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2024.07.23 外交・安全保障

台湾から見た「トランプ・リスク」、大統領選討論会で募る不安

沈 明室

 6月に行われた米国大統領選挙のテレビ討論会に言及する本原稿は、7月22日にジョー・バイデン大統領が撤退表明する前に編集部に届いたもので、ドナルド・トランプ前大統領と戦う後任にはカマラ・ハリス副大統領が有力視されており、その点では時期を逸した。しかし、台湾の国防系シンクタンクの副執行長として籍を置く沈明室氏が執筆した本原稿は、台湾の視点から「トランプ・リスク」についても的確に指摘し、示唆に富むことから掲載することにした。(編集部)

 民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の因縁の対決――。米大統領選のテレビ討論会で4年ぶりに実現した。事実と異なる内容があったものの自信を持って発言するトランプ氏と、声がかすれ沈黙や言い間違いもあってパフォーマンスが不調だったバイデン氏ではトランプ氏に軍配が上がったようだ。台湾国防安全研究院の副執行長兼国家安全研究所所長を務める筆者が討論会を評価し、米国や台湾の将来を読み解く。

両候補者とも互いの弱点を攻撃

 2024年の米大統領選のテレビ討論会は1960年以来最も早期に行われ、大統領討論委員会によって主導されない初の討論会である。こうした変化は、前回の討論会に対するバイデン陣営の批判から生じたもので、伝統的な討論形式が硬直的で、有権者のニーズをタイムリーに反映していないと考えられていた。また、トランプ氏はこの討論会を通じて長引く裁判の制約から早く解放されることを望んでいる。今回はCNNが主催し、両陣営とも有権者のニーズに応えている。

 当然、早期に討論を行うことは、有権者が候補者をよりよく知るのに役立つ。特に、現職大統領と前大統領との間の歴史的な恨みと論争に疲れた有権者にとって、早期に候補者同士の直接対決をアレンジすることは必要である。世論調査で両陣営の差が接近しているため、双方とも討論を通じて良いパフォーマンスを示し、支持の差を広げたいと考えただろう。

 両陣営が重要な問題について個人的な見解を示し、互いの違いを強調するのは当然のこと。双方は相手の致命的な欠点を指摘した。例えば、トランプ氏はバイデン氏の年齢や言い間違いによる混乱、バイデン氏の息子ハンターの刑事事件、米国経済のインフレを攻撃した。バイデン氏はトランプ氏の性犯罪の隠蔽、取引に関する虚偽の陳述、議会暴動の扇動の責任、多くの嘘を攻撃した。しかし、これらの欠点は既に周知の事実であり、新しい支持者を得るための新たな効果を生むのは難しい。

 言葉の表現と緊急対応の面では、バイデン氏はやや劣る。彼はどもったり声がかすれたり、パフォーマンスデータについて誤った発言をしたりして、多くの失点を招いた。したがって、討論後の世論調査でトランプの勝利が支持につながるかどうかはまだ分からない。しかし、討論会でのバイデン氏のパフォーマンスは民主党勝利への自信を揺るがし、バイデン氏自身の自信も損なった。

ウクライナ支援やNATO協力の行方

 討論前にバイデン氏がスタッフと共にキャンプデービッドで準備や練習を行っていたことから、バイデン氏はトランプ氏との最初の対決が双方にとって大きな意味を持つと考えていたことが分かる。トランプ氏の普段の雄弁なスタイルは十分に発揮されたが、理性的な有権者の支持を得るかは不明である。一方、バイデン氏の理性的な政策スタイルと統治において大きなミスがないことは安定した支持を得ることにつながっているが、全体的な世論調査の結果はトランプ氏とそれほど差がない。そのため、バイデン氏はより積極的に政策の成果を強調する必要がある。彼は比較的冷静で、トランプ氏を批判し攻撃することが少ないが、過去のキャンペーン活動で言葉の混乱や忘れっぽさは有権者に高齢問題を常に思い出させてしまう。

 トランプ氏は今後もこの問題を攻撃し続けるだろう。バイデン氏が今後もその場での反応が悪かったり間違ったことを言ったりすると、年齢と結びつけられてしまい、より多くの損失を被るだろう。トランプ氏の辛辣なスタイルは話しすぎる傾向が強いだけであり、言葉を忘れることはない。このようなパフォーマンスは年齢を感じさせない。

 一般的に、バイデン氏が大統領選挙に勝利した場合、現在の外交および軍事政策は継続するだろう。これにはウクライナへの支援、中東でのイスラエルの戦争拡大への反対、台湾海峡での中国の侵略の抑止と対話を通じた紛争の軽減、そして同盟国(日本、韓国、フィリピン)への支援が含まれる。バイデン氏は多国間主義を継続し、北大西洋条約機構(NATO)や国連などの国際組織と協力するだろうとも考えられている。

 バイデン氏の台湾に対する約束と保証は続くだろう。彼が5回の約束をした後、大きな変化がない限り政策を急に変更することはないだろう。ロシア・ウクライナ戦争の戦場状況、中東でのハマスとイスラエルとの軍事衝突、インド太平洋地域の第一列島線の状況に大きな変化が生じ、バイデン氏がそれを抑制または対処できない場合、それが同氏の選挙に影響し、関連政策も調整されるかもしれないことに注意が必要である。

トランプ再選で米台関係強化なるか

 トランプ氏については、彼の予測不能な性格のため、NATOや同盟国が米国の軍事作戦の費用を負担することを積極的に求めているため、トランプ氏が大統領に返り咲いた後の予測不能な未来に不安を抱いている。彼が権力を握った後、多くの政策は持続せず、動的な変化が生じる可能性があり、過去の原則や立場を放棄する可能性もある。トランプ氏の選挙は米国第一主義を徹底し、国際協力を弱める可能性がある。例えば、再び「パリ協定」からの脱退を宣言し、貿易保護主義を強化するかもしれない。

 トランプ政権がウクライナへの援助を削減したり、NATOがウクライナ問題を引き受けるよう求めると、ウクライナに大きな影響を与えるだろう。ウクライナが米国の支援を失った場合、NATO諸国はウクライナ戦争の後方支援と戦後復興の義務を単独で負うことになる。これは、トランプ氏がウクライナ戦争に対する明確な政策計画を発表するまで続く。

 中東問題で言えば、イスラエルはトランプ氏の当選を望んでいる。同氏はイスラエルを強力に支持し、以前には米国大使館をエルサレムに移転した。しかし、ウクライナ戦争と台湾海峡問題の二重の圧力の下、トランプ氏や共和党は米国軍が中東で困難に直面し、ロシアがウクライナで利益を得ることや、中国が台湾海峡で圧力を強めることも望まないだろう。

 一部の米国の学者は、トランプ氏がロシアのウラジミール・プーチン大統領、北朝鮮の金正恩総書記、中国の習近平国家主席のような独裁者との友好関係構築を好み、彼らに影響されやすいか、さまざまな利益の交換に関与することがあると考えている。これは一部の米国の同盟国にとっても懸念事項である。トランプ氏は中台問題について意図的に曖昧にしているのは、曖昧さを利用して米国の利益を得るためである。もしそのような政策が台湾に影響を与える場合、それは災難となるが、米国と台湾の共通の利益であるならば米台関係はさらに強化されるだろう。

写真:ロイター/アフロ

地経学の視点

 テレビ討論会後に事態が急変した。暗殺未遂に遭ったトランプ氏が共和党大会で自身のタフネスと共和党の一致団結ぶりを強烈にアピールし、副大統領にはトランプ氏以上に自国第一主義とされるバンス氏を選出。一方のバイデン氏は大統領戦の撤退を表明した。

 トランプ再選でアメリカ・ファースト政策がより強化され、ウクライナ支援やNATO連携など外交・軍事政策が悪い方向に覆ることが懸念される。逆にロシアや北朝鮮などの反西側陣営はトランプ政権を待ち望んでいることだろう。

 中国による台湾有事に備えるにしても米軍なくしては語れない。大統領選の結果が米台関係はもちろん、安全保障条約を結ぶ日米関係にどのような影響を及ぼすのか。ここで地政学リスクが顕在化するようなことがあれば西側陣営と反西側陣営の勢力図が変わりかねない。

沈 明室

台湾国防安全研究院 副執行長兼国家安全研究所所長
台湾国防大学で政治学博士号を取得し、2021年より現職。淡江大学国際事務與戦略研究所准教授も兼任。元台湾国防大学戦略研究所所長で、人民解放軍の研究などを行う。