我が国の危機管理、元統合幕僚長の岩崎氏「比較的高いレベルにあるが改善すべき点も多々ある」(2)

2020.04.06

我が国の危機管理、元統合幕僚長の岩崎氏「比較的高いレベルにあるが改善すべき点も多々ある」(2)
Two U.S. Air Force B-1B Lancer bombers fly from Andersen Air Force Base, Guam, for a 10-hour mission, with an escort of a pair of Japan Self-Defense Forces F-2 fighter jets in the vicinity of Kyushu, Japan August 8, 2017. U.S. Air Force/Handout via REUTERS. ATTENTION EDITORS - THIS IMAGE WAS PROVIDED BY A THIRD PARTY

~本稿は、『我が国の危機管理、元統合幕僚長の岩崎氏「比較的高いレベルにあるが改善すべき点も多々ある」(1)』の続きとなる~

先ず、国家としての危機対応の為の体制であるが、基本的には2013年(平成25年)12月に「国家安全保障会議(NSC)」及びこの会議体を支える「国家安全保障局(NSS)」が新設された。以降の我が国の安全保障に関する対応能力は格段に深化(進化)したものと考えている。以前は「安全保障会議」なる会議体は存在したものの、この会議体を支える専門のスタッフがおらず、定期的な会議もなく、その都度の会議であった。最低限の事は議論できたものの、十分ではなかった。NSCが創設されて以降は4大臣会合、九大臣会合、緊急事態会合が適時に開催されるようになり、我が国の安全保障体制が極めて充実してきている。NSSには各省庁等が保有する安全保障上の情報が集約され、この情報のエキスが各会議、特に4大臣会合に報告されており、これまでと比較して格段の進歩となっている。

また、安全保障・危機管理を支える最も大きな所帯である防衛省・自衛隊はどうであろうか。自衛隊は2006年(平成18年)3月から統合運用を開始している。この時、統合幕僚会議議長から統合幕僚長へ、統合幕僚会議事務局から統合幕僚監部が新設され、自衛隊の運用に関しては、それまでの陸海空三自衛隊の協力関係から、統幕長が防衛大臣を一元的に補佐する体制とし、大臣の命令は統幕長を通じて執行される。我が国の統合運用は欧米の統合運用に比較しまだ若いものの、各国に劣らず極めて優秀な成果を収めていると私は考えている。米国は各種実戦の苦い教訓から1986年にGoldwater・Nicholas法を制定し、半強制的に四軍(陸・海・空・海兵)の統合運用を開始した世界の先駆者である。日本が統合運用を始めるに当たり、米軍から“Joint is good, but very tough.”との言葉を何度も聞いた。これは、「統合は理想的で一番効率も良いいやり方だが、困難な事が多く、道は遥かに遠い」との意味合いであったと思う。しかし、日本が統合運用を開始し、5年になろうとしている時に東日本大震災・津波が起こった。この時、我が国は自衛隊として初めての統合運用任務部隊(JTF)を編成し対応した。任務を終了した後に、多くの米軍の将官からお褒めの言葉を頂いた。真剣な評価だったか否かは不明であったが、私は素晴らしい成果を上げることが出来たと考えており、自衛隊の危機対応能力をかなり高いレベルにあると評価している。

では、今回の”武漢ウイルス“対応についてはどうであろう。我が国において感染症対策は、基本的には厚生労働省が管轄する事になっている。今回の初動は確り対応できたのであろうかという問いに対して、回答は残念ながら「否」である。私は2つの大きな理由があったと考えている。その一つは、中国の不正確な情報発信である。これには中国政府の「意図を持った情報操作」または「現場の状況を必ずしも正確に把握出来ていなかったこと」の2パターンが考えられるが、私は両方だったと考えている。中国のお正月(新年)は毎年旧暦で行われる。今年は1月25日が新年であったが、中国各地は1月中旬から2月上旬まで正月のお祭り気分であった。当然北京でも同じ状況である。習近平は1月中旬から月末までミャンマー訪問と正月行事の為、北京を不在にしていた。この様な中で武漢市が全面封鎖されたのである。また、3月上旬には全人代が開催される。この直前にマズイ事が起こってはいけないのである。等々の理由から、極めて控えめな報道と成らざるを得なかったのだろう。そしてWHO(世界保健機関)も中国に寄り添った発言を繰り返した。この事により全世界は中国の報道を信じざるを得なかったのである。もう一つは、我が国の所謂、感染症専門家として2月上旬から中旬にテレビ等に出てきた人達の極めて不用意な発言である。「今回のウイルスの致死率は通常のインフルエンザやかつてのSARS等と比較してかなり低い。」と断言していた。この発言は、ややもすれば国民を安心させる為の発言だったかもしれないが、冷静に考えてみれば、「新型ウイルス」なのにどうして致死率が低いと断言で来るのか?と、不思議であった。中国の数値を鵜呑みにしたのでこの様な発言となったのであろう。このような事から、WHOも我が国を含めた多くの国々も、初期段階においてはやや楽天的なムードであった。

この2つの理由から初期段階での対応が不十分となってしまった。因みに、WHO未加入の台湾においては、1月2日に既に緊急対策会議が行われ、1月下旬には中国からの入国を制限し、中国国籍の旅行客等を中国に帰国するよう要請している。情報収集がしっかりと行われ、適切な初動対処を行っていたということだ。この為か台湾の感染者は人口比にしてもかなり低い数値である。

我が国の初動は、必ずしも適切ではなかったものの、その後の対応はどうだったのだろうか。我が国は2月25日に「感染症対策基本方針」を発表し、その後、安倍総理自らが当方針に従って「小中高校の休校」を要請した。素晴らしい判断であった。これによりほとんどの小中高校は休校とし、感染拡大を阻止することが出来たと考える。

但し、今回のウイルス対策で、我が国政府が躊躇する要因が2つあった。第1は「オリンピック」である。これは日本政府の一存では決める事が出来ない。IOC(国際オリンピック委員会)が全ての決定権を持っているのである。IOCが判断しない限り、「延期」や「中止」は出来ない。そして第2点目は「習近平の国賓招待」である。この2点の為、やや中途半端な判断となったり、判断を下す時期が遅かったりした。現在は、この2点が解消されたことから、対応策は自由な選択が可能である。

まだまだこの“武漢ウイルス”との戦いは続く。これまでの段階での教訓は前述した様に、情報および判断・指示の一元化が重要ということだ。台湾や欧米にはCDC(疾病対策センター)なる組織が存在し、この様な事態にはCDCが中心になって政府のあらゆる機能を一元的に統制して対応をする。残念ながら米国のCDCは機能しなかったが、台湾ではかなりの成果を上げている。我が国は厚労省が対応する事とされているものの、必ずしも権限が一元的になっていない。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」対応の際の厚労省職員と自衛隊の対応ぶりが話題になったが、現時点おいて厚労省と防衛省の関係は協力関係であり、指揮統制に関しては必ずしも明確に規定されていない。今回の件が落ち着いた際には、今後どのような体制・態勢が必要か真剣な議論と処置が必要と考える。

現時点での我が国の感染者数は他国に比較し、人口比では格段に低い数値である。これは政府や各自治体が懸命の対策を要請し、国民の多くはこの要請に確りと応えてくれているからだと判断している。しかし、我が国の状況も決して安心できる状況ではない。油断すればいつでも爆発的に拡大する可能性が未だに大である。今後も政府や各自治体の要請を重く受け止め感染者をこれ以上出さない決意で臨むべきでる。(令和2.4.6)



岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。



写真:U.S. Air Force/ロイター/アフロ


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