不透明な韓国司法の行方

2021.06.14

不透明な韓国司法の行方

2021年6月7日、ソウル中央地裁は、朝鮮半島出身労働者(以下「元徴用工」と呼称)やその遺族85人が日本製鉄、三菱重工など日本企業16社を相手取り、1人当たり1億ウォン(約980万円)の損害賠償を求めた訴訟において、原告側の請求を却下した。判決内容は、2018年10月と11月の大法院(最高裁)判決と大きく異なる内容となっている。ソウル中央地裁は、「日韓請求権協定により個人の請求権が消滅又は放棄されたとは言えないが、日本国民や日本相手に訴訟でこれを行使することは制限される」と判決理由を明らかにした。さらに、日本が日韓請求権協定・経済協力協定に基づいて提供した資金が、韓国が驚異的に経済成長した「漢江(ハンガン)の奇跡」に寄与したことも却下の根拠として補足している。

左派系のハンギョレ新聞は今回の判決に対して「日本企業の賠償責任を認めた大法院の判決と真っ向から反する上、荒唐無稽な論理で組み立てられた異例の判決だ。上級審で速やかに正されるべきだ」と批判した。また、「大統領府の国民請願掲示板に、今回、損害賠償訴訟を却下したソウル中央地裁のキム・ヤンホ部長判事の弾劾を求める国民請願に、6月8日の1日だけで22万人以上が同意した」と報じた。国民請願制度は、30日間に20万人以上が同意した請願については、政府と青瓦台(大統領府)の関係者が回答する仕組みとなっている。今回どのような回答が示されるか注目される。

元駐韓国特命全権大使の武藤正敏氏は、「本裁判について、急きょ判決期日が前倒しされ、2018年10月と11月の大法院判決に反する内容の判決が出されたのは、6月11日から英国で開催されるG7サミットに関係があるのではないかとの観測がある」と述べ、「G7サミットに招待された文在寅大統領がサミットの機会に日米韓、日韓首脳会談の開催を働きかけるため、極めて異例だが、日本寄りの判決を手土産にするために、判決言い渡しを早めた可能性がある」と推察している。

2021年1月18日、文大統領は新年の記者会見において、1月8日の日本政府に対する元慰安婦らへの賠償を命じたソウル中央地裁の判決について、「正直、困惑している。韓国政府は、2015年の日韓慰安婦合意は両国間の公式合意と認めている」と述べている。ソウル中央地裁は、4月21日、別の元慰安婦らの裁判では「主権免除の原則」を認め、日本政府に対する元慰安婦らの訴えを却下した。また、文大統領は、同じ新年記者会見の際、2018年の徴用工判決に関連して、「差し押さえられた日本企業の資産が現金化されるのは、望ましくない」と従来と異なる主張をしている。

文大統領は、従来「被害者中心主義」や「司法の独立」を名目に、慰安婦問題に関する2015年の日韓合意を反故にし、元徴用工に対する損害賠償を認める大法院の決定を支持してきた。同盟の強化を重視するバイデン大統領との首脳会談やG7サミットでの存在感をアピールするためにも、国内の諸問題よりも日本との関係改善を優先しようとする政治判断が今回の元徴用工判決に影響した可能性は十分考えられる。
武藤元駐韓大使は、「文大統領がこれまで日米にとって信頼できるパートナーであれば、今回の判決を前向きに評価できるだろうが、過去の言動から、上級審で判決が覆る可能性もあることから、しばらく様子を見るのが得策だろう」と語っている。

今年に入り、福島第一原発の処理水放出問題、聖火リレー地図への竹島記載問題、さらにはオリンピック日本ゴルフチームのウェアデザインが旭日旗を連想させるといった数々の反日行動のため、日韓両国は依然として関係改善が見通せない状況下にある。韓国経済団体「全国経済人連合会」のシンクタンクが、5月26日に日韓で実施した世論調査の結果を発表した。「両政府が協力関係を作るために努力すべきだ」と答えた人が韓国で78.0%、日本で64.7%だった一方、相手国に好感を持つ人の割合は双方ともに2割前後にとどまっている。

ここ数カ月、慰安婦問題及び元徴用工に関する裁判の判決は日本寄りになっているよう見受けられる。しかしながら、韓国の歴代政権は、政権末期になるにつれ、低下する支持率を回復するために反日姿勢を強める傾向がある。これは左派政権に限らない。経済を重視し、日本との「未来志向の関係構築」をうたった保守系の李明博第17代大統領も、2012年8月15日の光復節において天皇陛下を「日王」と呼称、謝罪要求を行っている。
現在文政権は日米韓、日韓首脳会談に前向きな姿勢を示しているが、これが継続する保証はない。来年の大統領選挙を控えて、韓国政治がレームダック化する可能性は極めて高い。今回の元徴用工に対する判決から、日韓関係の好転化を期待するのは時期尚早と言えよう。韓国司法の混迷は、しばらく続くのではないだろうか。


サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。

写真:YONHAP NEWS/アフロ


広告
出版企画募集

筆者一覧

国別カテゴリ

テーマ別カテゴリ



PR

jitshunichi-forum-editor

ewarrant direct

人気の記事

最近の記事

SNSでシェアする

タグ一覧

ピックアップ