昨年、退役した米海軍作戦本部長ジョン・リチャーズ大将は、「中国が東シナ海と南シナ海で違法な領有権を主張するために海上民兵の漁船団を利用していることを米国が認識していること」を中国の南海艦隊海軍司令員シェン・ジンロン上将に警告している。
ここで、武力紛争時における中国の海上民兵の法的な扱いなどについて、米海軍大学校の中国海事研究センター(CMSI : China Maritime Studies Institute)および米海軍兵学校ストックトン国際法センター、ジャームズ・クラスカ教授の研究成果および主張を紹介する。
リチャーズ海軍作戦本部長は、「中国海上民兵による攻撃的な行為に対して、米海軍はこれらの漁船団を軍隊の一部として対応するだろう」と警告した。そして、「これらの漁船の多くは、平時は漁業に従事しているが、武力による敵対行為の際には海上民兵として海軍の作戦を遂行する。海上民兵の漁船団は、時として人民解放軍海軍(PLAN : People’s Liberation Army Navy)や中国沿岸警備隊(CCG : China Coast Guard)を支援するために招集され、海軍補助艦として活動することがあるので、軍艦と同じ扱いを受け、武力紛争中は、中立水域外で撃沈される可能性がある」と述べている。
CMSIは、「中国の海上民兵は、一つの海上民兵組織が存在するのではなく、国防を支える地方政府と省政府の間に存在する部隊の集合体である」という認識を明らかにした。また、「海上民兵政策は、習近平総書記が指導する中央軍事委員会によって規定されるが、民兵の管理は、地方や省の指導部の下に置かれている。組織上は省レベルの軍区に属しており、『人民軍海上民兵(PAFMM : People’s Armed Forces Maritime Militia)』と呼ばれ、中国の第三艦隊(第一艦隊:PLAN、第二艦隊:CCG)として活動している。PAFMMには普通の漁業船団であり、たまにPLANを支援する組織と、より専門化され、海上における権利保護を実施するための海軍補助隊として活動している組織がある。そして、平時と紛争時ではPAFMMの構成要素や任務は、異なったものとなっており、『迷彩服を着れば兵士としての資格があり、迷彩服を脱げば、法を守る漁師である』というように、中国政府が意図的にPAFMMの地位を難読化しようとしており、一種の『暗黒艦隊』としての運用を意図しているようだ」と主張している。
CMSIは、さらにPAFMMが参画し、効果的だった事例を列挙している。(1)2009年、中国の領海外で軍事調査を行っていた米海軍インペッカブルがPAFMMと中国政府船の複合部隊に包囲され、曳航アレイを切断すると脅して米海軍の活動を妨害した。(2)2010年、日本の尖閣諸島周辺で中国のCCGやPAFMMが日本への嫌がらせや現状維持を不安定化させる手段として日常的に領海とその周辺海域に侵入している。(3)2014年、PAFMMは、ベトナムの排他的経済水域(EEZ)内で中国の油槽所設置を支援した。(4)2016年、PAFMMがスカボロー礁で、フィリピン漁民の伝統的な漁業を不法に妨害した。(5)2016年、マレーシアのサラワン沖ラコニア浅瀬周辺とマレーシアのEEZ内に約100隻のPAFMMが違法操業を行った。
CMSIは、さらに、「米国、日本、インドネシア、ベトナム、マレーシアはいずれも中国のPAFMMと対峙しており、状況がエスカレートする危険性をはらんでいる。もし、PAFMMとの対決に失敗すれば、領海やEEZにおける北京の存在と範囲を正常化することになる」と、警鐘を鳴らしている。
他方、クラスカ教授は、海軍交戦法におけるPAFMMの扱いについての考察を示している。PAFMMの漁船は武力紛争時のターゲッティングの目的上、以下3つのカテゴリーに分類されると指摘している。(1)沿岸漁船:ハーグ条約XI第3条及び海上での武力紛争に適用される国際法に関するサンレモ・マニュアルによると沿岸漁船は、敵対行為中にPLANを支援しない限り、拿捕や攻撃を受けない。沿岸の小型漁船は、専ら沿岸での漁業、沿岸での貿易に従事している場合は、武力紛争の攻撃を免れる。しかし、PAFMMは一般的に公海上で日常的に操業し、軍の指揮を受けているので、この沿岸漁船に該当しない。(2)外航漁船:PAFMMの通常の外航漁船は、その行為によって軍事目標とならない限り攻撃を受けない。標的になるのは、機雷施設の様に交戦的行為、部隊輸送のような補助的行為、情報収集、早期警戒、指揮統制を通じて敵の殺傷連鎖に組み込まれる場合には、合法的な軍事目標となる。(3)補助艦船:PAFMM艦船の中には、その行動に関わらず、PLAの活動を促進するために装備された事実上の海軍補助隊として、直接標的にされるものがある。軍艦は、国家の軍隊に属し、海軍士官の指揮下にあり、ハーグXII第2条から5条、公海条約第8条、国連海洋法条約第29条に規定されている軍事規律に従った乗組員が常務していなければならない。補助艦船は海戦における軍事目的となる定義を含む条約はないが、サンレモ・マニュアル規則に反映されているように、軍艦と同様に武力紛争中に非武装であっても標的にされる可能性はある。そして、クラスカ教授は「これら3つのカテゴリーを見分けるためには、適切な情報収集と分析が必要である」と締めくくっている。
東シナ海、南シナ海で海上民兵に起因する数多くの事例が発生しており、教訓が多数残されている。東シナ海における海上民兵の不法な活動に備えるため、我が国として、先行的に周到な準備を行い、国土を守るという毅然とした対応を期待したい。