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2024.11.18 外交・安全保障

なぜインドはトランプが好きなのか?上から目線のバイデンにない魅力とは

長尾 賢

 米国の大統領選挙でドナルド・トランプ前大統領が圧勝し、再選を果たした。トランプ政権1期目から友人関係にあるインドのナレンドラ・モディ首相にとって計り知れない吉報だろう。上から目線で要求が多いジョー・バイデン大統領とは裏腹に、トランプ氏はインドが敵対する中国に強硬な政策をとり、力強く頼もしい存在だからだ。インドの専門家である著者が、インドでのトランプ人気を分析し、米印関係のこれまでの経緯と未来予想図を示す。

 選挙の年である2024年のクライマックスはやはり米大統領選だった。トランプ前大統領が勝利し、上院も下院も共和党が制する「トリプル・レッド」状態になり、中間選挙がある2年後までの間、トランプ政権はかなり積極的に政策を推進するだろう。

 米大統領選は、まるで世界の選挙のように各国で注目を集めた。特に中東情勢が緊迫化する中、イスラエルに注文の多い民主党が破れ、イスラエルを全面支持する共和党が勝ったことは、イスラエルが米国政治に与える影響力を示したものと言える。

 同様にインドについても注目が集まった。まず、民主党の大統領候補となったカマラ・ハリス副大統領がインド系とアフリカ系の両方のルーツをもっていたこと。インド系米国人の間では民主党支持者が多いことから、それを象徴している。一方の共和党でも、ニッキー・ヘイリー氏、ヴィヴェック・ラマスワミ氏という2人のインド系の大統領候補が登場し、ラマスワミ氏はトランプ政権に入ることになった。さらに、次期副大統領になるJ・D・バンス氏の妻ウィーシャ・バンス氏もインド系だった。

 今回の選挙では、不法移民の問題が焦点の一つだったが、合法移民については問題になっていない。合法移民の代表は、インドを含む南アジア系である。トランプ政権の1期目では、共和党寄りのFOXニュースが不法移民受け入れ政策を非難する番組を放送していたが、その際も「合法移民の南アジア系は米国に貢献しているが、不法移民はどんな貢献をしたのか」といった内容だった。そうして米国に地盤を築いていたインド系の移民は、今や大統領候補を複数出し、その力を見せつける状態にまでになったのだ。

 本来、インド系米国人は米国籍であり、インド人ではない。しかし、インドは親族のつながりを重視する社会で、インドにいる親族たちと深くつながっている。結果、米国政治がインド国内にも強い影響を与えた。現にインドでは、ハリス副大統領の母親の出身地でハリス氏の勝利を願う祈祷が行われる一方、首都デリーではトランプ氏の再選を祈る寺院もあり、民主党対共和党の様相を呈していた。インドのテレビ番組でも連日、米大統領選特集を組み、私も解説者として出演することになった。

 そこで興味深かったのは、インドではトランプ氏支持の有識者が非常に多かったことだ。「far far better(はるかに、はるかに、よい)」といったコメントが頻繁に聞かれた。さらに、トランプ前大統領とモディ首相の個人的な友人関係もクローズアップされた。実際、トランプ氏は大統領選投票前の11月1日、X(旧ツイッター)でモディ氏への支持を表明( https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1852033622494105832 )し、モディ氏もトランプ氏の勝利が濃厚になると、かなり早い段階で大統領再選について祝意を伝えた( https://twitter.com/narendramodi/status/1854075308472926675 )。

「米国とうまくいっていたはずが…」

 米大統領選で野党が勝つのは、与党が行ってきた政治に対して人々が不満に思っているからだ。これは米国でもインドでも同じ。しかし、バイデン政権時は一見すると、米印関係は非常に良好だった。例えば、モディ首相の訪米ではインドが求めていたものがすべて手に入っているように見える。安全保障協力、経済協力の両方で関係は進展したからだ。インドとカナダの間では、インドで分離独立運動を行っていたシーク教徒過激派指導者の暗殺疑惑で、両国の外交官追放合戦になっている。しかし、同じようなことが起きかけた米印間では大きな問題とはならず、静かな交渉が行われている。

 中東情勢を巡っても、米印間はうまくいっている。両国は、イスラエルへの支持を表明し、「米印外務・防衛2+2」でもイスラエル支持を明記するなど同じ立場をとっている。そもそもG7(主要7カ国首脳会議)でもQUAD(日米豪印4カ国の枠組み)でもイスラエル支持を出していないのは、日本だけだ。

 インドの場合、イスラエルを支持するだけでなく、外国人労働者が逃げてしまったイスラエルにインド人が積極的に働きに出かけ、その穴を埋めている状態だ。イスラエルは戦争中だが、インドへの武器輸出は滞りなく進めている。インドがインド洋で進めるラクシャドウィープ諸島の要塞化(インド海軍の基地建設と部隊の展開)に関しても、海水の淡水化事業などでイスラエルが協力している。こうした米印の蜜月関係からみれば、インドではバイデン政権の人気が上がるはずなのだが、実際はそうなっていない。

バイデン政権の人気がない3つの理由

 ではなぜバイデン政権が不人気なのか。3つの理由が考えられる。第1に、米印間でロシアに対する立場に差が出た時、バイデン政権のやり方がまずかったからだ。ロシアのウクライナ侵略以降、米国は世界各国に対ロ制裁に加わるよう呼びかけた。ところが、インドにとって冷戦時代からの古い友人であるロシアと、冷戦後の新しい友人である米国の板挟みになるのは気持ちがよいことではない。しかも、インドが過去に戦争に直面した時、米国がインド側に立ってくれたわけでもない。インドが戦争に直面した時は関心を示さないで、自らの戦争だけ支持を求めるのは「虫が良すぎる」といった見方をしている。だから、バイデン政権に対する評価は低い。

 第2に、インドではバイデン政権を弱い政権とみていることがある。アフガニスタンから米軍が撤退する際、総崩れの様相を示してしまったことが始まりだ。ただ、その後もバイデン政権は、評価を下げ続けた。アフガニスタン撤退時の失敗は、ロシアのウクライナ侵略へとつながったが、その際もバイデン政権は十分な抑止力を発揮しなかった。米国がウクライナでは戦わないことを明言したからだ。その後、ウクライナが反転攻勢に出る際も、バイデン政権は失敗した。米露戦争への発展を恐れるあまり、射程の長い武器や戦闘機をウクライナに提供せず、結果、ウクライナは領土を奪回できなかった。

 同じことは中東でも続いた。そもそも米国が進めていたのは、欧州や中東からできるだけ手を引き、その分、対中戦略に力を集中させることだった。それには米国が対中戦略に注力する間、イスラエルの守りとイランの封じ込めという2つのことを、米国以外の国にやってもらわなければならない。だからこそ、米国はスンニ派アラブ諸国のリーダー格であるサウジアラビアに注目した。イスラエルとサウジアラビアの国交正常化を目指し、イラン包囲網の構築を目指したのである。

 そのためにトランプ政権時代、イスラエルとUAEの国交を正常化させ、他の国々がイスラエルと国境正常化することにつなげ、次はイスラエルとサウジアラビアに続くよう手筈を整えつつあった。しかし、バイデン政権が成立するや否や、過去の人権問題を蒸し返し、サウジアラビアに制裁をかけたのである。サウジアラビアは不満を募らせ、イスラエルとの国交正常化交渉が進まない原因になった。

 その間、この交渉を不満に思う勢力は、対中戦略の中国であり、包囲網を敷かれるイランであり、パレスチナ問題が注目されなくなる危険性のあるハマスだ。特に、ハマスはイスラエルとサウジアラビアの交渉を台無しにするには、大規模テロ攻撃を起こし、「ユダヤ対イスラム」の戦いを起こせばいいと考えた。バイデン政権の間、ハマスは準備に2年かけて2023年10月7日に実施した。米国はイスラエルとサウジアラビアとの交渉をもっと早く進めておくべきだった。

 その後の経過もよくなかった。ハマスの大規模なテロ攻撃を受けたイスラエルが怒りに震えている時に、バイデン政権は「怒りに身を任せてはならない」などと軍事作戦の制限ばかり要求。当然、イスラエル側は大規模に反撃し、バイデン政権は無視されているようにみえたし、実力を示せなかったのである。

 第3は、上から目線のお小言だけが非常に多かったこと。特に問題だったのはイデオロギーに基づく政策だ。中国やロシアとの対決を「民主主義対権威主義」と位置付け、イデオロギーを重視した。さらに、民主主義国としての成績評価を行い、インドのモディ政権は民主主義国としてのルールを守っていない、まるで権威主義国であるかのような態度をとった。

 モディ首相の訪米時には、米国は記者会見を要求。その場で、インドの民主主義の関して厳しい質問が出された。過去、米国は記者会見を利用して間接的にメッセージを送るやり方を取り入れた形跡がある。例えば、中国の指導者が訪米した際も記者会見を行い、その場で活動家がプラカードを掲げた事例がある。同じ手法をインドに適応したとすればインドとしては不愉快だろう。

 実際には、2024年にインドで行われた選挙は与党が議席を減らした。これは、インドが民主主義国として、きちんと選挙を行ったことを示している。問題があるとしても、権威主義国として非難するようなバイデン政権の姿勢は明らかに行き過ぎで、インドから反感を買っていたのだ。

油断した隙に中国を脅すトランプ外交

 バイデン政権に比べトランプ政権時代は、これらの点で大きく違った。そもそも、トランプ氏はロシアのウクライナ侵略を24時間で終わらせると豪語し、ロシアよりも対中政策に力を注ぐとしている。これは中国と対立するインドからすると大歓迎である。

 それにトランプ政権は「予測できない」と怖がられている点で強い政権だった。実際、トランプ氏は、中国の習近平主席を夕食会に招き、チョコレートケーキを食べている時に、シリアにミサイルを撃ち込むことを伝えた。「今はシリアだが、次はお前だ」と言わんばかりの脅しを油断したタイミングでかけてくる政権なのだ。

 しかも、トランプ外交はイデオロギーを気にしない。最初の外国訪問はサウジアラビアで、東南アジアではベトナムを優先して訪問、友好関係を結んでいる。サウジアラビアもベトナムも民主主義国ではない。利益になれば、イデオロギーなど問わないシンプルなものだった。しかも、トランプ氏はインドを重視していた。2020年の大統領選挙前の忙しい時期でも、大半の外国訪問を取りやめたにもかかわらず、訪印した経緯がある。

 インドでは、バイデン氏のようなルールを守れといったお小言よりも、力を重視する傾向になる。インドはまだまだ社会のルールが守られていないことがよくある。だからこそ、力が強く、自分を守ってくれるトランプ氏のようなリーダーが好まれる。

米印間でも激しい交渉の幕開け

 上記の理由から、インドではバイデン政権よりもトランプ政権の方が人気である。だからこそ、今回の米大統領選の結果はインドが望んでいたものと言える。ただ、それで米印関係が問題のない「黄金時代」になると期待するのは、少し行き過ぎだろう。

 トランプ外交の特徴は、2国間ベースで脅しをかけて取引を狙う。安全保障問題であれば、NATO(北大西洋条約機構)加盟各国に「十分国防費を負担しないなら、ロシアに好きなようにするよう促す」などとかなり激しい脅し文句が出てくる。日本に対しても過去、「米国の駐留経費を5倍払え」といった要求がなされた。経済であれば、関税を大幅に上げて脅してくるはずだ。中国に対する要求の方が厳しいが、同盟国や友好国に対しても一定程度圧力をかけてくるだろう。インドだけ例外とは言えない。

 さらに、米印間特有の問題もある。トランプ政権1期目で問題になったのは、合法移民になるためのビザの発給数だ。トランプ政権2期目としては、米国の雇用を守る観点から、優秀なインドからの合法移民が無制限に押し寄せると困る。再び交渉課題になるだろう。トランプ外交が、イデオロギーを問わないシンプルな外交だとしても、米印間で激しいやり取りが起きることは避けられない。インドではトランプ政権歓迎のムードが高まると同時に、駆け引きと交渉の時代の幕開けを迎えている。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 友好関係にあるトランプ次期大統領とモディ首相は人権を軽視する点で共通する。トランプ氏は移民に対する差別的発言を繰り返して強制送還も辞さず、モディ氏はヒンズー至上主義でイスラム教徒を排斥する動きを強めているからだ。米印ともに民主主義国でありながら、権威主義的なリーダーによって国家の分断はさらに広がりかねない。

 米印間の距離が縮まることは、ロシアや中国にも影響を及ぼす。インドは兵器や防衛装備を軍事・防衛面で協力関係にあるロシアに大きく依存していたが、調達先を徐々に米国をはじめとする西側にシフトし、さらに加速する可能性がある。また、国境紛争を抱える中国に対しては米国の支援によって軍事能力をさらに増強できるだろう。

 今後、中ロとともに加盟するBRICSや上海協力機構など西側に対抗する国際的な枠組みの中でインドがどのような役割を果たすのか。実利を得るためにお家芸としていたバランス外交の重心が、トランプ・モディの急接近で大きく変わろうとしている。(編集部)

長尾 賢

ハドソン研究所研究員
学習院大学で学士、修士、博士取得。博士論文では「インドの軍事戦略」を研究・出版。自衛隊、外務省での勤務後、学習院大学、青山学院大学、駒澤大学で教鞭をとる傍ら、海洋政策研究財団、米・戦略国際問題研究所(CSIS)、東京財団で研究員を務め、2017年12月より現職。日本では、日本戦略研究フォーラム上席研究員、日本国際フォーラム特別研究員、未来工学研究所特別研究員、平和安全保障研究所研究委員、国際安全保障産業協会ディレクター、学習院大学講師(安全保障論)などを兼任し、米印比スリランカで研究機関にも所属。著書:『検証 インドの軍事戦略―緊迫する周辺国とのパワーバランス』(ミネルヴァ書房、2015年)。2007年、防衛省「安全保障に関する懸賞論文」優秀賞受賞。英語論文も100本以上、海外メディアでのコメントは800件以上ある。

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