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2024.09.06 経済金融

米大統領選で対立する気候変動対策、トランプ勝利で「自国第一」再来か

栂野 裕貴

 米国では11月の大統領選挙まで残り約2カ月と迫り、共和・民主両党が政策を打ち出す中、党派対立が顕著な分野が気候変動対策だ。共和党のドナルド・トランプ前大統領と民主党のカマラ・ハリス副大統領のどちらが勝利するかによって想定すべきシナリオは大きく異なる。そこで、本稿では現時点での大統領選挙の情勢を確認した上で、各候補者の勝利シナリオに基づく気候変動対策を展望し、日本に求められる戦略を検討する。

「ご祝儀」で失速せず激戦州でも支持獲得

 7月以降、大統領選挙の情勢は大きく変化した。6月27日のテレビ討論会で精彩を欠いた民主党のバイデン大統領の支持率が低下する一方、7月13日の銃撃事件を受けて共和党のトランプ氏の支持率が上昇し、7月前半まではトランプ優勢の状況が続いていた。しかし、7月21日にバイデン大統領が選挙戦から撤退を表明、後継候補としてハリス氏への支持を示すと、ご祝儀相場も手伝ってハリス氏の支持率が急伸し、足元ではトランプ氏と拮抗している(図表1)。

【図表1】ハリス副大統領とトランプ前大統領の支持率

〈資料〉Real Clear Politicsを基に日本総研作成

 米国の大統領選挙の結果を左右するのは「激戦州」と呼ばれる7つの州だ。ここでも、ハリス氏がトランプ氏を追い上げている。米政治サイトのリアル・クリア・ポリティクスが8月末までに集計した世論調査によると、ミシガン州とウィスコンシン州では、ハリス氏の支持率がトランプ氏の支持率を上回っており、ペンシルバニア州やアリゾナ州などでは両候補の支持率が拮抗している(図表2)。なお、ハリス氏が当選するためには、優勢となっている2州に加えてペンシルバニア州における勝利が必要となる。

【図表2】激戦州における両候補の支持率

〈資料〉Real Clear Politicsを基に日本総研作成
〈注〉バイデン大統領撤退表明後の世論調査結果の平均値。各候補の当選シナリオは現時点の世論調査からみて最も蓋然性の高いもの。

 このように、現時点ではどちらの候補が勝つのかを見通すのは困難といえる。そこで、トランプ氏が勝利するシナリオと、ハリス氏が勝利するシナリオに分けた上で、大統領選挙後の米国の気候変動対策を展望する。

パリ協定から再離脱、途上国支援の縮小も

 トランプ氏は、バイデン政権下の気候変動対策が米国の競争力をそいでいると考えている。同氏が当選した場合、環境・エネルギー分野の公約を踏まえると(図表3、右)、主に(1)国際連携からの離脱、(2)環境規制の緩和、(3)化石燃料の増産、(4)インフレ抑制法の修正――の4点の政策変更が想定される。

【図表3】ハリス副大統領とトランプ前大統領の政策比較(環境・エネルギー分野)

〈資料〉トランプ氏HP“Agenda47”、共和党政策綱領、民主党政策綱領、各種報道を基に日本総研作成
〈注〉アメリカ気候部隊はグリーンエネルギー・自然保護・気候レジリエンスに関する若者向けの職業訓練プログラム。

 第1に、トランプ氏は、パリ協定からの離脱を宣言し、途上国向けの資金支援を縮小するとみられる。米国が再びパリ協定から離脱すれば、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)やG7・G20などの国際交渉における合意形成は一段と困難になるだろう。加えて、途上国の気候変動対策を支援する「緑の気候基金(GCF)」への資金拠出を撤回することの影響も大きい。GCFが2024~2027年に拠出する予定額の国別構成比を見ると、米国は最大の資金拠出国である(図表4)。その穴埋めは容易ではなく、他の先進国の負担が大きくなったり、場合によっては途上国向け支援全体が滞ったりする恐れもある。

【図表4】緑の気候基金(GCF)の国別拠出表明額

〈資料〉Green Climate Fundを基に日本総研作成
〈注〉2024~27年の拠出予定額(第2次増資)

 第2に、バイデン政権下で強化された、自動車や火力発電所に対する環境規制が緩和される公算が大きい。自動車に対する環境規制の緩和がディスインセンティブとなってEV(電気自動車)などの普及が遅れれば、米国における最大のGHG(温室効果ガス)排出部門である輸送部門のGHG排出削減が停滞することになる。また、火力発電所に対する環境規制が緩和されれば、輸送部門に次いでGHG排出が多い発電部門でも排出削減ペースが鈍化すると考えられる。

 第3に、トランプ氏は、連邦政府によるエネルギー関連のインフラプロジェクトの承認を迅速化することで、化石燃料の増産を目指す方針を掲げている。化石燃料を増産すると、採掘などに伴うGHG排出量が増加する。さらに、前述のように自動車に対する環境規制が緩和される中、化石燃料の増産によってガソリン価格が下落することになれば、家計がEVよりもガソリン車を選好して輸送部門のGHG排出削減を停滞させる可能性もある。

 第4に、気候変動対策への大規模な財政支援を行うインフレ抑制法の修正も想定される。同法の修正には新たな立法が必要となる。米大統領選と同日に連邦議会選挙も行われるが、選挙分析サイトのクック・ポリティカル・リポートによる連邦議会選の情勢予測によれば、現時点では上下両院ともに共和党が優勢であり、立法に必要な過半数を確保できる可能性が高い。上下両院で共和党が過半数を取れば、トランプ氏が国民の雇用に悪影響が出ると考えている条文や、多額の財政支出を伴う条文などが修正対象となり、EVの購入や再生可能エネルギー発電・蓄電池の導入に対する税控除の縮小などが見込まれる。

ハリス当選でも共和党主導議会で政策停滞か

 トランプ氏とは対照的に、ハリス氏はバイデン政権の路線を引き継ぎ、積極的な気候変動対策を掲げている。8月下旬に開催された民主党大会で採択された政策綱領などによると、パリ協定などの国際連携を重視するほか、公的セクターにおけるクリーンエネルギーやEVの導入、建築物の省エネルギー化を進める方針だ(図表3、左)。さらに、石油・ガス企業への補助金を廃止する一方、インフレ抑制法を全面的に活用することに加え、気候変動関連の研究開発投資への支援を強化することなどを打ち出した。

 もっとも、ハリス氏が当選した場合でも、気候変動対策の円滑な推進は容易ではない。具体的には、(1)保護主義的な通商政策、(2)共和党議会による反対、(3)最高裁による司法審査――の3点がハリス政権の政策推進を阻む可能性がある。

 第1に、対中関税の引き上げといった保護主義的な通商政策は、気候変動対策に必要な資材などの調達を困難にする。バイデン政権は、5月にクリーンエネルギー関連の財輸入に関する対中関税の大幅な見直しを表明し、近日中に太陽電池・EV・EV向けのリチウムイオン電池などの関税を引き上げるほか、2026年1月からは天然黒鉛や永久磁石などの重要鉱物、EV向け以外のリチウムイオン電池についても引き上げを実施する予定だ。特に、2026年に関税が引き上げられる品目は中国依存度が高く(図表5)、こうした品目の代替調達が遅れると、米国における再エネ発電や蓄電池の導入が停滞する恐れがある。

 【図表5】米国の輸入額に占める中国のシェア

〈資料〉U.S.Census Bureauを基に日本総研作成
〈注〉2026年1月に関税引き上げ対象の品目。24年1~6月の輸入額に基づく。天然黒鉛はリチウムイオン電池、永久磁石は風力発電の部材などに使われる。

 第2に、共和党議会による反対も、ハリス政権の気候変動対策への逆風となる。例えば、GCFを通じた途上国向けの資金支援には議会の承認が必要となるが、今回の連邦議会選挙では共和党が過半数を確保する可能性が高く、ハリス政権がGCFへの拠出に関して議会の承認を得るハードルは高い。国内向け施策についても、石油・ガス企業への補助金廃止や気候変動関連の研究開発投資への支援強化などは予算上の措置が必要と考えられ、共和党主導の議会がこうした事項を含む予算案を承認する可能性は低い。

 第3に、連邦最高裁による司法審査も、ハリス政権の政策推進を阻む要因となり得る。EPA(環境保護庁)が環境規制を定める際の根拠法となる「大気浄化法」は、GHGを規制対象物質として明示しておらず、EPAがGHG排出規制の権限を持つかどうかは、これまで最高裁の判決に委ねられてきた。連邦最高裁の保守化が進む中、EPAの規制権限を制約する判決が足元で相次いでおり、最高裁の判断がハリス政権の気候変動対策に影響を及ぼす可能性も十分に考えられる。

「気候変動外交」で日本の役割を発揮せよ

 このように、米国の気候変動対策は、大統領選挙の結果によって大きく左右され得るだけに、今後、日本政府には以下のような取り組みが求められる。

 まず、米国の政策動向を踏まえつつ、わが国の脱炭素戦略を機動的に見直すことだ。トランプ政権となった場合でも、気候変動関連のあらゆる連携が難しくなるわけではなく、連携可能な分野を見極めることが重要となる。例えば、クリーン水素(再生可能エネルギーなどを用いて製造過程でも二酸化炭素を排出しない水素)の調達では、トランプ政権でも連携の余地がある。脱炭素化にあたり、日本はクリーン水素の多くを輸入に頼らざるを得ないと考えられ、同分野における米国との連携強化はわが国のエネルギー安全保障上も喫緊の課題だ。日本政府は、日系企業の米国進出を支援して米国におけるクリーン水素の生産能力を強化し、日本向けの輸出増加を後押しする必要がある。

 次に、途上国向け支援といった国際連携の強化も重要となる。とりわけ、トランプ政権となった場合、米国から途上国への支援が大幅に縮小され、途上国の脱炭素に向けた機運をそぐ可能性がある。また、ハリス政権となった場合でも、新興国への支援強化のハードルは高い。そのため、日本政府には、途上国に対する資金支援を強化するとともに、技術面や人材面も含めた多面的な支援を提供することが求められる。

 具体的には、前述のGCFへの資金拠出の拡大や脱炭素技術の提供のほか、途上国における脱炭素戦略や計画の策定・実施を担う人材育成への支援強化などが考えられる。こうした取り組みは、世界的な脱炭素の機運を維持・強化するだけでなく、日本の気候変動外交における「ソフトパワー」の向上にもつながるだろう。

 脱炭素の実現には数十年にわたる超長期の取り組みが必要である一方、米国の大統領選は4年に1度行われ、今後も折に触れて脱炭素にかかわる米国の政策が揺れ動く可能性がある。日本には、米国の政策動向に振り回されない強固な脱炭素推進に向けた仕組みづくりを関係諸国とともに進めると同時に、自国のソフトパワーの強化やエネルギー安全保障の確保を目指すしたたかな戦略が求められる。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 「ドリル、ベイビー、ドリル(掘って、掘って、掘りまくれ)」――。雇用創出へ米国の石油・天然ガス産業を後押しする狙いから、化石エネルギーの採掘をどんどん進めよと言い放つトランプ氏。石油・天然ガスプロジェクトへの制限のほか、排ガス規制やパリ協定といったバイデン政権の環境・エネルギー政策を自国産業や国益に寄与しないと真っ向から否定する。

 では、ハリス氏勝利でうまくいくかと言えばそれほど単純ではない。対中関税引き上げで資材調達が難しくなったり、共和党主導議会で政策推進が妨げられたりといった問題が生じかねないからだ。どちらに転んでも気候変動対策は一筋縄ではいかない。

 こうした中、筆者が指摘する日本の役割が注目される。クリーン水素における米国との連携や途上国向けの資金支援、脱炭素計画を担う人材の育成などの「気候変動外交」で世界的な脱炭素機運を維持・強化できるのではないか。時計の針を逆戻りさせないよう、日本の底力に期待したい。 (編集部)

栂野 裕貴

日本総合研究所調査部 研究員
2019年3月、東京大学法学部(政治コース)卒業。2021年3月、東京大学公共政策大学院修了。2021年4月より現職。注力テーマは米国経済・政治情勢、エネルギー政策。