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2024.09.02 外交・安全保障

安達・前防衛装備庁技術顧問が語る 防衛技術戦略の未来予想図

実業之日本フォーラム編集部

 防衛装備庁が国の防衛力強化に必要な技術分野などをまとめた「防衛技術指針2023」。2022年12月に策定した「国家安全保障戦略」など安保3文書で示した方針を具体化したものだ。日本を守り抜く上で重要な無人機やサイバー防御など12の技術分野を提示し、その一部を5年または10年以内に装備することを明記。また、防衛に変革をもたらす「防衛イノベーション」で、将来にわたる技術的優位の確保を狙う。ウクライナや中東など世界各地で紛争が相次ぐ中、日本の安全保障や防衛力の重要性がより高まっている。そこで、前防衛装備庁技術顧問の安達孝昭氏に防衛技術指針の解説を通じて防衛装備戦略の現状と未来について語ってもらった。

※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容をもとに構成しました。(構成:一戸潔=実業之日本フォーラム副編集長)

ゲームチェンジャーとなり得る技術を実装

 防衛技術指針2023では、ゲームチェンジャーとなり得る装備品をいかに創製していくかがが重要であると明記しています。そのカギを握るのが「予算」「組織」「人員」の3要素です。

 3要素のうち、まず「予算」については、防衛予算が「GDP1%枠」から2%に増枠されたので、防衛装備庁が執行する予算もかなり増えています。

 次に、「組織」も増強されています。これは2015年に防衛装備庁が新設されたことが大きいと思います。その母体の防衛省技術研究本部は、防衛省の研究職と技術を担当する陸海空の自衛官で構成されていましたが、実際の装備品の取得や産業基盤の強靭化といった装備政策は別部門にありました。

 この点、防衛装備庁は、防衛省技術研究本部をベースに、内局の経理装備局の装備政策グループ、陸・海・空自の要求を取りまとめて研究開発を進めていた陸・海・空幕の技術部門を集約し、装備政策と実際の研究開発の全体を責任と権限を持って取り仕切ることができる組織となりました。

 例えば、フランスであれば国防装備庁(DGA)、英国であれば安全保障機構(DSO)など、欧米にも日本の防衛装備庁と同様に装備政策もしくは具体的な研究開発を一元管理する組織があるので、2カ国間あるいは多国間での共同研究や技術情報の交換ができるようになりました。さらに、国内でも海洋開発機構(JAMSTEC)や宇宙開発機構(JAXA)などとの人材交流がとても円滑に進むようになったため、組織体制は強化されていると言えます。

 ただ、「人員」については、人材不足の問題があります。防衛装備庁は約2100人の職員(事務官・技官約1700人、自衛官約400人。2024年7月時点)を擁する大きな組織ですが、防衛技術指針に記載されていることを全て遂行するには、質・量ともにまだまだ不十分であると感じています。

防衛費使い残しの陰でリスク負う民間企業

 政府は7月、2023年度予算に計上した防衛費を巡り、使い残しが約1300億円に上ることを明らかにしました。例えれば、非常に能力の高い戦闘艦艇1隻分が国庫に返納されたことになりますが、苦労して予算を確保したにもかかわらず、忸怩(じくじ)たるものがあったと思います。

 使い残しの背景には、防衛装備庁における契約の仕方や会計業務の能力の問題というより、受注する国内企業の事情があると思います。例えば、同庁が調達品を従来の2~3倍に増やして要求しても、受注企業が急に生産ラインを拡大するのは困難です。海外企業の場合も防衛装備庁の要求に応じて、日本供給分だけ急に増産するわけにもいきません。私は、急激な予算増と、それに伴う発注増に対して国内外企業の受注体制が整っていないと評価しています。

 防衛技術指針ではゲームチェンジャーとなり得る技術の実装化を掲げていますが、民間側が長期間の研究に伴うリスクを負いきれないという指摘もあります。実は、防衛省の定義による「研究開発」とは、あることを達成するために生じる技術的な課題を解決できるかどうか、その手法を検証するのが「技術研究」。そこで技術的な課題がクリアできると分かったら、それを組み込んで装備品として評価するのが「技術開発」となります。そこで使えると判断されてようやく量産化もしくは装備品になるというステップを踏んでいくわけです。

 問題の根本には、予算の厳しさ以上に研究開発の失敗を許さない国民性があるのではないかと思っています。本来は、開発期限と要求性能の両方を満たして成功となりますが、日本人の感覚では中断や失敗は絶対避けたいので、多少時間がかかっても要求される性能で完成させることに重点を置き、それが評価されるのです。

 一方、企業側は研究段階で予想以上の技術的な課題に直面し、例えば、当初計画2年が3年に延びた場合に、総予算は決まっているので延長分のお金は持ち出しになる可能性があります。さらに研究が遅れ、開発も後ろ倒しになると、赤字がかさみます。それでも続けるのは、量産化して装備品として全ての艦艇に搭載されることが決まると、40~50隻が対象となり、赤字を埋めて利益に転じるのではないかと期待するからです。こうしたことが民間企業にリスクを背負わせているのかもしれません。

 これを解消するには、先ほどの裏返しです。目標とする性能と設定期間内での達成を「成功」とし、5年の目標に6年かかれば「失敗」とするような評価の仕方を取り入れるべきです。つまり、技術研究に2年をかける予定が4年に延びると予想されれば、技術開発に進まず中止するという考え方で、これは米国での研究開発では当然のように行われていました。

自由度高い研究開発へ日本版DARPA発足

 米国には、ゲームチェンジャーとなり得る技術を生み出してきた国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)のほか、同省がシリコンバレーに拠点を置く国防イノベーションユニット(DIU)があります。DIUは、ユニークな民間技術の発掘や軍用への技術移転といった役割を担っています。

 防衛省は10月にDARPAを参考にした「防衛イノベーション技術研究所」(略称=イノベーション研究所)を立ち上げます。人員は100人規模で、うち半数は防衛省以外から登用されると言われています。既存の組織で研究する際には、室長から部長、部長から研究所長へと報告が行われ、途中で強いフィルターをかけることで、どうしても確実に達成できる安全策に進んでしまう傾向が強いと思います。

 しかし、DARPAやDIUでは、そのプログラム全体の責任を負うプログラムマネージャーが全ての責任と権限を持っています。もちろん、組織のトップが全体の中での優先度を判断するところはありますが、決められた時間と必要な予算の範囲内であれば自由度を与えて任せるというやり方がDARPAやDIUの成功の秘訣だと感じています。

 防衛省が従来の組織の中でDARPAやDIUのような手法を取り入れようとすると極めて窮屈になるので、既存の枠から離れて円滑に進める狙いから、イノベーション研究所の設立を決めたと思います。先進的な技術について、テーマごとにプロジェクトチームを編成し、チームごとに技術研究開発を推進していく流れになるでしょう。

省庁間横断連携で防衛イノベーション促進

 「イノベーション」の定義について、ある論文では「ニューコンビネーション」と説明されていました。ニューコンビネーションとは、新しい組み合わせによってさらに革新的なものが生まれることを意味しています。私が学生だった頃、「境界領域」というのがブームになったことがあります。例えば、物理と化学の境界領域が「物理化学」。生物と化学の境界領域が「生物化学」。常識的な理屈を別な分野に持ち込むことで革新的な創造につながる可能性を示しています。

 イノベーション研究所も防衛省だけでは、防衛関連企業だけが集まり、いろいろなアイデアを出しても、革新的なものはなかなか生み出しにくいだろうと思います。米国ではDARPAやDIU以外に、日本でいう国土交通省や農林水産省、厚生労働省など11省庁が同様にイノベーションのプログラムを持ち、その情報を共有して立ち上げています。日本はイノベーション研究所だけが注目されていますが、内閣府が中央のイノベーション戦略を描き、各省庁に、イノベーションのプログラムを持つように推奨しています。今のところ、防衛省のほか経済産業省や厚労省を含む8省庁が対応しているようです。

 防衛省が将来の防衛分野に生かせそうな基礎研究を募集し、研究委託する「安全保障技術研究推進制度」が2015年度から始まり、特許出願が増えるなど成果も表れています。また、同制度を利用して防衛装備庁の研究発表会に参加する企業は非常にユニークな技術を紹介しており、装備品の高性能化につながる可能性を感じました。できれば研究費の増額や期間の延長などに取り組み、各省庁が持つ中央のイノベーション戦略にうまく結びつけることができれば、さらなる成果が期待できます。

DICAS巡る日米の役割分担は国益の観点で判断

 日米両政府は6月に「日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議」(DICAS)の初会合を開きました。DICASの枠組みには、装備品の共同開発や共同生産、F-35のメンテナンス、米軍艦艇の整備などが入っています。

 私が防衛装備庁に在籍した当時、対外有償軍事援助(FMS)を活用して、米国から導入したミサイルを日本国内の企業に整備してもらおうと思いましたが、回答のほとんどが「ノー」でした。米国も国内企業を維持していく必要があるからで、日本に整備を任せるわけにはいかないという判断でした。

 しかし、現在の米国は、ミサイルの整備に時間を割くよりも、むしろ不足しているミサイルを製造する方にマンパワーを割くべきだと考えているようです。艦艇についても整備は日本に任せて、その分のマンパワーを新しい艦艇や潜水艦の建造に振り向ける方が米国の国益につながると判断したのでしょう。

 全体的に見ると、日米の安全保障上の利益になるとは思いますが、日本の造船業も厳しくなり、例えば、昔は護衛艦の建造所として5社ありましたが、今では2社に減りました。人手不足の問題もありますので、米国との役割分担が行き過ぎると本来の日本の防衛力整備に遅れる可能性もあります。このため、わが国の国益の観点での判断が必要かと思います。


安達 孝昭:前防衛装備庁技術顧問
1978年東北大学大学院修了後、海上自衛隊に入隊。海上幕僚監部(海幕)武器課長、補給本部副本部長、海幕技術部長、技術研究本部開発官などを経て退官後、NEC顧問、防衛装備庁技術顧問、東陽テクニカ顧問。

地経学の視点

 防衛省は7月に特定秘密の情報や潜水手当の受給などで違反や不正があったとして、事務次官や自衛隊制服組トップを含む総勢218人を処分。国の安全保障を担う自衛隊の不祥事は国民にも大きな衝撃を与えた。

 中国の強硬な海洋進出や北朝鮮のミサイル能力向上など日本を取り巻く安全保障環境が一段と厳しさを増す中、防衛省予算は2024~2027年度の5年間で43兆円を確保している。従来の1.6倍の大幅増額で、防衛費はGDP (国内総生産)比で2%を超えて増やしていく方針だ。

 今回の防衛省・自衛隊の不祥事は「防衛費を増やしても、それに見合った使われ方がなされるのか」と国民から強い疑念を招きかねない。安達氏は、ゲームチェンジャーとなり得る装備の実装には「予算」「組織」「人員」がカギであり、「人員」以外は強化されていると評価したが、「組織」の在り方についても見直さざるを得ない。日本の防衛戦略の実効性を高めるためにも、国民に防衛費の重要性や資金使途の透明性に関して理解を求める不断の努力が必要になるだろう。(編集部)

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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