2020年9月19日、カナダのフランソワ・フィリップ・シャンパーニュ外相は、地元有力紙グローブ・アンド・メールとのインタビューで「中国との自由貿易協定の締結を目指して進めてきた交渉を打ち切る」と発表した。中国側の「威圧的な外交」で交渉継続の条件が失われたと報じている。2015年に政権の座について以来、協定の締結を追求してきたジャスティン・トルドー首相にとっては大きな政策の転換である。
トルドー首相は2016年9月に中国を訪問し、数週間後、今度は中国の李克強首相がカナダを訪れ、合同軍事演習を含む数十の分野でパートナーシップを更新した。しかし、ウイグル人への弾圧、香港の自治に関する国家安全法の施行などに加え、2018年12月に中国通信機器大手であるファーウェイの副会長を逮捕したことに対抗して、スパイの疑いでカナダの元外交官マイケル・コブリグとビジネスマンのマイケル・スペイバーを逮捕拘束したり、麻薬密輸罪などに問われたカナダ人に相次いで死刑判決を出すなど、中国側の報復的な対応に対し、カナダ側も大きな不信感を募らせていたものと思われる。
2019年3月、中国系カナダ人作家のジョナサン・マンソープは、「パンダの爪、カナダにおける北京の影響力と威嚇のキャンペーン」という著書を出版した。本書は、2018年にオーストラリアにおける中国の影響力について言及したクライブ・ハミルトン教授による著作「サイレント・インベージョン」のカナダ版ともいうべき書籍である。本書は、1880年代の中国人の移民受け入れから現代における両国関係に至るまでのカナダ側からの考察を述べている。マンソープは中国に関するカナダ側の神話は2つあったと説く。1つ目は「民主主義と人権の価値観は、最終的に中国共産党の一党独裁を凌駕し、カナダは中国に対し、その価値観の転換を優しく支援できる」というものである。「1989年の天安門事件は、この神話を証明する事例であり、中国の大衆が民主主義と人権の価値を求め始めた証だった」と事件を評価している。
2つ目は「中国は大国になろうとはせず、東南アジアの地理的優位を得ることを目標として、台湾と香港さえ取り戻せればそれ以上の拡大を望んでいない」というものである。「中国が2001年に世界貿易機関に加盟したのは、中国が欧米のグローバルスタンダードや西欧の価値観に屈服した証拠」と分析されていた。
マンソープは、中国の影響力拡大について「ジャーナリズムから大学、政治からビジネスに至るまで、数十年にわたって、中国を背景にした組織や無名の工作員がカナダのあらゆる機関に根気よく潜入し、影響を与えるための不穏な事件などを起こしている。カナダの先端技術や科学の秘密情報を盗んで中国に届ける事例も発生している。カナダの核研究プログラムの成果も中国で発見され、カナダの科学者を驚かせている」とその根気強く巧妙な手口を明らかにしている。
中国の影響力行使について、1997年からカナダ安全情報局とカナダ騎馬警察が秘密裏に調査を開始したが、その内容は「銀行から不動産、ハイテクにいたるまで社会のあらゆる分野で200以上の企業が、中国系の秘密結社により、中国の恩恵を受けた大物や国営企業を通じて中国の影響力を行使したり、所有権を獲得してきた。さらには、マネーロンダリングやヘロインの密売などの犯罪活動も活発化している」と指摘している。
著書の最後で、マンソープは「ファーウェイの5Gはトロイの木馬である可能性があり、中国共産党が通信システムや極秘のファイブアイズ・ネットワークに潜入するために使用することを企図している可能性がある」と警告を発し、「『カナダが中国を変えることができるという考えは死んでいる。問題は、中国がどの程度までカナダを変えるか』であり、我々は日常的にカナダの政治、経済、社会に干渉する超大国に、どのように対処するかを問うていかなくてはならない」と締めくくっている。