中国のグレーゾーン作戦(2)

中国のグレーゾーン作戦(2)

本稿は、中国のグレーゾーン作戦(1)の続編となる。

米国のアジア研究書が公表した文書の最大の注目点は、尖閣諸島を単なる無人島であり、その防護のため米軍を投入すべきではないという意見に真っ向から反対している点である。報告書の前文において、レイチェル・バースタインNBR(The National Bureau of Asian Research)プロジェクトマネージャーは、東シナ海における中国のグレーゾーン作戦を、より広範な武力紛争を引き起こす危険性があると指摘、本研究の目的は、中国の同作戦に効果的に対抗するためのオプションを検討することであると述べている。

尖閣諸島を巡る日中の対立を二国間問題に矮小化することなく、軍事力行使以前のグレーゾーン事態においても国際秩序を維持するために日米が協力すべきと主張している。しかしながら、グレーゾーン事態は日米安保協力の隙間である。今回の報告書は今まで明確にされていなかった各種課題を洗い出している。尖閣諸島に関しては、米国政府から日米安保第5条の対象とされたことは、問題解決のゴールではなく、スタートにしか過ぎない。中国が5条適用に至らないグレーゾーン作戦を行ってくる蓋然性は極めて高く、日米は平素から備えておかなければならない。

我々がグレーゾーンへの日米共同対処を検討する上で考慮に入れておかなければならないことは、日米安保がそれぞれの国の憲法や国内法の制約を受けていることである。中でも、「武力攻撃」の認識の違いはそれぞれの国で適用される法律が違うことを意味する。

日本の場合は、極めて厳格に解釈している。「武力攻撃」は、「組織的かつ計画的」であることが条件とされている。組織的かつ計画的と認められない行動、例えば中国海上民兵が含まれているかもしれない中国漁民の尖閣諸島への上陸は、海上保安庁が犯罪行為として対処せざるを得ない。

一方、米国の場合、その捉え方は極めて広範である。アフガニスタンへの攻撃は、国連憲章第51条に定められた「集団的自衛権の行使」と説明されている。グレーゾーン事態において警察権の行使と自衛権の行使では、行使できる権限に大きな開きが生じる。この違いは、グレーゾーン事態において日米が共同対処をする場合に大きなハードルとなる。

前項に関連して、日米間の大きな違いは、自衛隊の部隊は、防衛大臣の命に基づき「海上における警備行動」、内閣総理大臣の命を受け「治安出動」という国内における法執行活動が可能な枠組みがあるのに対し、米軍は法執行活動が認められていない点である。尖閣諸島周辺において米軍が活動する根拠は警察権の行使ではない。あくまでも集団的自衛権の行使である。2015年に制定された新たな安全保障体制において、自衛隊に対し、米艦等の防護という限定的な集団的自衛権の行使が認められたが、尖閣諸島を巡るグレーゾーン事態において、両国の国内法上の制限をどのように整理して共同作戦を行うかについて議論が必要であろう。

グレーゾーン事態に対応する常設日米共同司令部の設置は、ぜひ進めていかなければならない。そもそもグレーゾーン事態は平時でも有事でもない事態であり、急速に事態が悪化する可能性が極めて高いものである。緊急事態が生起してから関係者を招集する体制では十分に機能しない。

更にグレーゾーン事態は、極めて広範囲に影響を及ぼす可能性がある。公表された文書で指摘されているように、重要インフラに対するサイバー攻撃や海底ケーブルの切断といった物理的な影響を及ぼす事態から、SNSを含むメディアをつうじた世論戦、心理戦といった内容まで含まれる。従来の枠を超えた体制作りが必要である。

2021年4月16日に公表された日米首脳共同声明では、「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」と題して、日米同盟を「世界全体の平和と安全の礎」と位置付けている。中国、ロシアという大国が権威主義的傾向を強め、国際秩序の強引な変更を進めようとする中、自由、民主主義、人権、法の支配、自由で公正な経済秩序といった普遍的価値を共有する両国が緊密に協力する事を世界に示す意味は大きい。

日米首脳共同声明の中で、尖閣諸島に関しては、日米安保第5条の適用が再確認されただけではなく、「尖閣諸島に対する日本の施政を損なおうとするいかなる一方的な行動にも反対する。」との一文が加えられている。尖閣諸島に対する中国のグレーゾーン作戦にも共同で対処することを明白に示すものと言えよう。グレーゾーン作戦への対処は、防衛省や外務省を中心とした安全保障を担当する官庁が検討を進めるだけでは不十分である。金融、経済、教育といった幅広い分野からの参画を得て、効果的かつ実効性のある対応策及び仕組みを構築するとともに、その内容を積極的に広報していくことがグレーゾーン事態そのものに対する抑止力となるであろう。

最後に、中国の尖閣諸島に対するグレーゾーン作戦は、現時点では中国海警船舶による領海侵犯や接続水域への滞在日数の増加及びメディアをつうじた心理戦以上にエスカレートする可能性は低い。しかしながら、最近の台湾を巡る米中対立から、中国の台湾へのグレーゾーン作戦に関連して、より烈度が上がってくる可能性はある。中国の、台湾へのグレーゾーン作戦に日米がどのように共同対処するのかのほうが、より現実的かつ複雑な問いである。

日米首脳共同声明で示された「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」ためには、中国に対し、軍事力のみならず、グレーゾーン作戦への対処についても日米が強固な協力体制をとることが不可欠となる。日米関係当局が、かかる観点に立って、より具体的な体制及び共同作戦計画づくりに着手することを期待したい。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:ロイター/アフロ


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