実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。「続・ウクライナ戦争と台湾有事」、最終回となる第5回は、台湾有事が実際に起きた場合の中台在留邦人や先島諸島の邦人保護について議論し、あらためて日台関係のあり方を考えます。(座談会は9月9日に実施。ファシリテーターは実業之日本フォーラム編集委員の末次富美雄、話者のプロフィールは記事末尾)
■これまでの議論
第1回:終結の兆し見えぬウクライナ戦争、目立つロシア軍の脆弱性
第2回: 西側によるウクライナの軍事支援は成功するか…盟主・米国の世論形成も重要に
第3回:複雑な中台関係と安全保障なき米台関係–「台湾有事」についての台湾人の本音は?
第4回:中国軍の台湾侵攻能力は?「ペロシ訪台」直後の大規模演習から読み解く
第5回:課題山積の中台在留邦人と先島諸島の邦人保護、「自衛隊頼み」では安全確保は困難(今回)
末次:今回は、中国・台湾の在留邦人の保護、および先島諸島の邦人保護についてお話を伺います。
上図のとおり、中国の在留邦人は約11万人、台湾の在留邦人は約2万4000人います。先島諸島を構成する宮古島、与那国島、石垣島には合わせて12万人以上の方々が暮らしています。報道によると、有事の際、宮古・与那国・石垣の住民を、沖縄や九州方面に避難させるとすれば、2~3週間はかかると首相官邸は見積もっています。
私は、1998年のジャカルタ暴動時にシンガポールの防衛駐在官でした。暴動後、航空自衛隊のC-130戦術輸送機を6機シンガポールに受け入れてもらい、在留邦人の緊急移送に備えました。当初、在留邦人が約1万3000人いました。そのうち定期便や臨時便で約9000人がインドネシアを離れましたが、約4000人は残留を選択しました。
残留の理由はそれぞれでしたが、インドネシアにおける仕事や現地の人間との関係で離れられない人が相当数いたわけです。状況がさらに悪化して、残る約4000人を6機のC-130で運ぶとすれば8~9往復必要です。当時のインドネシアの空港の状態や、脱出を希望する人が無事に飛行場まで移動できるのかといったことを考えると、実際に遂行できるのか大いに悩みました。幸い、暴動は次第に沈静化し、航空自衛隊のC-130は2週間ほど待機して、実際に邦人を輸送することはありませんでした。
中国には在留邦人が広範囲に居住しているようですから、有事の際は自主的に退避していただかざるを得ないと個人的には思います。台湾の在留邦人も外務省の危険情報を速やかに入手し、いかに早く退避していただくかが重要です。もちろん、実際に台湾有事が生起した場合には、「人道回廊」の設置も必要になってくると思います。そういう事態を考慮すると、台湾側に、防衛省と直接連絡調整ができる人間が必要だと考えています。在留邦人等の保護に関して、渡部さんはどのように考えておられますか。
有事に至る前の避難が基本
渡部悦和(渡部安全保障研究所長):在留邦人の保護は、前広に実施することが大切です。つまり、中国本土の状況を注視し、台湾に対する攻撃意図を見積もり、早め早めに、台湾に在住する邦人に日本に帰っていただく、その作戦が必要だと思います。そのためには情報提供も重要ですし、最悪の場合、ある程度の強制力も必要ではないかと思います。
直前に在留邦人の輸送をやってくれと言われたら、航空自衛隊に加えて、陸上自衛隊の特殊部隊や空挺部隊の隊員も、緊急事態に備えて作戦に参加することになりますが、非常に難しいオペレーションになると思います。
末次:小野田さんのご意見はいかがでしょうか。
小野田治(日本安全保障戦略研究所上席研究員):やはり事前に必要な情報を提供して、自主的に避難いただくことになると思います。その後、国が何らかの方法で国外避難の道を開いていくという手順になりますが、戦火が台湾全土に広がる可能性がある中で「困ったときの自衛隊」と言われても、それは非常に難しいだろうと思います。
航空機の運用は特に難しい。安全が確保できるかはっきりしませんし、台湾側から支援が得られるとしても、現地が戦闘状態にある場合、日本人脱出のためにどれだけの兵力を割いてくれるか疑問です。当然、中国大陸からの緊急避難はより困難でしょう。自衛隊機が中国の空港に着陸することを中国が許すわけがありませんから。
与那国、石垣、宮古の国民保護にも大きな課題があります。ペロシ米下院議長訪台後に行われた中国の大規模演習では、与那国島の近くにミサイルが着弾しましたが、石垣市の中山義隆市長は「国から何の情報もなかった」と言っていたそうです。避難指示がないのはまだ理解できますが、注意を促すような情報すらなかったのは問題だと思います。国の情報をしっかり現地に伝える体制が重要です。
日台間に「DIME」、つまり外交(Diplomacy)、情報(Intelligence)、軍事(Military)、経済(Economy)の各分野でいつでも対話ができるルートを作っておく必要もあります。現在、台北の日本台湾交流協会(大使館に相当する公益財団法人)に元自衛官が1名いますが、有事対応という意味では不十分だと言わざるを得ません。防衛省は事務官を送る計画があるようですが、現役の自衛官を送る必要があると思います。「一人で十分か」という問題もありますが、まずはその現役自衛官に八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をしていただくことになるんだろうと思います。
緊急時の国民保護は地公体の責任
末次:与那国、石垣島、宮古にこれだけの数の国民がいるので、情報をしっかり伝えることが重要なのは事実です。一方で、国民による自衛の意志も大切ではないでしょうか。
先般、邱さんとお話した時、「台湾人には自分たちの国を自分たちで守るという強い意志がある」と感じました。ウクライナ国民も同じでしょう。ですが、与那国、石垣、宮古の方々に有事対応のご意見を伺っても、「どうやって逃がしてくれるんだ」という話しか出てきません。一緒に戦おうという意識はないのかなと、若干モヤモヤしたものを感じています。もちろん、それぞれの自由意思を尊重する必要があるので、声高に非難するのも違うと思いますが、渡部さんはどうお考えでしょうか。
渡部:与那国、石垣、宮古からの避難に関しては、侵略者と戦うことが任務である陸上自衛隊も関与せざるを得ません。民間の船舶の借り上げや、自衛隊の航空機、あるいは艦艇で避難してもらうなど、さまざまな方法が考えられています。しかし、緊急事態における国民保護は、地方公共団体の責任なのです。地公体が、離島の住民の方々の避難をしっかりと、早め早めにやってもらうことが前提で、足りないところを自衛隊が支援するのがあるべき姿だと思います。それから、ウクライナにおける義勇兵のような制度を日本でも正式につくるべきだと思います。例えば与那国、宮古、石垣にいる住民の中で、戦える人を募ることも必要だと思います。
あらためて想起すべき「台湾有事は日本有事」
末次:まだお話したいこともありますが、最後に皆さんからご意見をいただきたいと思います。小野田さんからお願いします。
小野田:意見というより、末次さんに質問があります。今回の大規模演習では、最終的に台湾の周囲7カ所に演習区域が設定され、弾道ミサイルの発射や艦艇の活動、さらには上陸演習も一部行われたようです。演習期間は8月4日から9日でしたが、もしあのような演習が1~2カ月続けば、軍事力による直接的な封鎖ではないにせよ、海運や航空交通などさまざまなところに支障が出ると思います。
そうすると、こうした方法で台湾を「半封鎖」するという威圧のかけ方はあり得るのではないでしょうか。海上封鎖というと、軍の艦艇で港湾に機雷を敷設したり、艦艇によって港湾の入口を封鎖したりするようなことが思い浮かびますが、沿岸警備隊である中国海警局を使うなど、もう少し軍事色の薄い封鎖もあります。
例えば演習海域を設定して海警の船舶が貨物船を抽出して臨検する。米国の軍事物資を積んでいる船を臨検し、「台湾は自分たちの領域だから、これは違法だ」といって、物資を没収してしまう。香港で行われたように、ある日突然、台湾に対する行政権を海上で奪ってしまう状況が十分あり得ると思ったのですが、末次さんはどうお考えですか。
末次:平時に、具体的な犯罪行為や違反行為がない状態で船舶を臨検するのは国際法違反になるので、基本的にはできないと思います。ただ、船の直前を横断することや、後をしつこく追い回すというような嫌がらせはやる可能性は高いと思います。
それとは別に、「半封鎖」という意味で留意すべきなのは、中国が指定した演習海域の位置付けです。日本の海上保安庁は「航行警報」という形で、射撃やミサイル発射の海域を公表していますが、その海域には入ってはいけないのかというと、そうではありません。あくまでも「警報」であり、強制力はありません。
海上自衛隊も日本周辺で射撃やミサイル発射を行いますが、海自は「安全確保をするのは実施する側」と認識しています。船や航空機が危険な場所にいないか確認して発射などを行うのが原則です。一方、中国が演習海域に対して同じ考えを持っているかは分かりません。「演習海域を示しているのだから、何らかの損害を出しても自己責任だ」と言われかねません。その意味で、演習がもたらす心理的威圧の側面はあるでしょう。
総括すると、演習による封鎖は一定の効果はあると思います。あえてそのリスクを踏まえて航行するかは、船舶運航管理者の決断にかかっています。さらには、保険の問題が関わってきます。そのような演習海域近傍を航行する場合は、船舶にかかる保険料は増加するのが通例です。得られる利益とリスク、保険を含めたトータルコストを天秤にかけて判断することとなると思います。
小野田:ありがとうございます。少なくとも、そういうやり方をすると米軍は介入しづらいだろうなと、中国側の行動としてひらめいたのでご質問しました。
末次:渡部さん、これまでの議論全体を通じてご意見はございますか。
渡部:ウクライナ戦争を継続的に研究する中で、私は一つの結論を得ています。やはり戦争というものは、オールドメインで考えなければいけないということです。ただし、ドメインの優先順位はあります。本格的な戦争になるほど、その中核は陸海空のドメインです。陸、海、空の自衛隊がしっかりしないと日本の防衛は成り立たない。台湾にも同じことが言えます。
一方で、宇宙、サイバー、電磁波、情報の各ドメインも重要な役割を果たします。オールドメインの観点で、使える手段、ありとあらゆる手段を使って戦争目的を達成する。このことが一番大切だとつくづく思います。何回も言いますが、認知戦ばかりに集中しては絶対ダメです。過度にここに集中してはバランスを崩すということを注意喚起したいと思います。
末次:ありがとうございました。確かに、今回のウクライナ戦争を見ても、「戦車と大砲が活躍する戦争は過去のもの」という考えが覆りました。そういった意味でも示唆に富むご意見でした。邱さん、いかがでしょうか。
邱伯浩(日本安全保障戦略研究所研究員):私にとって一番大きな問題は、台湾が「正常な組織」になることができるのかということです。多くの人が、台湾が独立することを期待しつつも、現状維持を支持しています。一方で、日本や米国を含む多くの国が「一つの中国(ワンチャイナポリシー)」という中国の主張を認めているのも事実です。このため、台湾は国として認められず、国際的枠組みに参加できません。
台湾の独立を主張しているわけではありません。現状維持が大事です。国際社会で、正常な組織として認められるのであれば、名前は「中華民国」でも「台湾」でもかまいません。正常な組織として、日米同盟の中で、私たちが何らかのコミットメントを得ることができれば、それを後ろ盾として、台湾独自でも中国と対できるのではないかと思います。しかし、現状は非常に難しい状況になってきたと思います。
末次:ありがとうございました。日本と台湾は、経済を中心としつつも、きちんとした協力関係を構築し、情報交換をしっかりやっていかなければならないと思います。
ロシアは、拒否権を持つ国連の常任理事国で、核の管理・削減を任されている大国です。そのロシアが、主権を持つ国連加盟国・ウクライナに対して一方的に軍事侵攻を行うことは、戦後の国際秩序への挑戦ともいえる暴挙です。また、台湾を領土の一部と主張する中国が、ウクライナ戦争の推移を注意深く観察し、その教訓を台湾への軍事侵攻計画に反映させてくることは明らかです。
今回、実業之日本フォーラムが、主として軍事的観点から見た台湾有事の座談会を企画させていただいた背景には、「台湾有事は日本有事」という観点に立ってウクライナ戦争を詳しく分析し、その教訓を台湾有事の視点で見る必要があると考えたからです。座談会を通じ、ウクライナ戦争に関する多くの知見と、台湾有事に対するものの考え方について多様な示唆をいただいたと考えております。
ウクライナ戦争は依然として収束の兆しを見せず、一部にはロシアの核使用について危惧が広がっています。まさに今われわれは大きな時代の変革に直面しているのかもしれません。実業之日本フォーラムでは、このように安全保障を取り巻く環境が激変する中で、日本の国益を守るという視点から今後も情報を発信していきます。この座談会に参加された皆さまには、これからもさまざまなご知見をいただきますようお願い申し上げます。本日はありがとうございました。
渡部 悦和(わたなべ よしかず)
渡部安全保障研究所長、元富士通システム統合研究所安全保障研究所長、元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、元陸上自衛隊東部方面総監。
1978(昭和53)年、東京大学卒業後、陸上自衛隊入隊。その後、外務省安全保障課出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、第28普通科連隊長(函館)、防衛研究所副所長、陸上幕僚監部装備部長、第二師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。2013年退職。著書に『米中戦争 そのとき日本は』(講談社現代新書)、『中国人民解放軍の全貌』『自衛隊は中国人民解放軍に敗北する!?』(扶桑社新書)、『日本の有事』(ワニブックスPLUS新書)、『日本はすでに戦時下にある』(ワニ・プラス)。共著に『言ってはいけない!?国家論』(扶桑社)、『台湾有事と日本の安全保障』『現代戦争論-超「超限戦」』『ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛』(ともにワニブックスPLUS新書)、『経済と安全保障』(育鵬社)
小野田 治(おのだ おさむ)
1977年防衛大学校(21期、航空工学)を卒業後、航空自衛隊に入隊。警戒監視レーダー及びネットワークの保守整備を担当の後、米国で早期警戒機E-2Cに関する教育を受け、青森県三沢基地において警戒航空隊の部隊建設に従事。
1989~2000年、航空幕僚監部において、指揮システム、警戒管制システム、次期輸送機、空中給油機、警戒管制機などのプログラムを担当した後、2001年に航空自衛隊の防衛計画や予算を統括する防衛部防衛課長に就任。
2002年、第3補給処長(空将補)、2004年、第7航空団司令兼百里基地司令(空将補)、2006年、航空幕僚監部人事教育部長(空将補)、2008年、西部航空方面隊司令官(空将)の後、2010年、航空教育集団司令官(空将)を歴任し2012年に勧奨退職。
2012年10月、株式会社東芝社会インフラシステム社(現:東芝インフラシステムズ株式会社)に入社。
2013~15年、ハーバード大学上席研究員として同大学において米国、中国及び日本の安全保障戦略について研究。
現在、(一社)日本安全保障戦略研究所上席研究員、(一財)平和安全保障研究所理事、(一社)日米台関係研究所客員研究員、日米エアフォース友好協会顧問
著書に「習近平の「三戦」を暴く」(海竜社、2017年)(共著)「日本防衛変革のための75の提案」(月間「世界と日本」、2018年)(共著)、「台湾有事と日本の安全保障」(ワニブックスPLUS新書、2020年)(共著)、「台湾有事どうする日本」(方丈社、2021年)(共著)、「台湾を守る『日米台連携メカニズム』の構築」(国書刊行会、2021年)(共著)などがある。
邱 伯浩(キュウ ボオハオ)
中央警察大学警政研究所(大学院) 中国政治修士課程、国防大学政治研究所(大学院)中国政治博士課程,、政治学博士。1989年~1997年、(台湾)憲兵部隊教官、連長。1998年~2005年、国防部後勤次長室(軍備局)参謀。2005年~2006年、国防大学教官。2006年~2009年、国防大学戦略研究所専任助教授(退官時の階級は「上校」)。2013年~2019年、DRC国際研究委員。2019年7月~、日本安全保障戦略研究所研究員。専門は国際政治学、特に軍事戦略、中国軍事政治、中国人民武裝警察、日台関係、中台関係安全保障論を研究。
写真:AP/アフロ