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2018.07.17 特別寄稿

新しい貨幣を発行する「うまみ」
仮想通貨のゆくえと日本経済vol.2

中川 博貴

◇以下は、FISCO監修の投資情報誌『FISCO 株・企業報 2018年春号 −仮想通貨とサイバーセキュリティ』(4月28日発売)の特集『仮想通貨のゆくえと日本経済』の一部である。また、8月3日発売予定の書籍『ザ・キャズム~今、ビットコインを買う理由~』(フィスコIR取締役COO/フィスコファイナンシャルレビュー編集長 中川博貴著)のダイジェスト版となる。全14回に分けて配信する。



ビットコインは、この世に誕生してからまだ10年も経過していない。2017年に最大20倍以上に膨れ上がったビットコインの価格を見て「中世オランダのチューリップ球根以来のバブル」だと評する声もあったが、これはバブルなのだろうか。ビットコイン投資に機関投資家が本格参入している今、その将来性を悲観するのは早計であろう。貨幣の歴史そのものに立ち返ることで、仮想通貨の本質的価値とその未来、これから日本経済が進むべき道を探る。


貨幣の歴史と、米国による世界支配


新しい貨幣を発行する「うまみ」


約2700年前(紀元前700 年)にリディア王朝(現在のトルコ一帯)で初めて、金貨が流通するようになった。リディア王朝の金貨を発行していたのは、主権者である国王 だった。やがて、通貨発行権者が「シニョレッジ」と呼ばれる差益を得るようになっていった。

シニョレッジとは通貨発行益と称され、金貨に使われている素材としての金が、貴金属として持つ市場価値から金貨の額面を差し引いた分を通貨発行権者が利益として受け取れる仕組みである。

秤量貨幣が主流だった時代ならば、たとえば千円の交換価値があった分量の金で金貨をつくっても、その表面に「1万円」と刻まれた途端、その金貨は1万円の交換価値を持つ通貨として流通する。差額の9千円がシニョレッジとして、通貨発行権者の懐へ入ることになる。

金貨に使われている金の素材的価値が、たとえ、その金貨の表象する額面を大きく下回っていても、「国王のもとで発行されている神聖なお金」として、市民の多くが納得して流通させていれば、市場経済上は何も問題なく回ってしまう。こうしたシニョレッジの「魔力」に世界で初めて気づいたのが、リディアの王朝だったのである。


莫大なシニョレッジを得られる「紙幣」


次の重要なイノベーションは、西暦1200年代、アジア地域の大半を支配してみせたモンゴル帝国(元)で起きた。当時、人類史上で初めてとなる「紙幣」の誕生である。

1260年頃、皇帝フビライ・ハンは、『中統元宝交鈔』(中統鈔)と呼ばれる紙幣を発行し、これを国内で唯一通用する貨幣として位置づけた。高額から小額まで11段階におよぶ額面の紙幣を発行したが、硬貨は一切発行しなかった。

フビライ・ハンは、モンゴル帝国の初代皇帝、チンギス・ハンの孫にあたるが、この頃のモンゴル帝国は、ユーラシア大陸の温帯地域を帯状に支配し、面積でいえば世界の陸地の約4分の1を領土とした人類史上で最大級の国家であった。これほどの巨大帝国を維持するだけの貨幣を発行しようと思えば、莫大な量の貴金属が必要となる。その当時、リーズナブルに発行できるのは銅貨だが、モンゴル帝国では銅も不足していた。

そこで「紙のお金」という大胆な発想に基づく貨幣が発行されたものと考えられる。貨幣の材料として紙でも問題ない……となると、フビライ・ハン政権にとってのシニョレッジは莫大なものとなる。たとえて言えば、1枚0.1円の紙切れに「1万円」と書いてハンコでも押せば、差額の9999.9円が丸ごと、モンゴル帝国の財源となるわけである。巨大帝国を財政的に維持する仕組みとして、これほど効率的かつ暴力的なものもないだろう。


シニョレッジは14世紀までの世界では「仁政」の対価であった


通貨発行権を持つ支配者は、シニョレッジを背景に「徴税力」「軍事力」「強力な政治権限」といった3種の権力を一挙に手中にできる。

しかし、いくら通貨発行権を有していても、シニョレッジ欲しさに通貨発行を乱発したならば、インフレーションが起きて、かえって通貨の信頼性を毀損させる結果となる。皇帝のお墨付きさえあれば、その威光の前にひれ伏して素直に通貨を市場流通させてしまうほど、民衆も愚かではない。通貨発行権者としての為政者が、シニョレッジによる莫大な富を手に入れるためには、「よりよい治政」を人民に約束し、実行に 移さなければならない。

すなわち、シニョレッジは仁政の対価といえる。民衆のためにならず、ただ単に通貨を恣意的に発行し、私腹を肥やすだけの政治しか行わなければ、シニョレッジを享受する為政者の権限は徐々に減衰していくのである。


(つづく~「仮想通貨のゆくえと日本経済vol.3 複式簿記と銀行業の誕生【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】」~)



フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議の主要構成メンバー
シークエッジグループ代表 白井一成
フィスコIR取締役COO 中川博貴
フィスコ取締役 中村孝也

【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】は、フィスコ・エコノミスト、ストラテジスト、アナリストおよびグループ経営者が、世界各国の経済状況や金融マーケットに関するディスカッションを毎週定例で行っているカンファレンス。主要株主であるシークエッジグループ代表の白井氏も含め、外部からの多くの専門家も招聘している。それを元にフィスコの取締役でありアナリストの中村孝也、フィスコIRの取締役COOである中川博貴が内容を取りまとめている。2016年6月より開催しており、これまで、この日本経済シナリオの他にも今後の中国経済、朝鮮半島危機を4つのシナリオに分けて分析し、日本経済にもたらす影響なども考察している。

中川 博貴

株式会社クシム代表取締役
フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議の設立メンバーとして当時より参画。 公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。 環境省「持続可能性を巡る課題を考慮した投資に関する検討会」委員(2015〜2017)。 IR専門誌「フィスコファイナンシャルレビュー」編集長(2017〜2019)。 著書に「ザ・キャズム 今ビットコインを買う理由」がある。

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