人口呼吸器をどの患者を優先するかという命の選別をトリアージというが、経済の大動脈である金融においてもトリアージが行われている。
安倍首相は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて4月7日、緊急事態を宣言し、総事業規模で100兆円を上回る経済対策を発表した。特に「雇用の維持・事業の継続」に予算の8割を使用して重点的に対応し、切れ目ない対策を謳っている。ただし、中国の「上に政策あれば、下に対策あり」を彷彿とさせるように、「雇用の維持・事業の継続」に関わる融資の現場となる日本の政府系金融でも同様の行為が散見されている。
旅行、小売りなど新型コロナウイルスの影響に苦しむ複数社にヒアリングする機会を得た。状況を簡単にまとめると以下の通りになる。
・政府系金融機関に通常の融資要請に加え、後述のような新型コロナウイルス対策融資制度の申請を出している。
・新型コロナウイルスの影響ではない業績悪化、新規取引先に対する信用調査などは、たった二期分の財務諸表、足もとでどうなるか分からない再生計画などで杓子定規に審査される。
・新型コロナウイルス対策融資制度においても返済原資を求められた。
・付き合いのある銀行の新規融資があれば、融資を検討するという姿勢も散見される。
・保証協会の申請も多く、審査期間が通常2~3週間のところ、倍以上の期間を要している。その煽りを受け、4月上旬に審査開始した案件が、いまだに待たされている。
ヒアリングできたいずれの企業も、融資を受けることができず、売上高のほとんどを失っている。小売関連企業においては、この状況が続くと、遠からず店舗の半分を閉鎖し、社員もリストラせざるを得ないという。
業績が悪化傾向にあった事実があるのかもしれないが、壊滅的な売上高減少は新型コロナウイルスの感染拡大後であり、そもそも新型コロナウイルスの影響ではない業績悪化企業か否かの線引きは難しい面もある。業績の落ち込みの深さおよび長さが誰にも分からない以上、再生計画も不確かなものにならざるを得ない。
新型コロナウイルス対策融資制度においても返済原資を求められるのであれば、普通の融資と何ら変わるところがない。これまで借入が少ないか、担保があるか、そもそもキャッシュフローや業績が順調な企業だけが借りることができて、本当に資金の必要な企業に貸せる制度として機能していない。新型コロナウイルス対策融資制度の本来の目的は、新型コロナウイルスの影響で発生した赤字を穴埋めして、資金繰りを繋ぐことによって、雇用の維持等を図ることである。一方、融資審査の現場においては、新型コロナウイルス収束後の短期間の収益弁済をイメージしているように見える。そこに新型コロナウイルス対策融資制度の機能しない本質があると思われる。現状のような状況において、他行が貸せば自行も貸すというスタンスなのであれば、新型コロナウイルス対策融資制度という新制度を持つ政府系金融機関に相談する意味もない。感染第二波、第三波が起こり得る、いつ収束するかも判然としない新型コロナウイルス収束後を、既に見据えたようなリスク回避姿勢である。
また、エヌエヌ生命保険3月下旬に実施された「新型コロナウイルス感染拡大がいつまでに終息すれば経営的に乗り切れるか」という調査では、「3月末」から「6月末」との回答が60%を上回っている。融資実行の決定は時間との戦いである。
無論、医療現場でのトリアージと異なり、金融の現場では救う企業、救わない企業の選別が行われることこそ健全である。そもそも業績が悪化していて立ち直りの気配もない企業、制度を悪用する企業や個人に貸し付けが実行されてしまうことは問題である。ただ、医療現場におけるトリアージと同様、平時であれば助かる企業、健全な企業が助からないという状況は、可能な限り避けなければならない。「雇用の維持・事業の継続」における危機的な状況下で雇用を守る、経済を支えるという本来の目的を考えれば、違和感のある融資スタンスにも見える。
中小企業庁、信用保証協会の支援制度
・セーフティーネット保証制度4号:突発的災害(自然災害等)の発生に起因して売上高等が減少している中小企業者を支援するための措置。
・セーフティーネット保証制度5号:全国的に業況の悪化している業種に属する中小企業者を支援するための措置。
・危機関連保証制度:内外の金融秩序の混乱その他の事象が突発的に生じたため、全国的な資金繰りの状況を示す客観的な指標である資金繰りDI等が、リーマンショック時や東日本大震災時等と同程度に短期かつ急速に低下することにより、我が国の中小企業について著しい信用の収縮が全国的に生じていることが確認でき、国として危機関連保証を実施する必要があると認める場合に、実際に売上高等が減少している中小企業者を支援するための措置)。
日本政策金融公庫
・新型コロナウイルス感染症特別貸付:新型コロナウイルス感染症の影響を受け、一時的な業況悪化を来している方であって、次の1または2のいずれかに該当し、かつ中長期的に業況が回復し、発展することが見込まれる方。
1.最近1ヵ月の売上高が前年または前々年の同期と比較して5%以上減少している方
2.業歴3ヵ月以上1年1ヵ月未満の場合等は、最近1ヵ月の売上高が次のいずれかと比較して5%以上減少している方
(1)過去3ヵ月(最近1ヵ月を含みます。)の平均売上高
(2)令和元年12月の売上高 (3)令和元年10月から12月の平均売上高
(株式会社フィスコ 中村孝也)