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2020.05.19 安全保障

我が国の宇宙政策の現状と課題、元統合幕僚長の岩崎氏「宇宙を制する者が未来を制する」

岩崎 茂

本年4月15日、ロシアが対衛星ミサイル発射実験を行った事を米国宇宙軍司令部が公表し、米宇宙軍司令官のレイモンド空軍大将は「ロシアの宇宙兵器は米国並びに同盟国の宇宙システムに大きな脅威である」と述べ、「ロシアは低軌道衛星を破壊する能力を既に保有しており、その重大性と脅威の更なる増大」を指摘した。宇宙衛星の破壊については、2007年に中国が世界に先駆け成功し、米国が2009年に追随する格好となっている。そして現在では、ロシアもその能力を保有するに至った。

つい最近、我が国の「はやぶさ2号」が地球への帰途についた、との報道があった。この「はやぶさ」とは、我が国の小惑星探査機である。初代の「はやぶさ」は2010年6月に「小惑星イトカワ」から表面物質のサンプルを持ち帰った。世界初である。今回の「はやぶさ2号」は、太陽系の起源・進化と生命の原材料物質を解明する為に「C型小惑星リュウグウ」へ向かい、見事サンプル採取に成功し、今年末に地球へ戻ってくる計画である。当に世界に誇る成果である。準天頂衛星「みちびき」も素晴らしい性能を有する測位衛星である。これらの事から、私は、我が国の宇宙に関する技術は相当高いものと認識している。が、しかし、本年3月30日、政府の宇宙に関する諮問委員会である「宇宙政策委員会」の会議終了後、葛西委員長が「このままでは我が国は、宇宙先進国としての力を失うのでは」との危機感を持っている事を表明した。私にとっては、大変ショッキングな発言である。

我が国に於いては、宇宙の開発・利用は「平和の目的」に限るとの国会決議(昭和44年/1969年5月)の為、宇宙は平和の目的に限り使用することが出来るとの認識の下、かなり制限された運用のみ行って来ていた。特に自衛隊が宇宙を、又は衛星を使うことは禁止されている様な解釈がまかり通っていた。漸く昭和60(1985)年2月の国会の議論において、海上自衛隊の派米訓練でフリーサット衛星を経由した通信による訓練が認められるようになった。今から考えれば、この程度でも国会で議論が必要だったのかと思うほどで、それほど厳しく運用されてきたのである。そして徐々に宇宙が一般市民にも身近なものとなり、遂には平成10(2008)年に「宇宙基本法」が、翌年には「宇宙基本計画」が策定され、徐々に自衛隊も宇宙を利用することが出来るようになってきた。この頃が、我が国の『宇宙安全保障元年』であろう。そして、平成25(2013)年末に我が国初の「国家安全保障戦略」が策定され、この戦略の中に初めて宇宙に関することが記述されたのである。この戦略を受けて、平成28(2016)年に「宇宙基本計画」の見直しがなされ、これによって米国との「宇宙での機能保障協力」が謳われ、我が国の宇宙安全保障政策が一段と加速化された。最近の宇宙に関する各国の努力を見れば、あらゆる分野で宇宙を利用することが各国とも今後の発展に寄与すると考えていることは明白であり、各国とも莫大な資金を投入して宇宙へ乗り出している。宇宙を取り巻く環境は間違いなく、桁違いのスピードで変化してきているのである。このような事から、我が国も再び「宇宙基本計画」を見直す必要に迫られている。

そこで今回は、安全保障の観点から見た最近の宇宙政策の現状と今後の課題、そして今後の動向について述べる。

我が国は平成30(2018)年12月17日、「新防衛計画の大綱」(以下「大綱」)及び「新中期防衛力整備計画」(「中期防」)を閣議決定した。この大綱等の策定に当たっては、総理大臣のもとに「安全保障と防衛力に関する懇談会」が設置され、私も含め10名の委員で議論させて頂いた。この中ではクロスドメインや宇宙・サイバー・電磁波がキーワードとなり、「大綱」の基本的考え方として、以前の「統合機動防衛力」の構築に代わって「多次元統合防衛力」の構築が打ち出された。そして「大綱」で今後の自衛隊の活動は、宇宙を利用することが多くなるとの認識のもと、「今後は宇宙領域を活用した情報収集・通信・測位等の能力向上が一層必要であり、機能保障や相手方の指揮統制・情報通信を妨げる能力を含め、あらゆる段階において宇宙利用の優位を確保することが重要」と記述された。

海外の動きを見れば、中国は宇宙に対する関心を持ち、宇宙での覇権を目論見、2007年に世界で初めて地上からのミサイルで自国の破棄寸前の衛星を破壊した(この破壊で破片が2,000~3,000個飛び散り、所謂宇宙ゴミになっている)。そして2010年には「宇宙は将来の戦場である。制天権を奪取しないといけない」との考え方を中国空軍指揮学院が公表し、「米国の宇宙独占の打破(宇宙での覇権奪取)」を目標に掲げ、衛星兵器の開発や、高性能な宇宙システムの構築を急加速させている。最近では、SJ-17(試験衛星)が静止軌道上で他国の通信衛星に接近する行動を取り、DN-3(新型衛星攻撃用Mxの)試験も行っている。また、南シナ海に衛星妨害装置の配備や低軌道衛星のセンサーを破壊できるレーザー兵器を導入していることも報道されている。最先端技術を駆使した量子暗号衛星通信は米国よりも先行しているとも言われるほどで、宇宙先進国としての地歩を着実に固めている。

また、ロシアは現在でも宇宙先進国であり、今回で衛星破壊能力を保有したと考えられる。また、中国の東風ZF(WU-14)やロシアのYU-74(アバンギャルド)に代表されるような極超音速滑空体の出現やロシアのKh-47(キンジャ-ル)の様な極超音速ミサイル等は、我々がこれまで構築してきたBMDシステムの抑止効果を低下させてしまう兵器である。この様な宇宙環境の急速な変化に鑑み、我が国も確りとした対応が必要である。

先ず、第一に「宇宙でのルール作り」である。現在宇宙に関するルールや規制はほぼ無い状態である。各国が独自の考え方によって宇宙を利用している。これが加速すれば、そのうち宇宙の利用が難くなる事態も考えられる。このルール作りは極めて困難な事が予測されるものの、我が国は米国と協力しながら、国際社会を主導すべきと考える。

第二に、「国家宇宙安全保障戦略」の策定、「司令塔」機関の新設、「資金の投入」及び「人材の確保」である。我が国には、宇宙に特化した戦略が無く、国家として十分な体制にあると言い難い。国家として宇宙に関する基本的考え方・戦略を示すべきである。そして我が国の宇宙政策等に関する司令塔(又はその機能)が必要である。既存の組織にその任務を付与する事でも可能であろう。各省庁、即ち内閣府、文部科学技術省、経済産業省、防衛省等々を指導できる部署が必要である。そして、我が国が今後とも、宇宙の先進国として歩むのであれば、当然のことながら資金投入と人材の確保が欠かせない。

第三に「防衛省の宇宙に関する組織・体制の充実」である。今回の「大綱」では、サイバー・宇宙・電磁波が強調されている。これまでの経緯から防衛省は、宇宙に関してまだ駆け出し段階にある。しかし、既に警戒管制部隊が保有するレーダーで所謂「宇宙ゴミ」の監視も可能である。このような事から、既に米国との間でSSA(宇宙状況監視)に関する協力が進んでいるところであり、今「中期防」期間中に更にこの機能を充実させ、宇宙における機能保障を確保するとともに、航空自衛隊に宇宙を主任務とする「宇宙作戦隊」を新編している(航空自衛隊に編成されるが、基本的には統合幕僚長(統合幕僚監部)が運用する部隊であり、5月18日に府中基地で発足、令和5年(2023)年度から本格的な運用を開始する)。但し、当初は約20名の小規模部隊であり、将来の自衛隊の行う作戦を勘案すれば、とても十分な部隊規模と言えない(本格的な運用を開始する際は約100名規模に増員予定)。中国の東シナ海・南シナ海のみならず西太平洋や南太平洋、そしてインド洋への進出を考えれば、自衛隊の運用上MDA(海洋状況監視)もより重要となって来ている。この様な観点からも、この部隊の更なる拡大・発展が必要と考える。因みに、海上保安庁(海保)は既に昨年から、「海しる」(衛星を使用した海洋状況表示システム)を運用し始めており、日本海や東シナ海等での監視能力が格段に向上している。是非、海保と自衛隊の情報共有を含む連携・協力強化が望まれる。

第四は「宇宙における米国との関係強化」である。私が総隊司令官を拝命している時代(2010年)頃から、米国防省の多くの高官が「今後の作戦は宇宙で優勢を獲得しなければ勝利を手に出来ない」と言い始めていた。現在はこの様な発言を耳にすることはほぼ無くなった。米軍にとって宇宙の優勢獲得は、当たり前の事だからである。米国は、これまで米空軍内にあった宇宙コマンドを、(陸、海、空、海兵、サイバーコムに次ぐ)第6番目の部隊、米国宇宙軍として立ち上げた。新設された宇宙軍司令官は米空軍宇宙コマンド司令官だったレイモンド空軍大将が引き続きその職に就いている。彼は横田基地で第5空軍副司令官としての勤務歴があり、日本の事情に詳しく、彼のお蔭でこれまで米軍と自衛隊との宇宙分野での交流が進展してきている。今後のあらゆる作戦が宇宙抜きでは考えられないとこを考慮すれば、レイモンド司令官の協力を仰ぎながら、同盟国として更なる関係強化を進めるべきである。特に、監視能力とともに機能保障の更なる関係強化とリアルタイムの情報共有を進めるべきである。また、宇宙での施策に莫大な資金投入が必要な事を考えれば、宇宙での日米での任務分担も有益と考える。防衛省がこれまで行って来ている弾道弾等の早期警戒に活用可能なQDIP(ガリュウム・ヒ素系半導体素子を使った赤外線検出器)の研究や、精密測位が可能な準天頂衛星「みちびき」(4基から7基体制へ移行中)、そして我が国の得意分野である小型衛星・SAR衛星の実用化・活用拡大等は米国にとっても有益である。この様に、我が国は宇宙分野で、これまで以上の米国との関係強化を積極的に推進していくべきである。

宇宙に投資することは、今後の抑止力確保に欠かせないものである。将来の作戦成功の可否は宇宙優勢確保にあると言っても過言ではない。我が国が決して、宇宙における脱落国とならない様、最大の努力を切にお願いする。(令和2.5.19)



岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。

岩崎 茂

ANAホールディングス 顧問、元統合幕僚長
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。※岩崎の「さき」は「崎」の異体字(「山」辺に「立」に「可」)

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