ロシアと北朝鮮は2024年6月、有事の際に相互に援助することが明記された「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結。最近では北朝鮮によるウクライナへの兵士派遣も報道され、その蜜月ぶりに注目が集まる。両国の関係深化の背景には何があるのか。そして、北東アジア情勢にどのような影響をもたらすのか。新潟県立大学北東アジア研究所の三村光弘教授に語ってもらった。(構成:山下大輔=実業之日本フォーラム編集部)
最近、北朝鮮とロシアの関係強化の動きが目立つように見えるかもしれませんが、ウクライナの問題に関し、以前から北朝鮮とロシアは非常に近い関係にありました。2014年にウクライナの政変劇(親ロ的だった当時のヤヌコビッチ大統領が大規模な反政府デモをきっかけにロシアに亡命。親欧米政権が誕生した)が起こります。その後のロシアによるクリミア編入の際に国連の非難決議があったのですが、北朝鮮は反対票を投じた数少ない国の一つでした。2014年の政変劇では、米国がウクライナ国内に資金を投入し、任期途中だったヤヌコビッチ大統領を暴力的にロシアに亡命させました。北朝鮮からすれば、米国は非常に乱暴なやり方で中立的なウクライナをたきつけて、反ロに移行させたように見えたわけです。米国が金をばらまき、「カラー革命(旧ソ連諸国で起きた民主化運動)」を起こさせたことを北朝鮮は強く警戒します。
2022年2月に現在のウクライナ戦争が起こり、国連でロシアへの非難や、ロシアを国連の人権理事会のメンバーから追い出すような決議がありました。この時も北朝鮮は反対しています。さらに北朝鮮は2022年7月、(かつてウクライナから一方的に独立した)ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を国家承認します。この時、ウクライナは怒って、北朝鮮と国交を断絶しました。この2つの国を承認している国(ロシアやシリアなど)は本当に少ないのですが、北朝鮮はその1つ。彼らはウクライナ戦争をロシアと共に戦っている気持ちだったと思います。
包括的戦略パートナーシップ条約の意義
露朝関係が目に見えて緊密化してきたのは、2023年7月27日の朝鮮戦争の休戦70周年の報告会に中国とロシアの代表が来たころからです。以降、金正恩総書記がロシアを訪問。その後、ラブロフ露外相が訪朝し、2024年1月には北朝鮮の崔善姫外相がモスクワを訪れました。そして6月にプーチン大統領が訪朝し、「包括的戦略パートナーシップ条約」が締結されました。
同条約上は、露朝の一方が軍事侵略を受けた時には他方が助けることがある、あるいは助けるように努力する、ということになっています。ただ、自動介入条項が付いているわけではなく、政策協調をすると書いてあるので、例えば政策協調せずに北朝鮮が一方的に韓国を攻める場合、ロシアがそれを助けるかは微妙です。一方、米国や韓国が北朝鮮に先制攻撃する場合は、ロシアの参戦を否定できません。ロシアが介入する可能性を考えると、米国は朝鮮半島に軍隊を派遣できなくなる。ロシアが北朝鮮を核の傘に入れてやると言ったわけではありませんが、それに準じる体制になりました。
基本的にはもう朝鮮半島で戦争は起こらないでしょう。北朝鮮としては 米国の先制攻撃を抑止できれば良いわけです。米国がロシアとの核戦争を覚悟すれば別ですが、コストかかり過ぎます。プーチン大統領としては、金総書記にそうした保証を与えることで、北朝鮮をおとなしくさせる狙いがあります。北朝鮮が核を撃つとか、核を撃ちそうな雰囲気になると、北東アジアの情勢が緊張してしまう。そうならないように、北朝鮮に安心感を与えることで、北朝鮮の強硬な姿勢をちょっと和らげる、そういうことだと思います。
北朝鮮によるウクライナ派兵の思惑
では、なぜ北朝鮮はウクライナに兵士を派遣したかということになります。まず、紙に書いただけの同盟に実効性をもたせるためには、血を流さないといけないとの判断でしょう。弾丸などの物資を送っていればロシアは喜んでくれますが、それはある意味で商売です。ビジネスとしてではなく、深い同盟関係にして、ロシアを北朝鮮につなぎ止めておく上で重要だと金総書記は考えたのでしょう。
もう一つは、兵士に実戦を経験させる狙いがあると思います。朝鮮戦争以来、北朝鮮には実戦経験がある人がいません。さらにこれからはドローン戦も重要になってきます。北朝鮮のGDPの規模は韓国の約50分の1。戦闘機を買うよりドローンを戦場に投入する方がずっと安価です。そうなれば、ドローン戦に対応できる兵士を養成する必要があり、世界最先端のドローン戦が繰り広げられているウクライナに兵士を派遣することは格好の訓練になります。ドローンであれば北朝鮮でも作れるのでしょう。派遣には最新の戦争を学ぶ意味合いがあるわけです。
露朝関係よりも経済重視の中国
一方、中国と、北朝鮮やロシアの関係ですが、まず、中朝関係については、中朝国交正常化75周年記念日(2024年10月6日)に金総書記と習近平国家主席がメッセージ交換している内容から判断してもさほど悪くはありません。7年ほど前、中国が国連の安全保障理事会決議に基づく北朝鮮への制裁を懸命に実施しました。その際に北朝鮮の労働新聞が中国を指して「米国の追従勢力だ」などと書いた時のとげとげしい雰囲気と比較すると、今の習主席と金総書記のやり取りは、まあまあ良好に見えます。
ただ、中国としては、米国の不興を買いたくはないので、北朝鮮とは距離を置いたふりをしています。ロシアはウクライナ戦争で西側から制裁されているから北朝鮮と仲良くしても失うものはありませんが、中国は欧米や日本、韓国ともビジネスを行っています。米国を怒らせて、中国の銀行がドル決済網から締め出されれば国際貿易に支障が生じます。トランプ米次期大統領は中国の対米輸出品に対し60%の関税をかけると言っており、ただでさえ減速している中国経済が、米国の機嫌を損ねることでさらに悪化しかねません。北朝鮮と中国の関係が冷え込んでいるとみんなが思ってくれる方が楽なのでしょう。
米朝核軍縮交渉の可能性も
露朝の関係強化によって、朝鮮半島情勢は極めて安定すると思います。米国も韓国も北朝鮮を軽く見ることができなくなりました。北朝鮮は核保有国であり、自分たちの体制に明白かつ重大な危険が見られたら核の先制使用ができると言っています。韓国は、口では北朝鮮を非難し、日米韓の枠組みで演習などを行って圧力をかけていますが、実際のところ、何もできないということは分かっています。
こうして米国や韓国がある意味劣勢になって初めて、真剣に北朝鮮との共存を考えざるを得なくなりました。米国は今後、北朝鮮をインドやパキスタンと同じように事実上の核保有国と見なし、核軍縮交渉を行う可能性もあります。トランプ氏の下には、彼に忠誠を誓う人が集まっています。国防総省や国務省は核の不拡散を重視してきましたが、(トランプ氏がそうした交渉を進めようとすれば)シビリアン・コントロール下にある軍も反対はできません。考えられるシナリオとしては、まず北朝鮮に、米本土に飛んでくるミサイルとその弾頭については放棄させます。そして、非核化の3分の1か4分の1は済んだという話に持っていき、同時に北朝鮮も非核化にコミットし、制裁解除に向かう――という流れは十分あり得ます。
第二次トランプ政権の運営次第ですが、日本と韓国はこうしたシナリオを最も怖がっていると思います。第一次政権の時も、トランプ氏はこういった交渉をしようとしましたが、周囲が止めました。ただ今回は、トランプ氏も政権運営の経験を積み、大統領職も上院・下院も共和党の「トリプルレッド」となった。トランプ氏がどんな反対も押し切ってやると言ったら、通ってしまうでしょう。
もっとも、トランプ氏が本当に北朝鮮と交渉したいかは分かりません。金総書記も第一政権の時にトランプ氏だけが良い思いをして、自分は何も得ていないと思っています。米国は米国の利益でしか動かないということがよく分かったはずです。逆に言うと、北朝鮮は、トランプ氏が得をするようなディールを仕掛けて取引するかもしれません。その可能性は半々ぐらいだと思っています。
つまり、露朝の連携強化で朝鮮半島の不安定化は一定程度抑えられていますが、北朝鮮の非核化に進むためには、米国は北朝鮮に対してある程度譲歩しなければなりません。朝鮮半島は大きく不安定化はしないけど、不安定な状態が解消されるわけでもありません。現状維持なのだと思います。
日本にも忍び寄る「核」への脅威
韓国も、北朝鮮を負かすことができなくなったという事実を受け止めなければなりません。南北のいわゆる吸収統一を求めるのではなく、北朝鮮をある程度ライバルと認め、どのように朝鮮半島の平和を維持するかという政策に転換する必要があります。北朝鮮が従来要求してきた、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に変えていくということが、それなりに現実性のあることだと認めざるを得なくなってきました。もっと大胆に南北関係を良くする提案も考えられます。私は、韓国の領土を規定する大韓民国憲法3条を廃止して、韓国と北朝鮮が大使級の外交関係を結ぶのが最も良いと思っています。
日本にしても、北朝鮮がここまで強くなると、北朝鮮に対して向き合わざるを得ません。北朝鮮との拉致問題の解決も重要だが、核問題をどういう風に話し合うのか。あるいは、意図しないエスカレーションで戦争になることを防ぐために、対立はしているが、戦争に至らないようにするための知恵を絞っていく必要があります。そういう本質的な問題解決の方向に進んでいくのではないでしょうか。
結局、日米韓の力には限界がある。もう北朝鮮を叩けないし、北朝鮮もやろうと思えば東京を核攻撃できます。実際には東京に核攻撃する意味がないからしないでしょうが、基地がある横須賀や嘉手納への攻撃はあり得ます。今まで北朝鮮は、ミサイルを撃っても日本海に落ちるだけでした。今はもう、日本全土どこに飛んできてもおかしくないし、迎撃できない可能性もあります。相手がある程度強くなった以上、それに合わせて日本側も対応を変え、北朝鮮が日本を攻撃する意思を持たせないように、積極的に関係を構築していくべきでしょう。北朝鮮は基本的に崩壊しません。核の脅威が日本にも忍び寄りつつあります。
写真:代表撮影/ロイター/アフロ
三村光弘:新潟県立大学北東アジア研究所教授
93年大阪外国語大学朝鮮語学科卒業後、大阪大学法学部、同大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。2001年環日本海経済研究所入所、研究員、調査研究部長などを経て、2023年4月から現職。著書に『コリアの法と社会』(共編著、日本評論社、2020年)、『現代朝鮮経済』(2017年、日本評論社)など。
地経学の視点
ウクライナを巡って10年前から歩調を合わせてきたロシアと北朝鮮。2024年に入り、世界で孤立する両者は手を結び、北東アジアの安全保障環境にも影響を与えている。三村教授は、米韓が北朝鮮へ先制攻撃できなくなったことにより、朝鮮半島での有事の可能性が低減したと指摘する。
ロシアというバックアップを受ける北朝鮮の存在は、北東アジアの平和維持という観点からは危険な存在と言える。曲がりなりにも核兵器を持つ存在であり、無視するわけにもいかない。制裁を中心とした従来アプローチからの転換も選択肢なのかもしれない。
忘れてはいけないのは、中国の存在だ。経済的な結びつきを重視して、露朝とは距離を置くが、元々は連携してきた仲だ。北東アジアにおけるこの微妙なパワーバランスの変化は、これまでの硬直した関係性に変化をもたらす可能性も秘める。ドナルド・トランプ次期米大統領の出方からも目が離せない。石破茂首相は自主外交をもって、北東アジアに新風を吹かせられるか。真価が問われる。(編集部)