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2022.07.12 コラム

新型コロナは「風邪」という死に至る病になっていく
東京慈恵会医科大学 教授 浦島充佳

浦島 充佳

 ダーウィンは言った。「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである」と。

 天然痘は強力だったが人類に撲滅させられた。ポリオもそれに近い状態だ。一方、新型コロナやインフルエンザは、将来にわたって撲滅することは困難であろう。前者2つのウイルスは、人類がワクチンを開発したという変化に適応しきれなかったが、後者2つのウイルスは自身が変異を繰り返すことでワクチンや既感染により作られた体内の免疫をすり抜けることができるように変化に適応できているからである。

 しかも、麻疹(はしか)や風疹のように1度かかったら一生罹らないわけではなく、数か月もすると免疫が落ちてきてしまうので、1~2年で2度、3度罹る人がでてくる。また、ワクチンを接種していても数か月で免疫が切れてしまえば罹ってしまう。おそらく新型コロナはインフルエンザのように世界の風土病として定着するだろう。ただし、インフルエンザ、特にA型は主に冬期に流行するが、新型コロナは夏でも冬でも流行するので時機に応じて備えることができず、より厄介だ。

あるウイルス種が繁栄するためには感染力を増しつつ毒性を弱めるように進化する

 「生物は種の保存、維持、利益、繁栄のために行動する」と仮定すれば、新型ウイルスは感染力を強めながらも重症化し難くなるはずだ。感染者が高熱を発すれば家に留まり他者と接触する機会、すなわち感染を広める機会が減る。また、呼吸が苦しくなれば入院して個室隔離され、これもまたしかりだ。また、重症化する感染症が地域で流行すれば人々は外出や外食を控えるなど個人でできる感染防護に最大限努めるだろう。逆に、多くの人が無症状ないし軽症であれば、自分でも感染していることを自覚せずに多くの人と接触して感染を広める。また軽症であれば人々は社会経済活動を優先し行動変容を起こさない。そのように考えるとあるウイルス種が繁栄するためには感染力を増しつつ毒性を弱めるように進化するはずである。少なくとも理論上は。

 実際はどうであっただろう。従来株は2021年1月より感染力を増したアルファ株に、7月より感染力のさらに強い デルタ株に取って代わられた。デルタ株は重症化率も高かった 。さらにワクチンも効き難い 。しかし、2022年、大幅な変異を伴うオミクロン株に再び取って代わられた。オミクロン株は感染力が強かったが毒性は弱かった 。そして今、同じオミクロン株の中でもBA1からBA5に置き換わりが進んでいる。取って代わられるということはそれだけ感染力が強いことに他ならない。感染力が強い株に置き換われば再び患者数が急増する。感染力を増すのだから患者数が増えるスピードも毎回速くなる。実際、この2年半、その繰り返しであった。

 毒性についてはどうだろうか。先に述べたようにデルタ株は感染力が強いだけではなく重症化もしやすく、ワクチン効果も弱まった。そのため、北半球では大変な被害をもたらした。しかし、一過性で姿を消した。日本では秋にはすっかり落ち着き、12月半ばには全国で100人を下回る日もあったくらいである。

 一方、2022年から急増したオミクロン株では最強の感染力ということもあり急峻な増えをみせた。毒性は弱いが患者数が多かったため、死者数もデルタ株時より多かった。子供やその家族など若い世代も多く感染し、しかし、数日で症状は改善した。その結果、新型コロナに対する恐れの感覚は薄らいでいった。その結果、患者数が減り始めるのと拮抗するように街に人々の姿が戻り始めた。おそらくはそのような理由で、減少速度はゆっくりだったのであろう。

そして6月半ば、患者数が十分下がり切らないうちにBA5とおきかわることで再び増え始めたのが現状である。感染力を増しつつ毒性を弱めるように進化したオミクロン株は人々の間で集団免疫ができるまで猛威を振るい続けるであろう(図1)。

図1.新型コロナの変異による置き換わり

 この先、オミクロン株の中でBA6などへ進化するのか、それともオミクロンの次のギリシャ文字パイ(π)株などが出現して横やりをいれるのかは分らない。しかしオミクロン株より感染力は強いが毒性は弱いパイ株が出現し、これと置き換われば、子どもの風邪を引き起こす普通のコロナにまた一歩近づくことであろう。あと何回変異を繰り返せば、あるいはあとどれくらい待てば新型コロナが普通の風邪になるかは誰にも分らない。

 しかし、普通の風邪コロナでも重症化して亡くなる人は決して稀ではない。クリーブランド・クリニックの研究チームは2016年2月から4月に咳などの呼吸器症状で受診した成人832人の鼻腔から検体を採取し、13人より風邪コロナの1種:CoV-HKU1を検出した 。そのうち7人が入院し、5人が酸素吸入を必要とし、2人がICUに入室し、1人が死亡した。死亡したのは敗血症を来した3人のうちの1人だった。ほとんどの人々はこの風邪コロナでも死亡し得る事実を知らない。よって、実はオミクロン株に進化した時点でほぼ風邪コロナになっているのかもしれない。

新型コロナのパンデミックにより世界で1500万人が死亡した

 WHOは超過死亡を計算して「2020年1月から2021年12月までの2年間で新型コロナのパンデミックにより1500万人が死亡した」という衝撃の数字を発表した 。これは新型インフルエンザである香港風邪やアジア風邪よりはるかに多い。2022年のオミクロン株の影響を加えると悪名高いスペイン風邪に迫るものとなるであろう。

 一方、各国からWHOに日々報告される新型コロナによる死亡数の同期間累積は540万人であった。よって、1000万人近くが過少報告されたことになる。

 なぜ超過死亡と報告数の間にこんなに大きなギャップが生まれてしまうのだろうか。超過死亡とは、コロナ前の国の死亡者数のトレンドから新型コロナが流行しなかったと仮定したときに予測される2年間の死亡数を計算し、実際の全ての原因による総死亡数から差し引きした人数である。この中には、医師が新型コロナによる死亡として届け出た数だけではなく、本当は新型コロナで亡くなったにもかかわらず他の死因として届けられたケース、医療機関を受診できずに死亡したケース、新型コロナの流行により病院が逼迫して普段なら救える患者を救えなかったケースなどが含まれる。そのため、多くの国で報告数より大きくなる。

 一方、コロナの流行によりインフルエンザなどコロナ以外の感染症死が減る、多くの人が外出を控えたため交通事故死が減るなどすれば超過死亡がマイナスということもあり得る。日本に住んでいると想像し難いかもしれないが、医療や検査体制が不十分な国、特に中低所得国ではこのギャップが大きく、新型コロナ患者数やその死亡者数をかなりの割合で捕捉できていなかったということだ。

コロナ禍、日本の総死亡数は平年より1万人少なかった

 日本はどうだったか。同期間、1万8000人の死亡者数が報告されたが、WHOは日本の超過死亡数をマイナス1万人としている。つまりコロナ禍での2年間、平年より亡くなった人の数がむしろ1万人も少なかったことを意味している。この超過死亡には2022年の1月以降オミクロン株の流行による死者数が含まれていない。しかし、悪く見積もってもプラマイゼロであろう。

 実際のところどうだったのだろう。2008年1月から2022年4月までの毎月の全ての原因による死亡、いわゆる総死亡者数を統計で確認してみることにする(図2)。2011年3月11日に発生した東日本大震災時のピークは明らかに検知できる。しかし、2009年に発生した新型インフルエンザ・パンデミックでは死者数は増えていない。また、新型コロナ感染が始まった2020年以降(図の灰色部分)に特殊なピークはみられていない。何事も無かったかの如くアップダウンを繰り返している。

図2.日本における月間総死亡者数の推移(2008年1月~2022年4月:人口動態統計データより著者が作成)

 1年を通して亡くなる人の数が最も多いのは1月だ。一方、最も少ないのは6月である。2021、2022年の1月は14万人以上(1日当たり4500人)が亡くなったが、5月あるいは6月は10万数千人(1日当たり3600人)だった。その差は3万人以上である。コロナ前もこの傾向は変わらない。2019年1月は13万8000人、6月は10万1000人が死亡した。その差はやはり3万超だ。年間を通して最も寒い時期、すなわち大寒は、1月後半から2月初旬。この時期、新型コロナでなくともインフルエンザなどの急性気道感染症とそのことがきっかけで亡くなる人の数がピークとなる。「風邪は万病の元」と昔から言われるが、風邪がきっかけで肺炎になったり持病が悪化したりして命を落とす高齢者は多い。その結果1月の死者数が最も多くなる。

 毎年同じ月で比較すると年々死亡者数が増えてきている。これは日本の高齢者が増えているからに他ならない。2021年も22年も1月から2月にかけて新型コロナで亡くなった人は多かった。しかし、最近10年間のトレンドでみると、新型コロナのパンデミックだったからといって極端なピークにはなっていない(図2点線)。

 2020年1月2月は新型コロナのパンデミックが懸念され始めた頃であるが、ピークは逆に低く抑えられている。新型コロナ感染がみられるようになった2020年2月から2022年3月末までの間に314万人が死亡している。これに対して同期間の日本の新型コロナによる死者数は2万8000人と報告された。この数値は総死亡の0.9%に過ぎない。99.1%は新型コロナ以外の理由で死亡しているということで、また、新型コロナの流行中、インフルエンザによる死者数は激減した。この相殺により、日本の超過死亡数はむしろマイナスに振れた。

 私は2020年2月上旬の世間がダイヤモンド・プリンセス号で大騒ぎになっている頃、報道ステーションに出演して「日本において新型コロナによる死亡はインフルエンザと同等だ」と発言した。「そんなはずはないだろう」といった批判を受けた。しかし、私の予測は的中していた。

ウイズコロナとはどういうことか?

 ウイズコロナ、コロナと共生するとはどういうことだろうか。ハーバード政治大学院のハイフェッツ教授はこう指摘する。何を残し、何を捨て、何を新たに開発するかを決めなくてはならない。これが「コロナの時代に適応する」ということだ。

 コロナ禍、テレワークをしたりウェブ会議に参加したり、あるいはワクチンや治療薬も開発されたりした。このような技術的な点で適応することは比較的すぐにできる。しかし、真の意味で適応するには今までの価値観の一部は捨て去らなくてはならない。小児科クリニックの日常診療もすっかり様変わりしてしまった。これは心の痛みを伴うし、受け入れることができるまでには時間を要する。しかし結局のところウイズコロナとは何かということは、一人一人の「心」が決めるのだと思う。

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。

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