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2024.06.05 経済金融

インド・モディ政権が3期目突入、高経済成長とヒンズー主義に死角はないか

斉藤 誠

 インド総選挙は与党が予想外に苦戦したが、モディ政権の3期目入りは確実となった。2期目は国内の製造業振興策で7%超の高い経済成長を実現し、国民の8割を占めるヒンズー教徒向けの政策も奏功。また、米中に依存せず、「グローバル・サウス」の主導的立場をとる全方位外交によって国際舞台での存在感も一段と高まった。こうして国民の支持を得てきた一方、足元では成長鈍化や権威主義化が進む。モディ政権に死角はないのか。光と影が交錯する大国インドの実相を追う。

BJP、下院議席で単独過半数割れ

 6月4日にインドで5年に1度の連邦議会下院の総選挙(543議席)が一斉開票された。インドの総選挙は有権者数が約9億6800万人に上り、「世界最大の民主選挙」と言われる。有権者が多く、国土も広いため、投票は4月19日から州や地域ごとに7回に分けて行われた。結果はナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)が240議席、友党を合わせた与党連合・国民民主連盟(NDA)では293議席となり、与党連合は下院の過半数(272議席)を上回る議席を確保して勝利した(図表1)。もっとも出口調査の結果では、BJPが2019年総選挙の実績を上回る圧倒的勝利が予想されていたが、実際は63議席減少する結果となり、BJP単独では下院の過半数に届かなかった。

インド下院総選挙の結果(図表1)

政党2024年2019年
獲得
議席数
構成
割合
獲得
議席数
構成
割合
与党連合・国民民主同盟(NDA)29354%35365%
 うちインド人民党(BJP)24044%30356%
野党連合23443%9117%
 うちインド国民会議派(INC)9918%5210%
第三勢力、その他163%9818%
 全体543100%542100%
※野党連合は2024年がインド全国開発包括連合(INDIA)、2019年が統一進歩同盟(UPA)の結果を記載。
(資料)インド選挙管理委員会のデータをもとに作成

 一方、最大野党・インド国民会議派(INC)は、実質的な指導者として支持者の間で根強い人気を誇るラフル・ガンジー氏が国内各地を勢力的に回り、インド南部の支配を維持しながらもBJPの支持基盤である北部や西部で勝利を積み上げ、前回から47議席増となる99議席を獲得した。なお、INCは昨年、反BJPを掲げて他の地域政党と共に野党連合・インド全国開発包括連合(INDIA)を結成している。総選挙前には多くの有力者がBJPに相次いで移籍するなど政党間の候補者調整に難航したが、野党連合INDIAは、前回選挙における野党連合・統一進歩同盟(UPA)を上回る234議席を確保して、BJPの圧倒的な優位を揺るがすことに成功した。INCは政権から転落した試練の10年を経て、再び脚光を浴びつつある。

「メイク・イン・インディア」が奏功

 与党圧勝の事前予想を裏切る結果となったが、モディ政権は3期目に移行する。インド国民は2期10年続いたモディ政権の実績に必ずしも満足していないものの、及第点を付けたと言っていいだろう。モディ首相は政権発足時から「メイク・イン・インディア」をスローガンに製造業振興キャンペーンを展開する傍ら、数々の経済改革を実行してきた。

 具体的には、外国直接投資の規制緩和や計画委員会の廃止に始まり、2016年に破産倒産法の施行、17年に州ごとに異なる間接税を一本化する物品サービス税(GST)の導入、22年には国営航空会社エア・インディアの民営化などを実現した。また、電力・交通インフラの整備やデジタル公共インフラ「インディア・スタック」の構築によるデジタル化の加速のほか、低所得者向けの直接給付を通じた行政コスト削減および汚職抑制など、モディ政権下でビジネス環境が着実に改善してきた。

 実際、世界銀行が各国のビジネス環境の現状を評価した報告書「Doing Business」によると、インドのビジネス環境ランキング(190カ国対象)は2014年の142位から20年には71位へと大幅にランクアップした。こうしたビジネス環境の改善を受けて、海外直接投資は前政権から飛躍的に伸びた(図表2)。投資拡大により政権1期目の平均成長率は7.4%と高成長だった。2期目の成長率はコロナ禍では大きく落ち込んだが、21年度以降は7%超の高い経済成長が続いている。

 モディ首相は国際社会における指導者としても国民から支持を得ている。昨年インドはG20サミットの議長国を務めたが、ロシアのウクライナ侵攻を巡って意見が対立し、とりまとめが難航することが予想された中で首脳宣言が採択された。伝統的な友好国であるロシアへの非難を避けつつ、米中対立を背景にインドと協力関係を築きたい西側諸国にも受け入れ可能な表現でとりまとめたことが奏功した。

 また、2023年1月に「グローバル・サウスの声サミット」というオンライン会合を開き、G20のメンバーではない124カ国を集めてG20に向けた意見交換を行った。モディ首相は途上国に寄り添ってグローバル・サウスの盟主として振る舞い、欧米やロシア・中国とも一定の距離を保ちつつ独自外交に成功。このように昨年はインドが国際社会の中で存在感を飛躍的に高めた一年となり、総選挙に向けて国民への良いアピールにもなった。

インフラ開発や外資誘致は継続へ

 モディ政権の3期目突入でインドはどのように変わっていくだろうか。金融市場では、総選挙の予想外の結果を受けて投資家が嫌気している。選挙結果が判明した6月4日はインドの代表的な株価指数であるSENSEX指数が5.7%低下、インドルピーも対ドルで0.5%下落した。BJP単独で下院過半数を確保してスピード感のある政策運営が期待されていたが、今後は連立政権を組む友党との政策調整が必要となるため、経済成長に重要な改革を推し進める新政権の能力が問われてくる可能性もある。

 BJPは4月14日に「Modi ki Guarantee (モディの保証) 2024」というタイトルの選挙公約を発表。今回の公約は⼥性、若者、貧困層、農⺠の救済を重点として諸政策を推進することで国⺠の⽣活向上に取り組むことを約束している。また、日本の新幹線方式を採用した高速鉄道網を全国的に広げる計画を掲げるなど積極的にインフラ開発に取り組むほか、海外からの投資を呼び込みインドを世界的な製造拠点して国内に雇用を創出するといった経済政策の方向性はこれまでと変わらない。

 インド経済は現在、主要国で世界最速の成長スピードを誇る。IMFによると、2025年に日本、27年はドイツを追い抜いて世界第3位の経済大国になると予測されている。その後は長い期間をかけて遠くに見える中国と米国の背中を追いかけることになるだろう。

2047年までの先進国入りは困難

 ただ、モディ首相が掲げる「独立100年目の2047年までに先進国の仲間入りをする」という目標はかなり難しいと言わざるを得ない。インドに先行して経済が発展した中国でさえも、今なお「高所得国」入り目前の状態であるからだ。世界銀行の定義によると、高所得国は1人当たり名目国民総所得(GNI)が1万3846ドル以上であり、23年の同GNIが1万2597ドルだった中国はまだ高所得国の閾値を超えていない。中国は1978年に改革開放に転換してから2012年まで年平均9.8%近い高成長が続き、現在も5%程度の中速成長を維持している。一方、インドは22年の同GNIが2390ドルと「下位中所得国」に分類されている。今後インドが高所得国の水準に達するにはかつて中国が維持したような約10%の高成長を47年まで維持する必要がある。

 インドが現在7%程度の成長ペースをさらに加速させるためには、米中対立を機に高まる資金流入にあぐらをかかず、再び構造改革を前進させることが必要だ。しかし、与党連合は上院で過半数の議席を有しておらず、ねじれ議会は土地改革法案や労働関連法の改正など改革推進のための障害の一つとなっている。また、インドは連邦制国家であり、経済開発計画は中央政府と州政府の共通管轄事項と憲法に規定されている。そのため法制度や投資環境は地域によって異なり、インド全土で一様に経済開発を進めることは難しいのが実情だ。

保護貿易政策で競争力低下のリスク

 モディ政権には経済合理性に欠ける政策判断が散見される。ブラックマネーの撲滅を目的に実施した2016年の高額紙幣廃止やコロナ禍当初に全国で実施された厳格なロックダウンはインドの社会経済に大きな混乱を引き起こすこととなった。また、19年には地域的な包括的経済連携(RCEP)交渉からの離脱を表明したほか、製造業振興を旗印に断続的に関税を引き上げるなど保護主義的な貿易政策が目立った。保護貿易政策は短期的には国内産業を保護することができるため選挙では国民の支持を受けるが、長期的にはインドの産業競争力が低下するリスクを抱えることになる。

 高い成長率は総選挙に向けて良いアピールとなったが、経済成長の恩恵は一部の富裕層に集中しているとの批判がある。成長から取り残されている農村や社会的弱者層は2022年から続く物価上昇により生活苦に喘いでいる上、人口増加のペースに雇用創出が追い付かず、若年層(とくに高学歴層)の失業の問題も深刻化している。

 さらに、モディ首相が推し進めてきた「ヒンズー・ナショナリズム」に光と影が交錯する。ヒンズー・ナショナリズムとは、国民の約8割を占めるヒンズー教徒の権利を優先する政策を推進することである。モディ政権は今年1月に北部アヨーディヤでヒンズー教のラム寺院を建立し、前回総選挙の公約を達成した。だが、同寺院はヒンズー教徒とイスラム教徒が所有権を争い、1992年には全国的な暴動が起きた宗教間対立の象徴とも言える土地に建てられたものだ。

 前回の総選挙直前には、パキスタンと領有権を争うカシミール地方で自爆テロが発生し、モディ首相は報復としてパキスタン領内の過激派の拠点を空爆した。このことはモディ首相の強い指導者像のアピールに成功し、総選挙では追い風となった。さらに選挙後には、モディ首相は公約に掲げたムスリム人口の多いジャンム・カシミール(JK)州に特別な自治権を与えるインド国憲法第370条を廃止した。政府はJK州の自治権を剥奪してインド憲法に従わせることにより、他の地域と対等にすることが目的であると説明したが、多数派であるヒンズー教徒の利益を優先していることは明白だった。インドの憲法に明記される「政教分離の原則」を度外視して社会の分断を招くと、治安上の懸念が高まり、外国企業からインドはビジネスのしにくい国であると評価される恐れがある。

パキスタンより強まる中国への脅威認識

 インドは隣国との間で国境問題や領土問題を抱えている。西のパキスタンとは1947年の独立後3度にわたり戦火を交え、カシミール地方を巡る対立が続いている。もっとも、71年の第三次印パ戦争の時に引かれた管理ライン(旧停戦ライン)には鉄条網が設置され、事実上の国境ラインとして管理されている。印パ両国は核保有国であり、核戦争のリスクを避けるためにも両国政府が意図して戦争を始める可能性は低いが、通常戦力で劣るパキスタンは過激派が越境テロを仕掛けてくるため、インドはテロ脅威に悩まされている。2019年にインドがテロ事件への報復として実施した越境空爆に対し、パキスタン政府は大規模な反撃を控えて緊張状態は緩和に向かった。しかし、今後同様の事象が起きた場合、モディ政権は宗教的ナショナリズムを鼓舞して強硬姿勢を貫く展開が予想されるため、事態がエスカレートする危険性がある。

 印パ関係以上に問題が複雑化しているのが、ヒマラヤ山脈を挟む形で直接的に国境を接している北の中国との関係だ。中印国境は確定していないため、たびたび国境地帯で中印両軍が衝突して死傷者が生じる事件が断続的に発生しており、安全保障上の脅威となっている。また、インドと中国はインド洋の海洋安全保障を巡り対立関係にある。中国はインド洋に「真珠の首飾り」と呼ばれるシーレーン戦略を展開しており、パキスタン(グワダル港)やスリランカ(ハンバントタ港)、バングラデシュ(チッタゴン港)、ミャンマー(シットウェ港)など、インド周辺国の港湾整備への支援を通じて足場の確保に努めている。インド政府はこの真珠の首飾りを自国の封じ込め策と受け止め、中国への脅威認識を強めている。

 インドは中国に対抗する形で友好関係にある周辺国との結束を重視しつつ、日米豪との戦略対話(QUAD)や米国主導の新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」に参加するなどして中国をけん制している。しかし、QUADやIPEFは海洋での協力枠組みであり、陸上の国境問題に有用ではない。2020年に中印両軍が衝突した際、調停役を果たしたのがロシアだった。インドは冷戦時代に旧ソ連と接近し、現在も武器の半分近くを調達するなどロシアと伝統的な友好関係にある。実際、ウクライナ戦争では、西側諸国はロシアの行動を強く非難してロシア産原油の輸出制限を狙った制裁を発動したが、インドはロシアへの批判を控えた上、ロシア産原油の輸入量を急増させた。一方のロシアは中国とインドの両者に友好的な態度をとっており、中印国境紛争に対しては一貫して中立の立場を保っている。

 5月16日、中露首脳会談が行われた。ロシアはウクライナ侵攻後、国際的孤立を深めており、中国との協力関係を強化することにより米国への対抗をアピールした。もっとも、中国とロシアの間には上下関係が生まれつつあり、ロシアとしては中露印のバランスを取ろうとインドとの関係も強化していきたいと考えているはずだ。インドにとって中国は脅威であり、ロシアの力が低下し、中国が中央アジアなどで力を付けることは心地よいものではない。そのため、西側諸国との関係を不必要に損なうリスクに注意を払いつつ、引き続きロシアとの連携を図るといった独自の「全方位外交」を巧みに利用し、国益維持につなげていくことだろう。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 曖昧さや多様性が特徴のインドは捉えどころのない国として受け止められることが多いが、「実利主義」と「全方位外交」の政治的スタンスは一貫している。例えば、ウクライナ侵攻で孤立するロシアは長年のパートナーとして西側の経済制裁に加わらず、原油を割安価格で大量に輸入。自国だけでなく、精製してグローバル・サウスの途上国や欧州などに輸出して儲けるしたたかさもその一例と言える。

ただ、課題もある。「ネクストチャイナ」として注目されるものの、筆者が指摘するようにインドの1人当たり名目GDIは中国の5分の1程度に過ぎず、国内産業をけん引した海外からの直接投資残高も横ばい状態で中国には遠く及ばないことから、経済大国としての力はまだまだ不十分だ。また、モディ首相のヒンズー至上主義がロシアのプーチン大統領や中国の習近平主席の独裁主義と重なり、反対勢力の動向次第ではより深刻な社会分断を招く恐れもある。

国境紛争などで対立する中国とは上海協力機構(SCO)で同盟関係を結ぶ一方、米国とはQUADで連携する。米中にとってインドを自陣営に取り込むことは、安全保障や地政学的な位置付けからも多大なメリットを得られるだけに、キャスティグボードを握るインドを巡る米中の綱引きが激しくなりそうだ。(編集部)

斉藤 誠

ニッセイ基礎研究所 准主任研究員(東南アジア経済・インド経済担当)
2008年に日本生命保険相互会社入社、2012年ニッセイ基礎研究所出向、2014年アジア新興国の経済調査担当、2018年より現職。「『自立したインド』実現へ、モディ政権が国産化政策に梃入れ」「インド経済の見通し~23年度後半は総選挙を控え投資が鈍化、景気減速へ」などインド関連のリポートを数多く執筆。