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2024.06.19 経済金融

ビッグテックすら手なずけるEUデジタル規制、欧州パワーの源泉と限界を探る

臼井 陽一郎

 デジタルエコノミーに賭けるEU(欧州連合)の意気込みには、並々ならぬものがある。その育成は、グリーンエコノミーと並んでEUの目標の一つに位置付けられる。

 しかし、グローバル・デジタル空間を支配するのは、米国(Alphabet、Amazon、Apple、Meta、Microsoft)や、中国(Alibaba、ByteDance、Meituan、Pinduoduo、Temu、Tencent)のビッグテックである。

  世界のAI事業をもリードし、中小国なら圧倒してしまう規模と実力を持ち合わせたビッグテックにどう対峙すべきか——。EUが武器としたのは「規制」である。グリーン転換とデジタル転換を同時に進め、欧州ルールをグローバルスタンダードにしようとするEUの狙いは、同じくグリーンとデジタルで成長戦略を描く日本にとっても重要だ。EUの規制のあり方をひもときながら、グローバル社会を生き抜く方途として日本にEUとの協働という選択肢があり得るか、考えてみたい。

 「ポスト・ポスト冷戦」とも呼ばれる地経的せめぎ合いの時代にあっても、人間の尊厳、環境正義、公正社会を全面に打ち出すEU規制は、世界中に影響を与えている。ウクライナ戦争において欧州がロシアを強く非難し、制裁を課していることに比して、ガザの殺戮ではEUは無力ぶりをさらす。そうしたダブルスタンダードにもかかわらず、人間の「価値」についてのEUの世界的プレゼンスは、依然として大きい。図1のように、EUは法的拘束力ある規制により、「価値」をグローバルに浸透させようとしている。

【図1】EUの「価値」に係る規制の例(【】は法規制の名称)

(1) サプライチェーンの全プロセスにわたり、人権(とくに子ども)の権利が守られない生産工程があれば、その工程がEU域外にあっても、その製品はマーケットから排除する【人権・環境デューディリジェンス指令(採択最終段階)】
(2) 生産工程全体のどこであれ、二酸化炭素を排出すればその分のコスト負担を要求する
【炭素国境調整メカニズム】
(3)海洋生物の汚染を防ぎ人間の健康を守るため、プラスチック製品はその存在を許さない【包装・包装廃棄物規則(採択最終段階)】
(4)ファストファッションも電子機器も「完全」なるリサイクルを強制する【エコデザイン規制およびWEEE(電気電子廃棄物)指令】
(5)動物実験は制限されねばならず、家畜の飼育や輸送にはゆったりとくつろげる空間を要求する【EU化粧品規則(動物実験禁止規定)および移動中動物保護規則】
(6)社会インフラに重要な業種では大企業の支配的地位は絶対に許さない【EU企業集中規則】
(7)森林破壊をもたらす製品は市場から追放する【森林破壊防止規則】
(8)金融機関に投資先が持続可能な発展を損なわなかったかどうかの情報開示を求める【金融機関サステナビリティー開示規則】
(出所)筆者作成

 他に先駆け形成された「価値」に係る一連の法文書は、日本を含む他国の官僚にも参照される。脱炭素に向けた二酸化炭素の排出権取引も、排出炭素に値付けするカーボンプライシングも、後述のデータ保護もデータ取引も、EUの先例が有効なモデルとして検討されている。27の主権国家が合意して作り出す規制が、域外の国家・企業に影響を与えている。

 EUの規制は規範に基づいていると言われる。経済は弱肉強食の競争であってはならず、人間の尊厳をベースにした価値に方向付けられるべきだとするEUの規範・理念は、ネオリベラリズムとは異なるコスモポリタニズムの世界を志向しているようにさえ見える。

 一方、EUは先進27カ国の連合体とはいえ、経済規模で米中をしのぐわけではないし、正義の担い手でもない。なぜこのような「キレイゴト」が一定の力を持つのだろうか。そこには、規範を利用したEUなりの計算がある。

ビッグテックを「狙い撃ち」する2つの法律

 最近のEUの規制でメディアを賑わせているのが、デジタル社会を規制するデジタルサービス法(DSA)とデジタルマーケット法(DMA)である。

 DSAでは、ビッグテックに対して、個人情報の保護、誹謗中傷等のヘイト、偽情報(による選挙への介入)の取り締まりが義務付けられる。またDMAでは、中小業者や新興企業がデジタル・プラットフォームから閉め出されないよう、ビッグテックが「名指し」され、これまでに作り上げてきたマーケットを開放するよう強制される。目的は独占禁止だが、事後的規制の競争政策とは違って、あらかじめ予防的に経営のあり方の変更が強制される(事前規制)。EUの2つのデジタル法は、「国家の公的機能」であるはずの人権保護や公正市場の実現を、「EU域外企業の責任」へと転嫁してしまう。

 EUが実施しているのは域外企業への事実上の強制だが、これは今回のデジタル2法が初めてではない。例えば化学物質に関するREACH規則は、原則として企業が自ら使用化学物質の安全性を証明し、指定のデータベースに登録しなければならない。デジタル2法同様、責任の所在は行政ではなく企業に置かれる。EUは民間企業に公的使命を与えるかのような構えを取るのである。

 DSAでは、国連で採択された規範とEU自身の基本権が規制の根拠とされる(図2左)。事業者は、図2右に示す犯罪的行為に対する「予防」が、法的義務として指示される。この予防を適切に実施しない企業には、EUの行政当局・欧州委員会は法的義務の不履行を認定し、当該企業に罰金を科す。本来は加盟国の代理機関に過ぎないはずの欧州委員会に、独占的監督権が付与される(しかもその摘発のための活動は、通報制度と専門機関によって補完される)。

【図2】DSAと人権規範:事業者の義務

(出所)Regulation (EU) 2022/2065より筆者作成

 一方、DMAは、事業活動の自由、競争可能性、公正さが基本の価値とされる(図3)が、目的は「ビッグテックによる力の乱用から欧州企業を守ること」だ。不正を犯したわけでもないのに、特定企業が公正な市場競争を保障する義務を負わされる。そこには、「政治権力が経済権力に規律を与えるべきであり、そのためには規制監督者が強い権限を持つべきであり、その強い権限が適切であるためには、超国家機関が規制監督者を務めねばならない」という思想が存在する。

【図3】DMAの人権規範・思想的背景(左)と規制対象(右)

(出所)REGULATION(EU)2022/1925およびCOM(2024)106finalを基に筆者作成。「DMA制度設計の思想」は筆者による
(注)「ゲートキーパー」とは、事業主の参入をコントロールできるほどの市場支配力を持ったプラットフォーム事業者を指す

 もちろん、EUが進めるのは規制だけではない。直接的には米中のビッグテックを狙ったDSA・DMAは、半導体・通信インフラ・AI開発・異分野データ共有というハード・ソフト両面の産業政策の中に位置付けられ、米中には及ばないものの、かなりの額の補助金が用意されている。DSA・DMAを通じて「域外への牽制と域内の環境作り」をすることがEUのリアルな姿である。

EU規制の「強さ」を裏付ける4要因

 欧州が国際競争で生き残るためには、規制だけでなくEUマネーの増大が重要だという声もある。フランスのマクロン大統領がその代表だ。しかし、ドイツをはじめ倹約国家とも呼ばれるオランダ、オーストリア、フィンランド、スウェーデンがEU独自予算の増大を許さない。結局、EUは規制を武器にするしかない。では、武器になるほどの規制の影響力はなぜ生じるのか。要因として次の4点を挙げられる[1]

 第一に、加盟国法に優越するEU法の存在を挙げられる。EUには「ユーロリーガリズム」とも呼ばれる法至上主義の考え方が根づいており、EU法を履行しない場合、EU司法裁判所の判断の下、加盟国に罰金が科せられる。加盟国の行政システムをフルに利用しつつ、加盟国法より上位にあるEU法秩序がEU規制の土台だ。通常の国際法にはない具体性と浸透力が、EU規制には備わる。

 第二に、理論構成の巧みさがある。EU規制の土台となるEU法の立法過程では、各国官僚のみならず、業界団体やNGOも含め全当事者によって協議が行われる。また、EU法を加盟国で実施する各国官僚が、提案者の欧州委員会との間で、恒常的な議論・情報共有の機会を持つ(コミトロジー)。EU規制はこうしたプロセスを通じて、徹底的に理論武装されていく。

 第三に、規制の根拠に人間の尊厳をはじめとした普遍的価値を置くことだ。民主的文明国家の使命とも言うべき価値実現の一環だという論理が、国際社会で一応の説得力を持つ。企業にとっては普遍的価値の順守状況は評判・名声に関わるし、各国政府も「普遍的価値の破壊を放置している」という指摘を受けるわけにはいかない。この点に注目したのが、イアン・マナーズが唱えた「規範パワー論」である。軍事や経済だけが国際政治のパワーの源ではなく、価値もまた一定の影響力を持つという研究がなされてきた[2]

 最後に、EUの市場規模の量的大きさと規制の質の高さが挙げられる。これは「ブリュッセル効果」と呼ばれる現象で、欧州の市場規模や規制設定能力、厳しい規制レベルが土台となり、域外のどの生産地でも、生産工程のどの段階でも、EU規制を受け入れざるを得ない事態を指す。「EU規制の事実上の域外強制適用」を意味し、EU法学にとって重要な学説となっている[3]

「価値」を振りかざすEU、日本は連携できるか

 EUの規制力が、あらゆる分野で米中という二大国に勝っているわけではないが、グローバルスタンダードを巡る競争で一定の力を発揮してきたことは確かだ。各国政府や企業がブリュッセル効果から逃れようとしても、人間の尊厳・環境の正義・公正な社会・ジェンダー平等といった普遍的価値を無視できないのである。

 一方で限界もある。あくまでEU当局は規制主体であって、産業の育成者ではない。最近では、EU域内の産業育成へ向けた取り組みを進めるべきだという声もある。だが、域内の産業育成のためにEUが財政を拡大し、特定国の特定企業にテコ入れしようとしても、どの国のどの企業にEUが支援すべきか、話がまとまるとは思えない。EUにとっては「規制主体であり続けること」が重要なのである。

 ここで考えるべきは、日本にとってのEUの重要性である。日本は、開放的な市場資本主義を支えるリベラル国際秩序にあって初めて生き残ることができる。普遍的価値の実現という目的を組み込んだ規制により弱肉強食のつぶし合いを防ぎ、公正な競争環境を実現しようとするEU路線は、日本にとっても重要だ。しかし連携に当たっては、EUについての理解を深めておく必要がある。

 EUにとって、規制主体であり続けることと、「普遍的」価値を主張していくことは、コインの裏表の関係にある。そこには、かつてのコロニアリズム(植民地主義)の名残りすら感じられる。「欧州は文明を広める使命がある」という高圧的とも思える自己理解だ。実際、EUの世界戦略に関わる文書には、欧州の価値の実現が含意されている。

 DMAやDSAに見られるように、普遍的価値の実現という使命を担うEUの権力性は極めて強い。民間の経済主体を価値実現の主体へと変換させるのが、EUのやり方だ。EUでは、企業が育つのは自らの力に拠るのが望ましい。国家の補助金ではなく、国際資本市場から自ら調達できる力を身につけなければならない。そのための「正しい」競争環境の構築が、EU規制に込められた意味であり、企業の自立的な行動には、人権・環境・社会・ジェンダーの価値が組み込まれなければならない。

 EUの規制の思想は、地経学的影響も及ぼす。例えばデジタル経済において、EUはデータという財の重要性に気付き、EU価値規範を受容する国家との間でのみ、データの移転を許可する方向を目指している(図4)。これは、リベラル国家と非リベラル国家の区別にも帰結し得るし、米国や英国といった「非EU的なリベラル国家」に対する牽制にもなるだろう。

【図4】欧州委員会データ移転承認国

(出所)COM(2024)7 finalより筆者作成

 以上のように、EUの規制には「国家の補助金に頼らない企業」+「国家間の補助金競争を防ぐ規制」という市場政策と、「リベラルEUの価値連合構築」という地経学的狙いが体現されている。しかし、先行きは不透明だ。EUの規制がグローバルに浸透し、公正な市場環境の中で各国企業のイノベーションが促されていくのか。それとも、超大国の補助金競争が加速し、地経学的な国家間対立が激しさを増し、米中ビッグテックが(自国政府に逆らわない限りにおいて)グローバルな市場支配を強化していくことになるのか——。

 日本にとって、前者が望ましいことは間違いない。EUにとっても、日本という「味方」と手を組むことが重要な選択肢となる。2019年に日本がEUと締結したEPA(経済連携協定)とSPA(戦略的パートナシップ協定)は、両者が共に進んでいく土台にもなり得る。

 6月に入って、経済産業省と欧州委員会が、水素関連の国際規格作りで日EU協力を進めるという報道があった(6月2日付日本経済新聞)。水素に限らず、グローバルスタンダードへの協働として、日本がEUと共同で規制を立案し、国際規格の獲得を図ることは望ましい。

 EUが掲げる価値は、日本にとっても必要な価値である。ただし、価値を志向するEU規制は、EU財政において予算の大幅拡充が達成されたとき、あるいは加盟各国の補助金が「公正競争重視」というEUの制約から解き放たれたとき、「EU経済優先」から「加盟各国経済優先」へとシフトしてしまう可能性は否定できない。EUは、規制を武器として利用するために普遍的価値を裏付けにした側面もあるからだ。EUと加盟各国の力関係が変化すれば、日本は足元をすくわれかねない。

 それでも、EUの普遍的価値志向の規制が、国際秩序の維持を担っていることには意義がある。米大統領選においてトランプ氏再選となれば、保護主義的な流れが強まり、世界で地経学的緊張が高まるだろう。その歯止めとなり得る「EU路線」を日本が支えることもまた、実利と理念の両面で意義がある。高い技術、高い行政能力を保持した日EUの共同歩調を期待したい。

写真:AP/アフロ


[1] 遠藤乾・鈴木一人編著『EUの規制力』(日本経済評論社、2012年)
[2] 臼井陽一郎編著『EUの規制政治』(明石書店、2015年)
[3] アニュ・ブラッドフォード(庄司克宏編訳)『ブリュッセル効果:EUの覇権戦略』(白水社、2022年)

地経学の視点

 今回のEUデジタル2法は、米中のビッグテック側から見れば「海外の国家連合による権力の乱用」に映るかもしれない。一見、横暴とも思える規制が受容されるのは、ビッグテックが国家権力に比肩するほどの力を持ち、プラットフォームによる消費者囲い込みやヘイトといった負の作用が、市場の公正や人権を脅かすからだ。
 
 同時に、デジタル2法による規制は、EUの「武器」でもある。「データは個人のもの」という意識が強い欧州は、ビッグテックが育ちにくい環境にある。しかし、デジタルエコノミーを欧州が手放すわけではない。米中のビッグテックを抑え込み、欧州流のデジタル経済を確立させる踏み台としても規制が機能するところに、欧州の計算高さがある。
 
 日本でもDMAを参考に、ビッグテックの市場独占を防ぐための新法が6月に成立した。国内IT事業者の参入を促す側面もあり、日EUが協働して米中のデジタル覇権に対抗する構図にも見える。
 
 もっとも、欧州は一枚岩ではない。欧州議会選では右派勢力が伸長し、EUが進める脱炭素やウクライナ支援より、目の前のインフレや移民に対応せよといった内向きの声が高まる。EUに遠心力が働き、欧州で自国優先の流れが強まれば、「普遍的価値」で日EUが結束するシナリオは頓挫(とんざ)しかねない。欧州がそうであるように、日本も相応のしたたかさで協働を進める心構えが求められる。(編集部)

臼井 陽一郎

新潟国際情報大学国際学部 教授
専門はEU政治。早稲田大学社会科学部卒業、同大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。英国リーズ大学大学院法学研究科論文修士課程修了。著作に『EUの世界戦略と「リベラル国際秩序」のゆくえ——ブレグジット、ウクライナ戦争の衝撃』(編著、明石書店、2023年)、『変わりゆくEU——永遠平和のプロジェクトの行方』(編著、明石書店、2020年)、『EUの規範政治——グローバルヨーロッパの理想と現実』(編著、ナカニシヤ出版、2015年)など。日本EU学会理事、2020~23年事務局長。