3月24日(水)日米韓の各種報道が、20~21日にかけて北朝鮮がミサイル2発を発射していたことを伝えた。発射されたミサイルは、短距離弾道ミサイル、あるいは巡航ミサイルとされ、異なる情報が伝えられた。米政府高官は、「通常訓練の範囲内」と評価し、問題視しない姿勢を示した。韓国政府消息筋からは、安保理決議違反には当たらないとの見解も報道された。しかしながら北朝鮮は、これをあざ笑うかのように3月25日に、日本海に向け短距離弾道ミサイルと見られる飛翔体2発を発射した。岸防衛大臣は、「北朝鮮が保有しているスカッドの軌道よりも低い高度(100Km未満)で、いずれも約450Km飛翔した。我が国のEEZ外に着弾した」と公表している。3月26日には、北朝鮮国防科学院が新型戦術誘導ミサイルの発射実験を成功裏に実施したことを伝えている。これらの動きは、北朝鮮が従来からとってきた、緊張を高めることにより相手から譲歩を得ようとする瀬戸際戦術の開始を予感するものである。今回のミサイル発射の背景について考察する。
北朝鮮は、米国新政権が誕生すると、その北朝鮮政策を見極めることを目的として、軍事的圧力を高める傾向がある。2009年1月に第1期オバマ政権が成立した際は、4月5日に人工衛星と称する長距離ミサイルを発射し、5月25日には2回目の核実験を行っている。2013年1月の第2期オバマ政権発足時には、2月12日に3回目の核実験を実施し、さらには3月に米韓連合演習を批判して、米朝間の緊張が高まった。3月末には、北朝鮮が準戦時体制に移行していることが確認された。最も軍事的圧力を高めたのは2017年のトランプ政権成立時である。トランプ前大統領は金正恩委員長を「ロケットマン」と揶揄し、金委員長もトランプ大統領を「老いぼれ」とこき下ろした。2017年1月から11月までに、核実験や潜水艦発射型弾道ミサイルの実験等合計14回のミサイル発射が行われた。特に11月に発射された「火星15号」の射程は10,000Kmを超え、米本土まで到達すると見られている。2017年は米国が北朝鮮に進攻する可能性が最も高まった時期であった。
2021年にバイデン政権が成立して以降、北朝鮮は今までのような具体的な挑発行動を起こしていなかった。1月に行われた朝鮮労働党第8回党大会において、米国との対決姿勢を示し、核戦力を維持するとともに、原子力潜水艦や、極超音速ミサイルの開発に言及する等、軍事力の増強に強い自信を見せた。同党大会終了後の軍事パレードにおいては、新たな潜水艦発射型弾道ミサイルや火星15号よりも大型の大陸間弾道弾とみられるミサイルも姿を現した。
3月26日の朝鮮中央通信は、今回発射した新型ミサイルは弾頭重量を2.5トンに改良し、「低高度滑空跳躍型飛行方式の変則的な軌道特性」を再検証したと伝えている。3月26日付労働新聞が掲載した写真を確認したところ、2019年に4回発射した新型戦術誘導兵器よりも大型であり、1月の軍事パレードで初めて確認されたミサイルと思われる。防衛省は当該ミサイルについて、低高度を飛翔する上にステルス性を保有しているため探知がしづらく、最終的に変則軌道を描くことから、極めて迎撃が困難と評価している。更に、弾頭重量が2.5トンであれば、十分に核弾頭を搭載できることを意味する。同ミサイルの射程は約600Kmであり、日本への直接的な影響は少ないものの、韓国への脅威は各段に増大している。
防衛省は、北朝鮮は、すでに核弾頭の小型化に成功していると見ており、そうであれば今後更に核実験を行う必要性は低い。しかしながら、北朝鮮は2017年11月以降、長距離弾道ミサイルの試験を実施していない。長距離弾道ミサイルを保有する米ロ中の三か国は、いずれも定期的に発射試験を行っている。軍事的合理性から判断すると、長距離弾道ミサイルのような複雑な武器体系は、定期的に発射を行い、システムの動作やミサイルの動きを検証する必要がある。北朝鮮が3年間も長距離弾道ミサイルの発射を実施していないのは、あくまで主として政治的な判断によるものであろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄 防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:AP/アフロ