中国第三の海軍-中国漁船群の活動-(2)

本稿は、中国第三の海軍-中国漁船群の活動-(1)の続編となる。

2010年度中国国防白書には2009年度国防費の内訳が示されており、その中には、民兵予算として訓練及び維持費が129億元、装備費として7億3千万元という数値が記載されている。同年の軍事費に占める民兵の予算は2.7%である。少ないように見えるが、2020年度予算でも同じ比率で民兵に予算が計上されているとすれば、1兆2,680億元の2.7%の342億元、円換算で、5,708億円にも上る。全民兵予算の内、どの程度が海上民兵に使用されているか不明であるが、今回フィリピンが公表した写真を見る限り、漁船の塗装状態も良好であり、整備が行き届いているとみられることから、十分な資金が投入されていると考えられる。これら漁船に見せかけた海上民兵が、グレーゾーン事態において、政府の指示を受けて活動していることは疑問の余地はない。中国は、2020年6月、衛星測位システム「北斗」を使用した位置情報の活用体制の整備を完了した。「北斗」衛星には、ショートメッセージを伝達する機能がある。南シナ海や東シナ海のみならず、日本海や太平洋で活動する中国漁船には情報収集任務が付与されていると考えられ、中国漁船が収集した情報は、中国本土で集約され、軍事活動等に利用されていると見るべきであろう。

今回中国が約220隻もの漁船をスプラトリー諸島に展開した理由は不明であるが、同諸島周辺における中国権益を誇示するものであることは間違いない。日本としては、これを尖閣周辺に中国の海上民兵と推定される多数の中国漁船が展開する状況へのケーススタディと考える必要がある。中国が尖閣における施政権行使の実績を積み上げるために海上民兵を使用する可能性は高いと考えられる。例えば、尖閣周辺に漁船に扮した海上民兵を展開、尖閣領海内で日本漁船に衝突、中国公船がこの取り調べを行うといったシナリオである。取り調べの一環として、中国公船が日本漁船を中国の港にまで引致する可能性もある。冷戦最盛期に、北方領土周辺で操業中の日本漁船が、ソ連の警備艇に拿捕される事件が頻発した時期があった。ソ連が北方領土を実効支配していたことから、これに対し、日本政府は外交ルートでの解決を図る事しかできなかった。

東シナ海における双方の漁船への法執行は、2000年に締結された「日中漁業協定」に定められている。同協定は領海を対象外としており、尖閣を含む北緯27度以南は日中漁業共同委員会を通じて、適当な保存措置及び量的な管理措置等を行うとされている。さらに、日本外務大臣と駐日中国大使の間の交換公文において、当該海域において、双方は自国の法律を相手漁船に適用しないとの合意を結んでいる。この合意によれば、尖閣の領海外において、両国は相手漁船に対する取り締まりはできないが、領海内では取締りができるという解釈になる。最近尖閣領海内の日本漁船が、中国公船に操業を妨害されるケースが増えたと報道されているが、中国が尖閣の領有権を主張している以上、中国の領海内における活動を日中の合意違反とすることはできない。2010年に尖閣領海内で違法操業中の中国漁船が、中止を要求する日本の巡視船に衝突する事件が生起した。海上保安庁は同船の船長を公務執行妨害で逮捕、同漁船を石垣島まで回航、事情聴取を行っている。

現時点では、中国公船は尖閣領海内における日本漁船の操業を妨害しているだけである。しかしながら、2010年に海上保安庁巡視船が中国漁船を引致したように、中国公船が日本漁船を中国まで引致するような事件が発生するかどうかは、中国政府の考え方ひとつであると言えよう。海上民兵を利用し、巡視船を挑発し、自らに都合のいい状態を作り出す可能性もある。

尖閣諸島における日中対立を激化させないためには、中国政府に、これ以上のエスカレーションは、自らに不利であるということを認識させる必要がある。日米電話首脳会談や日米2+2において、尖閣に対する日米安保適用を明確にしたことは、その第一段階であるが、それだけでは不十分である。尖閣防衛のための日米の軍事的役割分担を定めた作戦計画の策定や、それに基づく共同訓練というハード面の整備に加え、海上保安庁と自衛隊連携強化のための法的整理が必要であろう。さらには、世論戦の観点から、尖閣周辺における海上保安庁巡視船の活動と中国公船及び中国漁船の活動をライブで報道し、いち早く、国際世論を味方につけるといった積極的広報の体制を整備する必要がある。

日本海や太平洋において行動している中国漁船は、単に漁業活動を行っている漁船ではない。第三の海軍として、いつでも軍事活動を行うことができる、あるいは行うことを義務付けられている存在という認識が必要である。海上自衛隊が日ごろ行っている、艦艇及び航空機による警戒監視活動において、中国漁船の行動を全て把握することは、あまりにも数が多く非現実的である。漁労活動としては不自然な漁船を抽出し、その活動を追う方法が考えられ、そのためには、海上保安庁だけではなく、水産庁や漁業協同組合といった組織との連携も重要となってくるであろう。官民を挙げた取り組みが必要と考える。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。


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