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2022.06.07 コラム

3週間に1回の点滴だけで直腸がんが 100%消えた!世界を驚かせた臨床試験結果

浦島 充佳

 リンパ節転移のある進行直腸がん患者13人が、薬だけで腫瘍が完璧に消え去った。全員が手術も放射線治療も抗がん剤治療も受けずに済んだ。投薬は3週に1回のペースで、外来で点滴を9回受けるだけ。抗がん剤のような強い副作用もなく、全員が少なくとも6カ月以上(うち4人は2年以上)再発もなく、順調に経過している。

 このセンセーショナルな第2相臨床試験の中間解析結果が世界を駆け巡っている。がんの診療に携わる臨床医であれば、背中がゾクゾクするような画期的な結果だ。がんを根治するためには外科的に切除するのが常道である。しかし、切らなくても薬だけで治る、そんな時代が到来するかもしれない。

 ニューヨークのスローン・ケタリング記念がんセンターの研究チームにより2022年6月5日にアメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)[1]において発表された。さらに、詳細はニューイングランドジャーナル[2]にも同日掲載された。

 進行直腸がんの患者が手術を受けると、一時的あるいは生涯にわたって人工肛門になることがあり、QOL(生活の質)が著しく低下する。術前の抗がん剤治療で腫瘍が消失する場合もあるがせいぜい4人に1人。しかし、抗がん剤の副作用はほぼ必発だ。手術も抗がん剤治療もなく治ってしまうのであれば患者にとってこれほどの朗報はない。

 今回の臨床試験のケースは、13人全例にリンパ節転移があり、決して油断できないステージだった。現在まだ試験の途中であり、2年近く経過を観察できているケースは僅かに4人だけなので、まだ手放しで喜ぶわけにはいかない。だが、「リンパ節転移の無かった1人を加え14人全員で腫瘍が完全に消えたという結果」は、臨床腫瘍医であれば誰もが「信じられない」と声を上げたくなるほど画期的である。

 今回試験対象となったのはミスマッチ修復機能欠損を伴うがんで直腸腺癌の5~10%に該当し、どちらかというとマイナーな型である。このタイプは特に抗がん剤治療に反応しにくい。一方、ミスマッチ修復機能欠損のあるがん患者では腫瘍表面にがん抗原が多く発現されており、抗腫瘍免疫を誘導するPD1抗体薬が有効であることは以前より指摘され、実際成果を上げてきた。

 今回の試験で使われたグラクソスミスクライン社の「ドスタルリマブ」はそのPD1抗体薬の1つである。2021年8月、アメリカ食品医薬品局は、再発または進行固形がんでミスマッチ修復機能欠損が証明されれば、がん種を問わず本剤を使用できることを迅速承認している。500mg を3週に1回のペースで点滴し、半年間継続。腫瘍の縮小はMRIなどの画像と生検病理標本で判定した。

 本剤は遠隔転移のあるミスマッチ修復機能欠損進行がんにも効くことは効くが、11%[3]、すなわち10人に1人で100%=全員からは程遠い。逆になぜ、局所リンパ節転移はあるものの遠隔転移の無い、しかしミスマッチ修復機能欠損のある進行がんにこれほど良く効くかはまだ判っていない。もし今後直腸がんだけではなくミスマッチ修復機能欠損のあるもっと広い範囲の癌種に対して本剤が効果を発揮すれば、手術や放射線抗がん剤治療が不要となる。そうなれば、少なくとも一部のがんは外科の病気から内科の病気に変わることになるであろう。


[1] Late-Breaking Abstract Session: Presentation and Discussion of LBA5. https://meetings.asco.org/2022-asco-annual-meeting/14460?presentation=213772#21377

[2] Cercek A, Lumish M, Sinopoli J, Weiss J, Shia J, Lamendola-Essel M, El Dika IH, Segal N, Shcherba M, Sugarman R, Stadler Z, Yaeger R, Smith JJ, Rousseau B, Argiles G, Patel M, Desai A, Saltz LB, Widmar M, Iyer K, Zhang J, Gianino N, Crane C, Romesser PB, Pappou EP, Paty P, Garcia-Aguilar J, Gonen M, Gollub M, Weiser MR, Schalper KA, Diaz LA Jr. PD-1 Blockade in Mismatch Repair-Deficient, Locally Advanced Rectal Cancer. N Engl J Med. 2022 Jun 5. doi: 10.1056/NEJMoa2201445.

[3] André T, Shiu KK, Kim TW, Jensen BV, Jensen LH, Punt C, Smith D, Garcia-Carbonero R, Benavides M, Gibbs P, de la Fouchardiere C, Rivera F, Elez E, Bendell J, Le DT, Yoshino T, Van Cutsem E, Yang P, Farooqui MZH, Marinello P, Diaz LA Jr; KEYNOTE-177 Investigators. Pembrolizumab in Microsatellite-Instability-High Advanced Colorectal Cancer. N Engl J Med. 2020 Dec 3;383(23):2207-2218. doi: 10.1056/NEJMoa2017699.

浦島 充佳

東京慈恵会医科大学 教授
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。

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