実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2024.07.08 外交・安全保障

インドが武器輸出で存在感、中国恐れる東南アの後ろ盾に

長尾 賢

 中国の海洋進出が活発化する中、インドが東南アジア諸国に対する軍事支援で存在感を高めている。最新型ミサイルの輸出や武器の整備、軍事訓練などに取り組み、軍事力が弱い国々の後ろ盾となっているからだ。インド自身も中国とは陸地の国境地帯やインド洋海域でにらみ合う敵対関係にあり、軍事支援先の国々と連携することで対中抑止力を高める狙いがある。

最新型ミサイルは「ゲームチェンジャー」

 中国が南シナ海の周辺国に対し威圧的な行為を繰り返している。特に、海警局の船がフィリピン沿岸警備隊の船に体当たりや放水などによる挑発をエスカレートさせている。そのため、昨今話題になるのは、日米豪比の4か国が協力して中国に対抗する枠組みの構築だ。2024年4月の岸田文雄首相訪米時に開かれた日米比3か国サミットは記憶に新しい。

 そこで忘れてはいけない国がもう一つある。インドだ。日本ではあまり注目されていないが、ここ数年、インドがフィリピンへの軍事支援を続けている。2022年にフィリピンに対して、最新型ミサイル「ブラモス超音速巡航ミサイル」の輸出で合意。24年4月にインドの輸送機で搬入した。この動きは、フィリピンにとって中国との軍事的対立における劣勢状況を巻き返すゲームチェンジャーといえるものだ。

 フィリピンは、多くの島で構成され、島と島の間は重要な航路となる。中国の海軍、空軍が太平洋に出ていくには、台湾とフィリピン間のバシー海峡を通る必要があり、その他の航路も大事なルートになっている。そのような戦略的に重要な地域であるにもかかわらず、フィリピンが航路を封鎖できるような軍事力を備えていなかった。

 なぜなら、フィリピン海軍は、米国の沿岸警備隊に配備されている巡視船を、主力艦にせざるを得ない小規模海軍だったからだ。巡視船は大砲しか積めず、ミサイルは装備していない。ミサイルを装備しているのは韓国製フリゲート艦の2隻だけで、搭載するシースター巡航ミサイルの射程は、ブラモス超音速巡航ミサイルの3分の2程度とみられ、速度も遅い。空軍は長らく戦闘機を保有せず、韓国から購入した12機の軽戦闘機で改善を図っているが、中国軍に対して圧力をかけられる戦力ではない。

 このように小さな軍事力しかない国にとって、中国艦艇を沈めることができるほどの破壊力に優れる最新型ミサイルを持つ意義は大きい。今後、中国はフィリピンを脅す際も、周辺海域を通る際も、フィリピンのミサイルの脅威を無視できなくなるだろう。インドはそれだけ影響力の大きい武器を提供したことになる。

 インドのフィリピンに対する姿勢は、この最新型ミサイルの輸出に呼応する形で変化している。2023年にフィリピンのマナロ外相が訪印した際、中国の南シナ海における領有権の主張を16年に法的根拠がないと否定した国際法廷の判決と国連海洋法条約をもとに、インドとフィリピンの両国は共同声明の中で平和的に問題を解決するよう呼び掛けた。これは、インド外交にこれまで見られなかった明確な態度といえる。さらに、24年3月にフィリピンを訪問したインドのジャイシャンカル外相も、南シナ海問題でフィリピンに強い支持を表明。日米豪に加え、インドもフィリピンの主権を支援する立場を明らかにした。

ロシアとの共同開発から完全国産化めざす

 インドのこうした動きは、最近になって突然始まったものではなく、長年かけて準備してきたものだ。米ソ冷戦期は、中ソ対立でソ連側についていた経緯もあって、同じくソ連側のベトナムとの関係は強化されていたが、それ以外の国との関係は強くなかった。それが変わったのが冷戦後である。

 インドは1990年代から「ルック・イースト政策」を掲げ、2000年代からより重視するようになり、14年に成立したモディ政権の下で「アクト・イースト政策」に格上げ。東南アジアや台湾、韓国、日本との関係を強化してきた。その中で当初から、推し進めてきたのが防衛協力(図1)であり、大きく分けて3種類ある。

図1:東南アジアにおけるインドの防衛協力

※筆者作成

 まずは武器の輸出。インドでは従来、実績が少なかった。武器製造能力が不十分で、国際競争力が低かったためである。しかし、近年、製造能力を高め、武器輸出の事例が増えている。インドのブラモス超音速巡航ミサイルは、フィリピンだけでなく、ベトナムとインドネシアとも合意しつつある。

 ただ、このミサイルはロシアと共同開発したため、ロシア側の許可がいる。ロシアは、もともとベトナムやインドネシアに武器市場を有するため、インドがベトナムやインドネシアに輸出を増やすと、その分、ロシア製の売れ行きが伸び悩む可能性がある。結果、インドはブラモス巡航ミサイルをベトナムやインドネシアに納入したくても、ロシアの許しをなかなか得られず進まない状況。一方、従来からロシアとの武器取引がないフィリピンには、ロシアの輸出許可が比較的簡単に出たようである。こうした共同開発の問題を踏まえ、インドはブラモス超音速ミサイルの完全国産化を目指している。

 同ミサイル以外にも、アカッシュ地対空ミサイルのベトナム輸出が合意しつつあり、過去にはカルモタ級フリゲート艦のフィリピンへの輸出なども検討された。国産のテジャズ戦闘機に関してもマレーシアが関心を示しているなど、インドが東南アジアで武器の供給者として名乗りを上げる例が増えている。このように、冷戦後の30年をかけて、インドは東南アジア諸国との防衛協力を一貫して進めてきた結果、昨今のインドとフィリピンの協力関係が浮上してきたのである。

 次に訓練と整備。インドは、ベトナム軍の訓練に従事している。例えば、ベトナムが中国を念頭に新設した潜水艦部隊の訓練のうち、その上級訓練を担っているのがインドだ。ベトナムは、ロシアから「キロ級潜水艦」6隻を輸入したが、寒冷地で設計されたキロ級潜水艦を海水温の高いところで運用する際は、特別な技術が必要とされている。そのノウハウを提供しているのもインドである。また、ロシア製のミグ29戦闘機、スホーイ30戦闘機を運用するベトナムのほかマレーシアはその乗員や地上要員の訓練、インドネシアは自国のスホーイ30戦闘機の整備をそれぞれインドに依頼している。

 インドは、ロシア製の武器を保有しない国とも防衛協力を進めている。例えば、タイは空母を購入する際、艦載機の乗員の訓練を、同じような空母や艦載機を運用するインドに依頼。また、演習場を必要とするシンガポールは、インドの軍事演習場の使用許可を得て長期間使用している。

 最後はインド海軍の展開だ。インドはほぼ毎年、4隻の艦艇を東南アジアから日本まで派遣している。各国と共同演習や親善訪問を通じた関係づくりにつながるからだ。また、インド海軍はベトナムではナチャン港の使用が許可され、インドネシアではザバング島を利用できる港の整備計画が進められているという。

 こうした現地の国々との協力によって対中抑止力が高まっている。インド海軍がベトナムを訪問する際に南シナ海で中国艦艇に遭遇し、南シナ海の大半を自国の管轄範囲と主張する中国側から退去するよう警告されたものの、それを無視して航行するといった事例も出ている。2012年には、インド海軍のジョシ海軍参謀長が、インドは南シナ海でベトナムと共同資源開発を行っている事業などが危機にさらされればインド海軍で守る用意があることを表明した。

「真珠の首飾り戦略」と「債務の罠」で圧力

 インドが東南アジア諸国と防衛協力する背景には、脅威となる中国のインド洋進出がある。中国は、印中国境とインド洋の陸海両面で軍事的圧力をかけているからだ。印中国境では、中国軍による侵入事件の回数が2011年の213回から19年には663回へと大幅に増えている。これはインド洋でも顕著(図2)で、その活動は大きく3つの方法で行われている。

図2:中国のインド洋進出

※筆者作成

 一つ目が進出の基盤を形成した武器輸出。中国は、冷戦時代よりパキスタンと親密関係を築き、パキスタンに多くの武器を提供してきた。それが次第に、その他のインド周辺国にも広がった。1980年代末にインドがスリランカで、インド版「ベトナム戦争」に苦しんでいた最中、スリランカに対する中国の武器輸出が盛んに行われたほか、バングラデシュやミャンマーなどでも同様の動きが出始めたのである。

 武器は、高度な技術を使う製品であるにもかかわらず、乱暴に扱われることが多く、壊れやすい。そのため、常に整備が欠かせず、弾薬も必要となる。こうした修理部品や弾薬の供給を通じて、中国はインド周辺国への影響力を強めていった。最近では、バングラデシュへの潜水艦輸出、スリランカへのフリゲート艦供与、スリランカとミャンマーへの中パ共同開発戦闘機の輸出計画があった。インドは、これらの国々に中国から買わないよう説得し、スリランカの戦闘機購入計画は見送られたが、他の武器購入は止めることができなかった。

 二つ目はインド洋で明確な意図を示すインフラ建設。中国は2000年代から、インドの周辺国で積極的に取り組んでいる。その位置を見ると、中東からパキスタン国内とカシミールを通って新疆ウイグル自治区に入るルート、中東からミャンマーを通って雲南省に入るルート、中東からマレー半島のインド洋側から入って南シナ海側に抜けてカンボジアから北上して中国に入るルート、さらにロンボク海峡、ズンダ海峡などに沿っている。このように多様なルートを整備しているのは、中国の経済発展がマラッカ海峡を通る中東からのエネルギー資源に過度に依存し、集中リスクを避ける必要があるからだ。

 ただ、どのルートもインド洋を通り、中国にとっても重要な海洋になっている。そのため、中国はインド洋で脅威となるインドの力を抑える必要があると判断。インドを「首」として、そこに真珠のネックレスをかけるようにインドを包囲する「真珠の首飾り戦略」を進めている。さらに、インフラ建設によって、高利子で多額の借金を抱えて「債務の罠」に陥ったジブチから中国の海軍基地建設の許可を得たほか、同様にスリランカでも港の管理権を99年間にわたり中国に譲渡されるなど、インド洋進出の足掛かりを着々と築いている。

 三つ目は中国軍の展開だ。中国軍はこれまで、ミャンマーのココ諸島への施設建設のほか、海賊対策への艦艇、インドのミサイル実験監視のための情報収集艦、インド周辺国への病院船の派遣、漁をしない不審な漁船団による情報収集などに取り組んできた。さらに、パキスタン国内で中国軍の展開が確認され、ジブチに海軍基地を建設し、その海軍施設の桟橋を空母が接岸できるほど巨大化させている。インド洋では原子力潜水艦だけでなく、通常動力の潜水艦も支援艦を伴って派遣するほか、常時6~8隻展開する艦艇を派遣しており、2018年のモルディブの政変時には14隻展開して、インド海軍とにらみ合うケースも起きている。

 このため、インドでは「中国がインド洋地域に侵入するならば、インドは太平洋地域に進出する」という論理が登場し、東南アジア諸国との関係強化につながっている。

全方位外交ながらQUADで対中戦略のカギ握る

 こうした中、日本にとって、中国に対抗する形で東南アジア諸国をはじめ太平洋各国との協力関係を深めるインドは、重要な防衛協力の相手になりつつある。特に、南シナ海で中国と対立するフィリピンに対しては日米豪印戦略対話(QUAD)の4か国で支援しており、QUADの枠組みを利用していないものの、連携がとれた形といえる。今後、インドと関係の深いベトナムやインドネシアについても、対中抑止の観点から4か国の国益が合致することが考えられるだけに、インドとの連携は今後さらに重要となっていくだろう。

 一方で、インド特有の問題を理解する必要がある。中国がQUADとの交戦を決めた場合、最初に攻撃するのはインドの可能性が高い。インドは陸上で国境を接している上、インドだけが米国の正式な同盟国ではないからだ。QUADからインドを引き離すためにも、中国は印中国境で小さな戦争を起こし、「QUADと協力すると損だぞ」というメッセージをインドに送ることが考えられる。実際、インドは2020年に中国と衝突し、死傷者は約100名に及んだ。故・安倍晋三元首相がQUADやインド太平洋構想を掲げた2007年以降ではQUADで唯一、中国との戦いで死者を出した国である。

 また、インドの外交スタンスにも目を向けるべきだ。インドの武器はブラモス超音速巡航ミサイルに代表されるように、依然としてロシアと共同で開発・生産されているものが少なくない。インドとベトナムとの関係も旧ソ連を通じて形成され、インドとインドネシアは「グローバルサウス」の一員として結びつく。こうした全方位的な外交が日米豪を戸惑わせ不信を抱かせている。

 ただ、日米豪にとって、インドの独自外交は中国対策で有効に働くこともある。そもそもフィリピンがインドのブラモス超音速巡航ミサイル購入を決めたのも、当時のフィリピンのドゥテルテ政権が米国以外の国から武器を輸入したいという思惑があったからだ。結果的にインドが受け皿となったことを踏まえると、日米豪はインドの独自路線を理解するよう努め、歩み寄った方が良い結果をもたらすのではないだろうか。

 最後に、インドの中国に対する警戒感は日本以上に強く揺るがない上、政策の端々に明確に織り込まれている。日本にとって、インドとの連携は対中戦略の柱の一つとなり得るだけに、今後も粘り強く推進していくことが求められる。

写真:India Navy/AP/アフロ

地経学の視点

 インドにとって中国の軍事的脅威は日増しに高まっている。ストックホルム国際平和研究所が6月17日に公表した年次報告書によると、中国が保有する核弾頭数はロシア5580発、米国5044発には遠く及ばない500発だが、前年比で減少する米ロを尻目に90発増と核保有国で最大の伸び。「10年以内に米ロに並ぶ可能性」が指摘されている。

 東南アジア諸国への武器輸出やQUADを通じた西側諸国との連携は、その中国を牽制する意図があるが、印中など新興国が加盟するBRICSでは同じ仲間であり、実利優先の全方位外交を巧みに使って米中間でバランスを取るというしたたかさも垣間見える。

 ただ、先日のインド総選挙でモディ首相率いる与党が議会で単独過半数割れとなり、野党連合の躍進を許した結果を見ると、ヒンズー至上主義を掲げ専制的だったモディ政権に「待った」がかかったと言える。こうしたインドの国内情勢が外交戦略や関係国にどのように影響するのか今後注目される。(編集部)

長尾 賢

ハドソン研究所研究員
学習院大学で学士、修士、博士取得。博士論文では「インドの軍事戦略」を研究・出版。自衛隊、外務省での勤務後、学習院大学、青山学院大学、駒澤大学で教鞭をとる傍ら、海洋政策研究財団、米・戦略国際問題研究所(CSIS)、東京財団で研究員を務め、2017年12月より現職。日本では、日本戦略研究フォーラム上席研究員、日本国際フォーラム特別研究員、未来工学研究所特別研究員、平和安全保障研究所研究委員、国際安全保障産業協会ディレクター、学習院大学講師(安全保障論)などを兼任し、米印比スリランカで研究機関にも所属。著書:『検証 インドの軍事戦略―緊迫する周辺国とのパワーバランス』(ミネルヴァ書房、2015年)。2007年、防衛省「安全保障に関する懸賞論文」優秀賞受賞。英語論文も100本以上、海外メディアでのコメントは800件以上ある。