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2022.07.06 コラム

気候変動問題を前面に打ち出す豪アルバニージー新政権、中国が触手を伸ばす太平洋島嶼国群「青い大陸」の安全保障問題
寺田貴の「豪州から世界を見る」(2)

寺田 貴

 5月21日の豪総選挙から1か月余が過ぎた。9年ぶりに政権交代を実現したアルバニージー労働党政権ほど、発足当初から外交問題に忙殺される政権は豪州史上例がない。前回論じたように、アルバニージー首相は総選挙のわずか1日後には東京に飛び、QUAD(日米豪印)首脳会議に参加し、日米印という前政権から豪州が友好国として最も重視する3か国の首脳と一度に会する機会を得ている。新しく選出された豪州の首相が米大統領に会うのに、これまでは半年から1年要したことを考慮すると、就任1日後で慌ただしくも東京に飛ぶ意義が理解できよう。

 さらに6月5日には隣国であり東南アジアの大国であるインドネシアの首都ジャカルタに飛び、ジョコウィ大統領と会談を行った。そして同29日は日韓ニュージーランド同様、スペインのマドリッドで開かれたNATO(北大西洋条約機構)首脳会合に参加、ロシアを「脅威」と位置付け、中国からの「挑戦」に初めて言及するNATOの歴史的決定に参画している。その後、フランスを訪問し,前政権下でAUKUS(米豪英安保枠組み)を極秘に形成し、フランスとの潜水艦購入契約を破棄して悪化した両国関係の修復に努めた。そして欧州での最後の訪問地としてウクライナの首都キーウに飛び、ゼレンスキー大統領と会談、ウクライナ支援に向けた豪州の強い決意を直接示している。首相に就任して1か月、大国相手にアルバニージー首相が忙しく世界を飛び回るその姿に、豪州が重要なアクターとして国際政治の潮流に積極的に関与していく意思を、豪州国民と国際社会は強く感じているのではないだろうか。

 さらに豪州の国際政治プレゼンスを高める努力を続けているのが、首相の東京訪問に同行したペニー・ウォン外相である。東京に2日間の滞在後、キャンベラに戻ったその足でフィジーを訪問し、さらに内閣発足のためキャンベラに戻った後は即座にサモアとトンガに飛んでいる。6月17日には中国との関係を深めるソロモン諸島を訪れるなど、ウォン外相を忙しく南太平洋に駆り立てるのは、首脳、閣僚はもとより、大使レベルでの対話もままならないほど関係が悪化する中国の影が目前まで迫ってきたからでる。

 モリソン前首相は選挙期間中、中国に屈することなく、輸出先の多様化により中国の経済強硬策を乗り切れていることを政権の成果の一つに挙げたが、4月19日、2000キロしか離れていないソロモン諸島が中国と安保条約を締結したことを発表、中国海軍基地建設の可能性も論じられた。歴史的に対中融和的と受け止められてきた労働党政権だが、この問題に長く対処してこなかったモリソン政権を最も激しく批判したのが、コロナに罹患したアルバニージー党首に代わって選挙運動の先頭に立っていた、当時の党上院院内総務であったウォン外相であった。

 現にモリソン政権のペイン前外相が、過去4年間に太平洋島嶼国を訪れたのは国際会議を除くとわずかに2回、計3カ国だけである。就任2週間でこの記録に匹敵するウォン外相の南太平洋外交は、中国の影響力が南太平洋に伸びつつあるとのオーストラリアの危機感の表れに他ならない。

 その危機感は、中国の王毅外相も5月26日のソロモン諸島を皮切りに6月4日までの日程でキリバス、サモア、フィジー、トンガ、バヌアツ、パプアニューギニア、東ティモールの計8カ国を訪問し、特にフィジーでは国交を結ぶ10か国に経済・安全保障協定を提案したことから、さらに増大することになった。その内容は数百万ドル規模の援助、⾃由貿易協定締結、14億⼈を抱える中国市場への参⼊機会など、経済発展に苦慮してきた南太平洋の島嶼国にとって、垂涎のオファーを行っている。しかし10カ国のコンセンサスを取る機会を与えないまま提案をしたこと、さらに中国の軍事的進出の可能性を強く危惧する米国などの外交努力もあり、王外相訪問時での締結は実現していない。

 太平洋島嶼国群は、小さい島国の点在ではなく、地球の陸総面積の5分の1にあたる3000万平方キロメートルの広大な海域を有する「青い大陸」とも称される。中国が本気になれば、これまで同地域最大の援助国であった豪州を簡単に抜き去り、「青い大陸」を紅く染めていくことは可能である。その意味で、アルバニージー政権へと交代したタイミングは重要であろう。

 アルバニージー首相も、何も新任のあいさつだけをするためだけに東京に赴いたわけではない。QUAD首脳会議では、「私たちは、気候変動が太平洋の島国にとっての主要な経済的および安全保障上の課題であることを認識し、行動に移す」と気候変動に焦点を当てた発言を行い、前政権との違いを明確にしながら、QUADの場に太平洋島嶼国の最大の関心事項を持ち込んでいる。さらに「気候変動が太平洋の島国にとっての主要な経済および安全保障上の問題であることを認識し、行動する」と述べ、日米印の首脳にも太平洋島嶼国への理解を深めるよう働きかけている。この気候変動が太平洋島嶼国にとって最大の脅威であるとの認識は、2018年の太平洋諸島フォーラム(PIF)で確認されているが、同年、ニュージーランドは2050年のネットゼロ排出目標を法制化し、同国のアーダーン首相は、当時の豪・モリソン政権も太平洋島嶼国のために気候変動問題へ、同じように積極的対処すべきだとのメッセージを出している。

 前回でも触れたように、モリソン前政権には、連合政権を形成した国民党を中心に、鉱物資源業界が支持団体である「石炭派」議員が存在し、同政権の国際公約は、温室効果ガスを2030年までに05年比で26~28%を削減するという、穏やかなものであった。このことでモリソン前政権は国際的のみならず豪州国内でも「後ろ向きだ」との批判を受け、政権交代の重要な要因となった。労働党の選挙公約はこの数字を43%に引き上げたもので、アルバニージー首相の言葉を借りれば、パリ協定での目標値である2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにする「ネットゼロ」を視野に入れており、前政権に比して、太平洋島嶼国の要望により前向きである。

 この姿勢は、パリ協定に復帰し、「ネットゼロ」を再度推進する米バイデン政権にとっても好都合である。6月24日、米国は、日英ニュージーランドに豪州を加えて“Partners in the Blue Pacific”(青い太平洋のパートナーズ)という、太平洋島嶼国の経済支援枠組みを発表している。具体的にはまだ明らかになっていないものの、教育や連結性、保健など協力分野の中で、気候「危機」が真っ先に挙げられていることが特徴的である。気候変動において前政権との違いを出すアルバニージー政権がいかに歓迎されたかは、先のQUAD首脳共同声明において、「我々は、豪新政権が2050年までにネットゼロを達成するための法案を可決し、新たな野心的な国家決定貢献を行うなど、気候変動に対してより強い行動を取ることを約束したことを歓迎する」と、特に豪州の取り組みが言及されていることにも示されている。アルバニージー政権は、7月26日からの国会再開と同時に、先の公約を立法化する方針を打ち出している。

 ロシアによるウクライナ侵攻に欧州と共に関与し続けながらも、「主戦場」は独自の経済支援と軍事戦略を絡める中国をにらんだインド太平洋地域であることを明確にし、多国間制度を多用する米バイデン政権にとって、モリソン前政権の対中強硬路線を継承、さらに自身の政権同様に気候変動問題へ積極的に取り組む姿勢を見せるアルバニージー政権は、インド太平洋の頼れるパートナーとして、その存在意義を高めつつある。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

寺田 貴

同志社大学 教授
1999年オーストラリア国⽴大学院にて博士号取得。シンガポール国⽴大学人文社会科学部助教授、早稲田大学アジア研究機構准教授を経て、2008年より現職。この間、英ウォーリック大学客員教授、ウィルソンセンター研究員(ワシントンDC)などを歴任。2005 年にはジョン・クロフォード賞を受賞。

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