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2018.05.30 特別寄稿

仮想通貨をめぐる世界の動きから読み解くもの
一橋大学名誉教授 野口悠紀雄氏インタビューvol.3

野口 悠紀雄

◇以下は、FISCO監修の投資情報誌『FISCO 株・企業報 2018年春号 −仮想通貨とサイバーセキュリティ 』(4月28日発売)の巻頭特集「一橋大学名誉教授/早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口 悠紀雄氏インタビュー」の一部である。全5回に分けて配信する。



日本を代表する金融・経済学者であり、著名な知識人でもある野口悠紀雄氏は2014年に著した啓蒙書『仮想通貨革命』で、仮想通貨に潜む巨大な可能性を指摘した。以来、同氏の仮想通貨に込められた熱い思いと冷徹な分析は、日本の投資関係者に大きな影響を与え続けている。今回は、昨年来の仮想通貨を取り巻く世界の動きを振り返るとともに、これからの仮想通貨の課題や進むべき方向について同氏の率直な考えをうかがった。


―アメリカで始まった先物取引が意味するものとは?

2017年12月の末からビットコインの価格が下落し始めたわけですが、私はそのことの1つの大きな理由は、先物取引ではなかろうかと考えています。

12月半ばにアメリカで先物取引が開始されました。先物取引の開始は大きな意味を持っていて、1つは市場に参加する参加者の範囲が広がったことです。それまでは個人投資家が主体だと考えられ、機関投資家がビットコインの取引に参加する可能性は限定的だったと思いますが、先物取引が導入されたことによって、機関投資家が参入するようになった。

多くの場合において、機関投資家が持っている情報量は、個人投資家が持っている情報よりも多いと考えられますね。専門的な情報を持っている機関投資家が市場に参入できるようになったことは、重要です。

先物取引が開始されたことのもう1つの意味は、「弱気の見通し」が反映されるようになったことです。ビットコインの価格がバブルになるという意見はたくさんあったのですが、その見通しがマーケットに反映されることはなかった。

つまり、ビットコインがバブルだという弱気の見通しを持っている投資家は、その見通しを行動に移すには、ビットコインを買わないということしかできなかった。持っていなければ売ることはできなかったからです。

ところが、先物が導入されたことによって、持っていなくても売ることが可能になった。つまり、弱気の見通しが初めてマーケットに導入されるようになったということです。このことの意味は大きいと思います。先物市場が開始されたことによって、豊富な情報を持つ専門家の弱気の見通しが相場に反映されて、バブルが肥大化する前に調整される、という解釈です。


―最近、ビットコイン投資に占める日本の比率が上がっています。その背景には中国での取引所の停止が考えられるのですが、中国の動きの影響をどのようにお考えでしょうか。

たしかに中国の取引所の規制が影響した可能性はありますね。でも実際のところはよくわからない。日本の取引が多くなったといっても、日本での取引が多くなったということであって、取引をしている人が日本人なのか中国人なのかはわからない。

もう1つの考えられる可能性は、2017年の改正資金決済法の施行で証拠金取引が可能になったために、中国人が日本での取引を膨らませたという可能性もあります。そこはよくわからない。中国の実質的なビットコイン取引のシェアというのはまだまだわからない部分が多い。


―中国ではマイニングについても規制の動きがあります。中国のマイニングに占める比率は非常に大きいものがあるわけですが、ある日突然禁止、となった場合の影響というのはどのようなものが考えられますか。

マイニングでは電力を消費するので、マイニングのための電力使用を規制するということは、ビットコインの話とは別に、中国の電力事情からもあり得ます。もし中国が禁止するということになれば、それは良いことではないでしょうか。

なぜなら、これまでの中国による独占がなくなるわけですから。それに、彼らほどの大規模なマイナーでなければマイニングできないということもない。事実、ビットコインは開始当初から長い間、一般のマニアがPCでマイニングをやっていたわけです。そういう本来の姿に戻るということは、望ましいことだと思います。

しかも、中国大手のマイナーはそれ専用の機械を使ったり、あるいはプルーフオブワークを抜け道するような装置を導入したり、いろいろな批判があります。そういうことができなくなるのは望ましいことです。

ついでに付け加えると、去年の夏に処理スピードを上げるためにセグウイット(Seg Wit)という方式を導入するなど、ビットコインの仕様の改革が進められたのですが、そのときに中国の大手マイナーの意見が非常に強く影響した。そういう状態が望ましいかどうかは大変疑問です。ビットコインを取り巻く環境は、コアな開発者を中心にして形成されるのが正常な姿ではないかと思います。


(つづく~一橋大学名誉教授野口悠紀雄氏インタビューvol.4 恐るべし!仮想通貨を圧倒する中国電子マネーの台頭【フィスコ 株・企業報】)~)

野口 悠紀雄

一橋大学 名誉教授
1940年、東京に生まれ。 1963年、東京大学工学部卒業。1964年、大蔵省入省。1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。著書に『情報の経済理論』(東洋経済新報社)『土地の経済学』、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞出版社)など多数。近著に、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)、『経済データ分析講座』(ダイヤモンド社)、『「超」現役論』(NHK出版)、『だから古典は面白い』(幻冬舎新書)、『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社)などがある。