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2024.09.06 外交・安全保障

台湾有事抑止で問われる日本の外交力 糸口として高まる日台交流窓口の存在感

末次 富美雄

 海上保安庁と台湾の海巡署(台湾海岸巡防署。海上保安庁に相当)は7月18日、千葉・房総半島沖で合同海難救助訓練を実施した。国交がない日本と台湾の海上保安機関が合同訓練を行った理由について、台湾海巡署は、日台の窓口機関が2017年に署名した覚書に基づく「実務協力」と説明している。他方で、真の狙いは、中国の強硬な海洋進出に対し、日台の連携を深めるためのものだとも指摘される。中国が台湾への圧力を強めつつある中、日台交流を深めることは台湾有事の抑止にもつながり得る。本稿では、日台交流を担う窓口機関が果たすべき役割について考えたい。

 日本は1972年の日中共同声明において、中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であることを承認した。このため、日本と中華民国(台湾)との間に正式な国交は存在しないが、「非政府間の実務関係」として維持されており、双方に窓口機関が設けられている。日本側は「公益財団法人日本台湾交流協会」(2017年5月「財団法人交流協会」から改名)、台湾側は「台湾日本関係協会」(2017年5月「亜東協会」から改名)だ。

乗り越えた蹉跌

 日台の交流を考える上で最も大きな障害は、尖閣諸島の領有権を巡る対立である。尖閣諸島は日本が施政権を行使しているが、台湾を含む中国人社会は「保釣運動」と称される領土返還運動を展開してきた。

 保釣運動の起源は、沖縄返還時の1972年に米国に留学中の台湾人学生が組織した運動にある。その後、台湾だけではなく、中国本土や香港にも同様の動きが拡大し、各地で組織化が進められた。1996年7月には華人による「華人保釣大聯盟」が結成された。海上保安庁のリポートによれば、同年以降、香港、台湾および中国本土の活動家が尖閣諸島領海に度々侵入し、上陸した活動家は逮捕の上、強制送還されている。

 尖閣を巡る情勢が緊迫化する中、台湾の馬英九総統(当時)は2012年8月、「東シナ海平和イニシアティブ」を公表。関係国が尖閣諸島の領有権を巡る対立を棚上げし、資源の共同開発と平和を実現することを提唱した。だが、その翌月の2012年9月、当時の野田佳彦政権は尖閣諸島を国有化した。中国に加え、台湾もこれに強く反発。同月下旬には、台湾漁船約50隻が海巡署所属船12隻に先導され、尖閣諸島領海に侵入した。海上保安庁巡視船と海巡署船舶は、尖閣諸島領海内において互いに放水し、日台間の緊張は高まった。

 この緊張緩和に一役買ったのが「交流協会」であった。

 2012年10月、当時の玄葉光一郎外相が交流協会を通じて「台湾の皆様へ」というメッセージを発表し、馬総統の「東シナ海平和イニシアティブ」への理解を示した。これに対し、馬政権は2013年2月に「釣魚台の争いにおいて中国と合作しない我が国の立場」という外交部声明文を公表。日本政府が危惧していた尖閣諸島問題を巡る中台共同を明確に否定した。日台はひとまず、尖閣諸島の領有権問題を棚上げ。周辺海域における漁業権を巡る協定である「日台漁業取決め」について交渉を行い、2013年4月、双方の交渉窓口代表が署名した。

 協定内容は北緯27度以南の海域(尖閣諸島領海を除く)における漁業を双方に認め、互いの法執行活動は、自国に所属する船舶に対してのみ行う内容だ。台湾漁民にとっては生計に関わる漁業権問題を解決するものではあるが、沖縄の漁民からすれば漁業権の侵害を甘受しろというものだ。日本政府としては、「尖閣諸島国有化に伴う中台共同」という最悪のシナリオを回避するための苦渋の決断であった。

 とはいえ、このような政治的決断を伴う交渉が実施できたのは、日台間に交渉窓口があったことに他ならない。

日台交流の枠組み

 双方の窓口機関の前身である「財団法人交流協会(日本側)」と「亜東協会(台湾側)」は2010年、交流強化に関する覚書を締結。相互交流を強化する項目を明記した。具体的には、(1)防災・災害復興、(2)国際犯罪対策、(3)出入国管理および密輸防止、(4)海上の安全・秩序維持、(5)貿易・経済に関する情報交換、(6)中小企業の協力促進、(7)気候変動や新エネルギー開発に係る協力――の7項目だ。今回実施された合同訓練は、上記(4)に基づき2017年12月に締結された「海難捜索救助分野の協力に関する覚書」による。

 今回の合同訓練を通じた海上協力の強化は、台湾問題の平和的解決の一助となることが期待できる。海難捜索救助には、船舶の運航を含む海洋状況の共有が不可欠である。こういった情報共有は、台湾有事シナリオにおいて最も蓋然性が高いとされる「台湾の隔離」、すなわち、台湾に向かう商船などの航行を妨害する海上勢力の情報を共有することにつながるからだ。

 台湾統一の野心を隠さない中国は、海上保安機関である海警の権限を拡大し、外国船舶に対する武器使用を認めるなど、海上勢力を増強している。こうした中、日台が海洋状況の情報共有を図ることは、中国が国際法に反する行動を起こしていないかを把握するだけでなく、海上における偽情報の拡散など「認知戦」の備えにもなる。さらには、台湾への物資支援を行う上で重要な情報になり得るのだ。

日台交流窓口機関が果たすべき役割

 今回の日台合同訓練に対し、中国外務省・副報道官は7月19日の記者会見で、「強烈な不満と断固とした反対」を表明。台湾を国内問題と位置付ける中国としては、日台公的機関の交流に反対するのは当然のことである。注目すべきことは、公式発表ではないものの、今回初めて訓練を行ったことが明らかになったことだ。日本国内の報道を見ると、「日台双方の政府筋が明らかした」とされており、日台合意の上でのリークであった可能性が高い。

 海上保安庁は、昨年はフィリピン近海で日米比三カ国の海上保安機関による合同訓練を、今年5月には日本海において日米韓三カ国の海上保安機関の合同訓練を実施している。今回、日台の合同訓練が明らかになった背景には、日米を中心とする海上保安機関の協力体制が西太平洋で広がりつつあることを中国に示す意図があったとみられる。そして、中国が企図する台湾の「隔離」や「経済封鎖」に対抗する関係国の協力が進んでいることをアピールし、中国の行動を抑止する目的があったと考えられる。

 日本の安全保障にも台湾海峡の安定は不可欠だ。7月28日行われた日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)においても、台湾海峡の平和と安定の維持が、国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素であるとの認識で一致している。

 日米ともに台湾との国交は存在しない。米国は「台湾関係法」(台湾への防衛的武器供与などを定めた米国内法)に基づき台湾の抑止能力向上に努めているが、日本は台湾海峡の平和的解決を図るための梃となる公的手段が存在しない。

 そのような中で、日台の窓口機関が文化・経済的交流の枠組み内で、日台交流を深化させるとともに、協力範囲を拡大しつつあることを高く評価すべきであろう。外交上「一つの中国」の原則から大きく逸脱する事は困難であるが、中国との摩擦を最低限に抑えつつ、台湾有事を抑止するために何ができるかを模索するしたたかな外交が日本に求められている。裏を返せば、それだけ台湾情勢が緊迫しつつあるという危機感を持つ必要がある。

写真:ZUMA Press/アフロ

地経学の視点

 日本と台湾の合同海難救助訓練から見えてきたのは、台湾有事を含めた中国の海洋進出に対する日台双方の危機感だ。かつて、安倍晋三元首相は「台湾有事は日本有事」と主張した。有事が起これば、日本の海上交通に大きな影響を及ぼす可能性があり、われわれも他人事として見て見ぬふりをすることはできない。

 一方、日中国交正常化以降、正式な国交を持ち続ける中国との関係も無視できない。中国は今や大国に成長し、経済面から言っても切り離すことのできない存在となった。台湾への軍事的圧力に対しては毅然とした態度を維持しつつも、可能な限り台湾侵攻を未然に防ぐ外交努力が日本には求められる。

 とは言え、米国の「台湾関係法」に当たるような法律がない日本にとっては簡単なことではない。そもそも、記事で紹介されているような窓口があること自体も一般には知られていない。ことさらに、危機感をあおる必要性はないが、こうした現実を国民が知ることから始めなければならない。官民両面からの日台関係深化が求められる。(編集部)

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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