高齢化

 中国の人口動態の変化がいかに急激か見ていこう。中国の出生人口数は、2000年以降2016年までは年間1600万~1800万人で安定して推移した。その後、急減し、2023年には900万人と2016年の半分となった。世界銀行のデータによれば、中国の合計特殊出生率(一人の女性が出産する子供の数)は2022年に1.2と、10年前(1.8)から急激に低下した。

 この間、政府が「一人っ子政策」と呼ばれる産児制限を段階的に緩和してきたにもかかわらず、少子化は急激に進んでいる。それは、中国の経済社会の急速な変化を反映したものだろう。まず、結婚カップル数が減少している。2023年の結婚カップル数は、768万組と10年前から43%減少した。結婚適齢期の人口の減少や男女人口の不均衡に加え、独身時代を楽しむ傾向が高まり、初婚年齢は2020年時点で29歳と2010年に比べ4歳も上がっている。加えて、住宅費、教育費の高騰などによって子育て費用が増大していることが少子化に影響している。この間、経済の減速、特にコロナ禍を経た経済の低迷によって先行きの所得期待が低下していることも、将来の子育て不安に繋がっているのだろう。

 中国政府は、出生率を引き上げるために躍起だ。2016年に産児制限を1人から2人に緩和、2021年には3人に緩和した。今年7月に開かれた中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(「三中全会」)では、(1)出産支援政策体系と激励メカニズムを整備し、出産フレンドリーな社会の建設を推進する(2)出産・養育・教育コストを効果的に引き下げ、出産休暇制度を整備し、出産補助金制度を確立する(3)基本的な出産と児童医療公共サービスレベルを高め、個人所得税の控除を強化する(4)包摂育児サービス体系の構築を強化し、雇用単位による託児・コミュニティ組み込み型託児・家庭託児ポイント等の多様なモデルの発展を支援する――と関連施策を示した。これまでにないほど、出生率向上への異例の意気込みを示した。

 もっとも、これらの措置によって少子化をある程度抑制することはできても、出生率を劇的に向上させることは難しいとみられる。急激な経済成長を遂げ、先進地域入りした東アジアの国・地域の多くは、その後出生率の低下に悩んでいる。2022年の合計特殊出生率は、香港、韓国は既に1を切っている(図表1)。いずれも少子化対策に取り組んでいるが、はっきりした効果は見られていない。少子化問題は東アジアが共通に抱える難題である。

【図表1】東アジアの国・地域の合計特殊出生率

(出所)世界銀行を基に筆者作成

 近年の中国の急激な少子化進展を、国連は想定していなかったようだ。国連世界人口予測(中位予測、以下同じ)は、2019年時点では、中国の合計特殊出生率は2100年まで1.7~1.8で推移すると想定していた。しかし、5年後の2024年時点になって、1.0~1.3まで大幅に引き下げた(図表2)。

【図表2】合計特殊出生率予測(国連)   【図表3】総人口予測(国連)

(出所)各年の国連世界人口予測を基に筆者作成

 これだけ出生率が下振れすると、人口減少ペースも当然速まることになる。国連世界人口予測は、2019年時点では、総人口は、2031年に14.6億人でピークを迎え、その後減少に転換。2100年には10.7億人になるとしていた(図表3)。しかし、実際には総人口は国連予測より10年も早く、2021年に14.1億人でピークを打った(国家統計局)。これを受け、国連は予測を下方修正し、2024年時点の予測では、2100年の総人口は6.3億人まで減るとした。つまり、2100年の総人口予測を5年間で4.4億人も引き下げたことになる。国連予測によれば、日本の人口もピーク比40%減少する見通しだが、中国はピーク対比56%減と日本以上に速いペースで減少が進んでいくことになる。

 総人口の減少は、高齢化率を高める方向に必然的に働く。一般に、65歳以上の人口が、全人口に対して7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、21%を超えると「超高齢社会」と言われる。

 国連の2024年時点の予測では、中国は2000年に高齢化社会に入り、2023年には高齢社会に突入。そして2034年には超高齢社会に入る見通しである(図表4)。日本は、12年間で、高齢社会から超高齢社会にシフトしたが、中国はこれより速く11年でシフトする見込みである。高齢化率がピークをつけるのは2086年で、48%と実に人口の半分近くが高齢者となる見通しだ。これは日本のピーク水準である38%より高い(図表5)。2019年時点の予測では、中国の高齢人口比率のピークは31%(2100年)とみられていたので、5年間で予測が大きく変化したことが分かる。

【図表4】中国高齢人口比率予測(国連)   【図表5】日中の高齢人口比率予測(国連)

(注)高齢人口比率=65歳以上の人口/総人口
(出所)各年の国連世界人口予測を基に筆者作成

雇用を奪うAIやロボット

 これだけ急激な人口動態の変化が起これば、経済への影響は大きなものになる。一般には、人口減少が起これば、労働力が不足し、それが経済成長の足を引っ張るように考えられがちである。しかし、筆者は、現在の中国に限って言えば、労働力不足が成長を抑制する恐れはさほどないとみている。労働力を、AI、デジタル、ロボットの活用によって十分カバーできるとみているからだ。

 現在、中国では、AIやロボットの実装が、産業のあらゆる現場で進められている。それは、工場での生産現場といったブルーカラーの仕事だけにとどまらない。生成AIの実装が進むことで、これまで代替が難しかったホワイトカラーの仕事がAIによって代替されつつある。中国は産業用ロボットの設置台数では、2023年27万台と、世界シェア51%を占めダントツの世界一である。ロボタクシーの稼働も進む。ロイター通信によれば、中国のネット大手「百度」傘下のロボタクシー会社は、本年内に武漢で1千台のロボタクシーを配備、2030年までに100都市で運営する計画を公表済みだ[1]。AIは、都市の管理、医療、農業をはじめあらゆる場面で既に実用に移されている[2]

 むしろ、AIやロボットが人々の雇用を奪う可能性こそ心配すべきだと言える。AI関連のベンチャー投資を行う中国の知人によれば、コンピュータープログラミング会社が密集する中関村では、生成AIの活用によって、1社当たり数百人単位でプログラマーの解雇が既に起きているようだ。ロボタクシーの普及も、タクシードライバーたちの職業に影響することは避けられないだろう。こうした懸念は中国に限ったことではないが、他国に先駆けて、AIや自動運転などが実装されていく中国では、雇用への影響がいち早く顕在化することが懸念される。

懸念すべきは個人消費の弱さ、その要因は高齢化

 最も懸念すべきは、人口動態の需要面への影響だ。人口動態の需要面への影響は、既に一部で顕在化している。まずは、住宅需要への影響である。2021年後半から続く住宅不況がここまで長引いている背景には、住宅購入の実需が人口動態の変化を受けて減少していることがある。中国では、25~34歳の結婚適齢期の人口層が1軒目の住宅購入の主力層だ。しかし、同層の人口は2017年以降減少に転じ、2030年代までに約7千万人減少する見通しである。

 人口動態は個人消費にも影響を与え始めている可能性がある。高齢者は現役世代に比べて消費支出が少ない傾向があるため、高齢化は個人消費にはマイナスだと考えられる。中国の人口問題研究の大家である中国社会科学院の蔡昉研究員は、高齢化が個人消費にもたらす影響を踏まえ、2025年前後に総人口がピークを打つころに、中国経済が深刻な需要側ショックに見舞われるとの予測を述べていた[3]。ところが、総人口は蔡昉氏の予測よりも早く、2021年にピークを打った。コロナ禍を経て経済再開に舵を切っても、個人消費が弱いことが少子高齢化に影響しているのかもしれない。今後、高齢化の消費への影響は高齢社会から超高齢社会にシフトしていくにつれ本格化するとみられる。

奥の手とも言える農民工の「市民化」

 以上の通り、人口動態が中国経済に与える影響は、特に需要面で甚大であり、これからも中国経済の足を引っ張っていくとみられる。それでも、中国には人口動態に起因する需要減少を補う、最後の人口ボーナスともいえる「奥の手」がある。それは、都市部への出稼ぎ農民である農民工の「市民化」である。2023年における中国の都市常住人口比率は66%であるが、都市戸籍比率は48%だ。両者の差異18%、人口にして2.5億人は農村戸籍を持ちながら都市部で働いている農民工およびその家族が大半だ。

 中国では、農村と都市の戸籍を峻別(しゅんべつ)する厳格な戸籍制度があり、都市戸籍を取得するには一定の条件が必要となる。現在では、中小都市の戸籍を取得するのは容易になったが、大都市の戸籍を取得するには、その都市での勤務、納税実績など厳しい条件が設けられている。農民工にとって都市戸籍の取得が重要なのは、都市戸籍が、その都市における教育、医療・年金などの社会保障といった公的サービスにひもづいているからだ。農民工やその家族は、都市戸籍を持たない「半市民」と呼ばれ、都市部で公的サービスが十分に受けられない。それが、彼らの消費や住宅購入を著しく制約してきた。彼らに都市戸籍を付与し、真の「市民化」を実現すれば、住宅需要や個人消費の底上げに大きく寄与するだろう。

 ところが、話は簡単ではない。例えば、都市部に住む農民工の子女を公立の小中学校で受け入れるとすれば、教師の数も校舎の数も全く足りない。以前、山東省済南市で同市に親戚のいる農民工の子女を学校に受け入れたところ、一クラスの生徒数が倍増し、教室は手狭になり、教師が学生を管理しきれず、失敗した例もあった。つまり、かなりの財政支出を伴う措置である。農民工からみても、都市戸籍を取得するということは農村戸籍を放棄することを意味する。そしてそれは、使用権を有する農地を放棄することも同時に意味する。農民工にとっては、農地は最後の生活保障といった面もあり、簡単に手放したくない。このため、都市戸籍を取得することをためらう。

 政府からすれば、大都市は過密問題が深刻なので、地方の中小都市の戸籍を取得してもらいたいと考える。ところが、農民工は、中小都市よりも良い職を見つけやすい大都市で戸籍を取得したいと考える傾向がある。つまり、都市戸籍取得の需要と供給には、ミスマッチが存在する。この点、7月の三中全会では、「常住地の戸籍登記による基本公共サービス提供制度の推進」を掲げた。具体的には、都市戸籍を取得しなくても、都市の公的サービスを享受できるようにすることで、これまでのネックを解消するというものだ。「法に基づき都市部に入居して定住する農民の土地請負権、宅地使用権、集団収益分配権を保護する」と明示したことも、農民工にとっては安心材料となるだろう。

市民化実行には莫大なコストを伴う

 本稿では、中国で今起きている人口動態の変化がいかに急激なものかをデータで明らかにし、それが既に需要面を中心に中国経済の成長を下押しし始めていることを示した。そして、需要面への影響を補う観点からは、農民工の真の「市民化」がカギになると指摘した。

 ただし、これを実行するには莫大な財政費用がかかるのも確かだ。中国社会科学院の2014年の報告[4]は、農民工の真の「市民化」に伴う財政費用は一人当たり13万元としている。都市部で働く農民工2.5億人を真の「市民化」するコストは33兆元、GDPの26%に相当する。その後の物価の高騰を考えればもっと大きいだろう。それでも、時間をかけて農民工の真の「市民化」を実効的に実施できるかは、中国の今後の成長の行方を大きく左右するとみられる。

写真:AP/アフロ

[1] ロイター日本語記事「アングル:中国でロボタクシー加速、配車ドライバーは将来悲観」2024年8月11日、https://jp.reuters.com/markets/commodities/XATMC7VDIRMJBEUGFA5EIJDT3I-2024-08-08/(2024年10月30日アクセス)
[2] 田中信彦「AIの社会実装が急速に進む中国 ChatGPTとは競わず、産業力の強化に向かう」2023年12月11日、Business leaders square wisdom、https://wisdom.nec.com/ja/series/tanaka/2023121101/index.html(2024年10月27日アクセス)
[3] 「中国生育率跌至1.3,蔡昉:防止总人口达峰后的需求侧冲击」中国金融四十人论坛、2021年5月11日、https://mp.weixin.qq.com/s/cxkmU7ALQQQhiKZGvlUrmA(2022年3月28日アクセス)
[4] 中国社会科学院城市发展与环境研究所「中国城市发展报告(No.7聚焦特大城市治理2014版)/城市蓝皮书」2014年9月、社会科学文献出版社

地経学の視点

 かつて、中国は人口増加が目覚ましく、そのため「一人っ子政策」を実施していると教わった。状況は一変し、中国は今や、急激な少子高齢化にあえぐようになった。それは、人口ボーナス期を背景とした中国の経済発展の終焉とも言える。

 今回筆者は、終わったかに見えた人口ボーナスを再び生み出そうと躍起になる中国政府の奥の手を示した。長年、都市部に出稼ぎに出てくる農工民を苦しめてきた戸籍制度の緩和は、農村部の人々にとっては悲願かもしれない。一方で、都市間での偏りや治安維持、公的サービスのコストなど中国が抱える社会問題そのものが立ちはだかる点は興味深い。

 ドナルド・トランプ前米大統領の再選で米中対立も新たな局面を迎える。世界的にも珍しい、農民工の都市市民化をテコとした人口ボーナス創出が奏功するのか。EV(電気自動車)を中心としたデフレ輸出とも密接にかかわるだけに、中国国内における内需の動向を注視していきたい。(編集部)

福本 智之

大阪経済大学経済学部 教授
京都大学法学部卒業。日本銀行北京事務所長、国際局審議役(アジア担当総括)、国際局長等を経て、2021年4月から現職。専門は中国経済、中国金融主な著書に『中国減速の深層 「共同富裕」時代のリスクとチャンス』などがある。