米海軍作戦部長マイケル・ギルデー(Michael Gilday)大将は2019年12月、「海上優勢維持のための構想に関する個別命令(A Design for Maintaining Maritime Superiority)」を発表した。海上自衛隊幹部学校の佐藤善光氏によれば、この構想は「将来の海軍構想(Future Navy)という項目において、「海上における競争の優位性を維持するため、Distributed Maritime Operation(DMO:分散海上作戦)、Expeditionary Advanced Based Operation(EABO:遠征前進基地作戦)、Littoral Operations in a Contested Environment(LOCE:紛争環境下における沿海域作戦)の3つの作戦の利点を最大化する戦闘能力及び決定的打撃力を確保すること」を目標に掲げたと説明している。このうちDMOを理解するには、その前身とも言える米海軍水上部隊司令官トーマス・ローデン(Thomas Rowden)中将のDistributed Lethality(DL:分散型致死性攻撃力)論文を把握する必要があり、ここで2015年1月のプロシーディング誌の掲載記事を紹介する。
アメリカのワシントンDCにあるCSBA(Center for Strategic and Budget Assessments)によると、2010年から2019年の中国の国防費の総額は155兆円であり、A2/ADの脅威が急増している中で、米軍のアクセスをいかに保証するかという大きな問題に直面していると分析している。そのような戦略環境の中で発表されたローデン中将のDL論文の主な構成は、「海上戦力の再編成」、「制海権」、「ハンターキラーSurface Action Group(SAG:水上行動部隊)」、「攻撃的地対地ミサイルなど各種兵器」、「分散型致死性攻撃力の指揮統制」、「分散型致死性攻撃力の効果的効率的運用方法」などとなっている。特に注目したい記述は、(1)戦力の再編成、(2)ハンターキラーSAG、(3)効果的で効率的な分散型致死性攻撃力の運用方法、である。
(1)戦力の再編成について、ローデン中将は「この再編成の目的は、敵軍が我々の攻撃に対抗するために自軍の防御陣形をシフトさせること。敵軍はより多くの防御対象に資源を配分することを余儀なくされ、それによって敵軍を攻略するための作戦上の優位性を向上させることになる」と主張している。そして「この再編成にはいくつか理由があったという。その一つは、米海軍は冷戦終結により、無敵の優位性を獲得したが、水上部隊戦闘員の意識は、徐々に攻勢から守勢に変化してしまった。そして、陸上攻撃、海上警備能力は向上したが、対潜戦、対水上戦能力が徐々に低下してしまった。米海軍は現代及び将来の反A2/AD環境における戦闘空間の優位性を取り戻すために、進化するミサイル、航空機、潜水艦の脅威に対抗していかなければならない」と戒めている。
「二つ目は、米国の国益を守る境界線は、自国の海岸線から何千マイルも離れている。海を基盤とした戦力投射は、米国の主要な競争を優位に進め、同時に、米国の影響力を維持し、世界的なリーダーシップを発揮するため絶対的に必要であることを忘れてはならない。この優位性に対抗する敵対者は、米国の前方展開部隊による抑止の価値を低下させ、友好国や同盟国に提供する保障に悪影響を及ぼすであろう。攻勢への転換は主戦場を広げ、より複雑なターゲティングの問題を提供し、必要な場所に、米海軍の戦力を投射するためのより有効な条件を作りだす」と分析している。「三つ目は、戦力再編成による攻勢への移行は、海兵隊との緊密な統合を強化するために極めて重要である。より完全に統合された海兵隊と水上部隊の戦闘チームは、海上や沿岸域での事象に影響を与え、持続的な存在感を提供することになる。この海軍と海兵隊の統合された打撃部隊は、世界中の安全保障上のニーズに対応するために、益々必要とされる存在となるだろう」とその統合の利点を強調している。
(2)ハンターキラーSAGについて、ローデン中将は「分散型致死性攻撃力論におけるハンターキラーSAGは、巡洋艦、駆逐艦、沿岸戦闘艦(LCS)、水陸両用艦、補給艦で構成され、個々の構成要素の攻撃力を高め、分散型の攻撃隊形を形成する。ハンターキラーSAGは、その後の戦力投射のために沿岸部の作戦地域を確保し、敵の陸上目標に脅威を与える。地理的に間隔をおいた多数のSAGユニットに戦力を分散させることで、敵のターゲティングは複雑化し、攻撃密度は希釈される。これらのハンターキラーSAGは、ネットワーク化され、統合され、空母艦載機部隊や陸上哨戒機の支援のない戦域でも複雑な作戦を支援できる」とその構成や機能を説明している。
(3)効果的で効率的な分散型致死性攻撃力論の運用方法について、「分散型致死性攻撃力論は、現在保有する艦隊と近い将来計画されている艦隊を最も効果的で効率的に運用する方法を説いている。技術の飛躍を必要とせず、大規模な資金投入もなく、艦船数の増加もない。単に現在の船をより良く利用し、どのように装備し、どのように活用するかを別の角度から考える必要があるだけである」とローデン中将は、その利点を謳っており、最後に「分散型致死性攻撃力運用の成功のカギは『やり遂げる強い意志』であり、現在の運用方法を変えなければならないことを認識する『不屈の精神である』」と締めくくっている。
中国の覇権主義が世界各地で顕在化し、インド、ブータン、南シナ海、台湾、東シナ海での力による現状変更の動きに西側各国は警戒感を強めている。米中双方は、お互いの領事館の閉鎖を行い、外交の断絶や戦争の一歩手前ではないかと事態のエスカレーションを危惧する観測もある。我が国にとっても、最近の尖閣を巡る中国の挑発などに対し、米軍の戦略を理解し、日米の緊密な連携による効果的対処を期待したい。