「感染症がリスク要因」という指摘自体は決して目新しいものではない。2009年のH1N1亜型インフルエンザウイルスの世界的流行を受けて、日本でも2012年に「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が制定された。「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」でも、新型インフルエンザや未知の感染症が「発生した場合には、国家の危機管理として対応する必要がある」と明記された。
もっとも、一連の備えが新型コロナショックで機能したとは言いづらい。「不測の事態への備え」は難しい問題であるが、ニーアル・ファーガソン教授は「キッシンジャー 1923−1968 理想主義者」でキッシンジャーを分析した中で、「外交決定における推定の問題」を紹介し、不測の事態に備えることの難しさを描き出している。
「外交決定における推定の問題」とは、意思決定には、分かっていることを超えた部分で判断を下す能力が必要になることを指す。キッシンジャーは「すべての事実が出そろう前に、リスクの高い政策への判断を下さなければならないこと」を理解し、「回復された世界平和」では「政策上の判断は事実ではなく、解釈を前提にしている」と指摘した。
推定で決定を下すことの問題は、それがよい判断だったかを、結果から判断しづらいことである。後世の人々は、特定の政策をとらなければいかに深刻な事態になっていた恐れがあるかについてを簡単に忘れる一方、予防的、先制的な行動をとった政治家は、惨劇を回避したとして称賛されるより、それに必要になったコストを問われやすい。
また、外交政策をめぐるもっとも困難な決定とは、そこに悪い選択肢しか存在しない場合である。真に道徳的な行動は「ましな悪魔」を選ぶしかなく、絶対的な何かを主張することは、不作為を決め込む処方箋のようなものだとも指摘した。いずれも不測に備えるための指針である。
(株式会社フィスコ 中村孝也)