中国が「ゼロコロナ」政策から一転、「ウィズコロナ」政策へ舵を切った。背景には上海や北京、成都、武漢などの大都市で起こった異例の大規模デモがある。数百人もの国民が集結し「習近平(シー・ジンピン)、共産党は退陣せよ!」と声を上げた。各地の名門大学キャンパスでも同様のデモが発生し、学生らは「白い紙」を掲げて政権への怒りを示した。白い紙は「政権には何も言えない」ことを示しているようで、国民の声が政権に対していかに無力かがわかる。デモは海外メディアからも大きな注目を集めた。
一連のデモのきっかけになったのが、先月24日に新疆(しんきょう)ウイグル自治区ウルムチ市で発生した火災だ。ゼロコロナ政策の封鎖措置によって救助活動に遅れが発生し、19人が死傷した。中国本土ではゼロコロナ政策が打ち出されてからというもの、学校の休校や工場の稼働停止、交通機関の運行停止、外出禁止、医療機関の休診などといった厳格な措置が取られてきた。こうして自由が制限され続けた結果、政権への不満が募り、国民の怒りが爆発したというわけだ。
ゼロコロナ政策、突如緩和を決定
これを受けて政府はゼロコロナ政策の緩和に向けて動き始め、先月11日に20か条措置を、今月7日に新10か条措置を相次いで打ち出した。これによりPCR検査の陽性者は軽症や無症状であれば、各地に設置された集中隔離施設に行く必要はなくなり自宅隔離が認められるようになった。さらに医療機関や学校、交通機関での24時間以内の陰性証明の提示義務が取り消されたほか、店内での飲食も可能となった。今後も、政府は規制を世界標準に合わせていく考えだ。
しかし、3年間も続いたゼロコロナ政策からの突然の転換によって、国民の多くに混乱が広がっているのも事実だ。実際、このところの新規感染者は増加の一途を辿っており、感染の恐怖心に駆られた国民は自ら外出を自粛したり、医薬品の爆買いに走ったりしている。
中国産ワクチン「コロナバック」とは?
なぜ、こんなにも不安感が残るのか。それは彼らが、自らが受けた中国産ワクチン「コロナバック」の有効性に疑念を抱いているからだ。これは中国の製薬会社シノバックが開発したワクチンで、昨年6月にWHO(世界保健機関)により緊急承認されている。政府の統計機関によるとコロナバックの発症予防率は51%(2回接種)と、米ファイザーの95%(2回接種)にははるかに及ばない。
コロナバックは不活化ワクチンで、無害にしたコロナウイルスを体内に投与することで免疫を作る。一方、米ファイザーや米モデルナなどが提供しているメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは、ウイルスがヒトの細胞へ侵入するために必要なタンパク質であるスパイクタンパク質の作り方を伝える遺伝物質「mRNA」を体内に投与する。これによって作られたスパイクタンパク質を体が異物と認識することで抗体が作られる仕組みだ。
なお、現在中国国内でmRNAワクチンが接種できないわけではなく、国産のmRNAワクチンがいくつか供給されている。政府はこれらのmRNAワクチンを含めたブースター接種(追加接種)を国民に奨励している。
企業 | ワクチンの種類 | 承認段階(政府による) |
科興控股生物技術(シノバック) | 不活化ワクチン | 承認済 |
康希諾生物(カンシノ) | mRNAワクチン | ブースター接種承認済 |
重慶智飛生物製品 | 組み換えタンパクワクチン | ブースター接種承認済 |
雲南沃森生物技術(ワルバックス) | mRNAワクチン | 臨床試験3期終了 |
石薬集団 | mRNAワクチン | 臨床試験2期終了 |
神州細胞 | 組み換えタンパクワクチン | 臨床試験3期終了後、緊急承認済 |
三葉草生物 | 組み換えタンパクワクチン | 臨床試験3期終了後、緊急承認済 |
万泰生物 | 組み換えタンパクワクチン | 臨床試験3期終了後、緊急承認済 |
ワクチンを国産化し、輸入依存度を低下させたい政府は、以前から外国産ワクチンを国内から締め出してきた。現在、中国の香港、マカオ、台湾には独ビオンテックと中国医薬品大手の上海復星医薬が共同開発したmRNAワクチン「復必泰」が供給されているが、中国本土においては政府の承認が済んでいない段階だ。そのため、「復必泰」を求める多くの国民がマカオやシンガポールまで渡航しているという。
有効性に疑問が残るコロナバックだが、政府は海外提供を急速に進めている。シノバック社のデータによると、全世界での供給量は27億回、投与量は23億回を超えており、52か国の20億5200万人に投与が完了している。その8割はアジアや中南米の新興国が占めており、中国が進める広域経済圏構想「一帯一路」への参加国への輸出が多い。
政策転換で経済は回復するか
「ゼロコロナ」政策を巡っては、以前から方針転換がなされるという見方が広がっていたが、実際に規制緩和が決定すると海外からの資金流入が始まり、中国本土、香港両株式市場での株価は上昇に転じている。ただ、中国が現在のコロナ感染拡大に対応し共生をはかるにはまだまだ時間がかかる見通しだ。しかし、今後政府がコロナ感染拡大への対応に成功すれば、現在世界で問題となっているサプライチェーン(供給網)の混乱やインフレの加速に歯止めがかかるかもしれない。今後、中国がいかにコロナに対応していくか。その行方に目が離せない。
(写真:AP/アフロ)